第18話 非常識と満足度UPは紙一重

 自重、遠慮、妥協、どれもその内に戻って来るさなんて思っていた時もありました。

 でもやっちまったもんは仕方がないのです、後悔はしていない!


「非常識だ……」

「Sランクは次元が違うと話には聞いていたが……」


 呆然と呟く護衛騎士達の目の前では、俺がエイドリアンから借りて来た大きなテントの中でが終わりつつあった。

 ネコ足バスタブとかがあったら見た目も良いし出入りし易いんだが、今日の浴槽はジパングの五右衛門風呂だ。

 そう。

 ジパングには風呂の習慣があって! 部屋のコーディネートもゲームの楽しみの一つだったので!

 風呂はアイテムとして存在しているのである!


 つまりアイテムボックスに入っていたのをこれ幸いと出しただけなんだが、それが出て来たというだけで護衛騎士の二人は目を真ん丸にしてしまった。

 木の枝や薪(木材)も素材なので大量にあるし、水は水の魔石と俺の魔力でどうにでもなるし、着火は魔法で、結果がこちら。

 テントが大きいおかげで衣服の着脱も楽々である。


「最初が食堂一家で、お湯を変えてからイザ……デニス、リット、フランツ、ヴィン、最後に俺が入る感じでいいかな。あぁでも見張りの順番にした方が湯冷めしないか……」


 ぶつぶつ言っていたら、殿下が珍しく困ったような顔で声を掛けて来た。やることがあるってテントに一人で入っていったから、城への定期連絡でもしているのかと思ったんだけど。


「カイト……寝袋の下に敷けと言われたマットだが……城のベッドよりも寝心地が良いように思うんだ」

「「はい?」」


 声が揃う護衛騎士達。

 仲が良いな。


「寝心地にはものすごくこだわったからな。そう言ってもらえると頑張った甲斐がある」


 大きな素材を剣で分割するのはちょっと大変だったんだ。


「そ、そうか。ちなみに何の素材を使っているんだ?」

「ウラルド帝国の南の砂漠にサボランゼルってモンスターがいるのは知っているか?」

「本の知識だけなら」

「ん、そのサボランゼルの亜種を去年のイベ……大規模な掃討戦の時に倒して手に入れた素材だ。中身がプルプルした固めのゼリーみたいだったんで使えそうだなと」

「サボランゼルの亜種は稀少で10年に1度発見されるかどうかなのでは……?」

「らしいな」


 公式がそう告知していたのは知っている。イベントが、正にその十年に一度の日だって言ってた。

 討伐に参加した全員がこれを二つずつ入手し、俺は『採集師』の恩恵で倍の四個。そもそもがプレイヤーが部屋のコーディネート用のダブルベッドを作るのに最適っていう素材だったので、寝袋用の下に敷くマットなら……と、縦一八〇センチ、横一六〇センチ、厚さ三十センチの素材を縦に半分にした後、四枚にスライス。大きさがちょうどよかったスノウボアの皮で包み、針と糸で縫い合わせただけだ。

 これはレシピじゃなくオリジナルだったからスキルが使えず、時間が掛かったけど、良い出来だと自負している。

 ちなみにスノウボアはロクロラの固有種で真っ白い毛並みの猪。シチューで美味しかったあのお肉だ。


「帝国からの輸送費だけでも……」

「10年に1度の希少種の素材を野営のマットに……」

「カイトカイトカイトあれすっげぇな!」


 震える護衛騎士達を圧し潰すような勢いで話しかけて来たのはヴィンだ。俺がこっちを準備している間に、俺たちのテントを用意してくれていた。


「あれってどれだ?」

「マット! この旅が終わったらこのマジックバッグと一緒にあのマットも買わせて欲しい!」

「ああいいぞ」

「「待てぇ!」」

「私も欲しいな……」

「デニス様もお待ちください、まずはお値段の確認からでしょ!?」

「んー、じゃあ99,800ベルで」

「安っ」

「その細かい数字はどこから!」

「お得感?」

「あははっ、カイトおもしれぇ!」

「本当にその値段でいいなら、私は今回の報酬をあのマットにして欲しいんだが」

「あ、それ俺も俺も」

「いいぞ」

「「いいのかよ!!」」


 護衛騎士達のツッコミが息ぴったりで、つい笑ってしまった。

 しかし一カ月間拘束することが前提だから、報酬は一人三十万ベルでお願いしているのだ。マットレス一枚じゃイザークやヴィンが損する事になってしまう。

 それともマットレスと、二十万二百ベルを支払えばいいのか。ああ、そういうことか。

 ついでに説明しておくと、マジックバッグはアイテムが六〇個=この世界では六〇キロくらい入る型で、自前のを持っていなかったヴィンと、持っていたけど容量が少なかった親父さんに貸し出した。

 オークションに掛けたら数百万ベル、下手したら一千万以上になるらしい。

 個人的には百ベルで売っても構わないんだが、実際問題として安売りは出来ないので、どうしたもんかと検討中。

 いっそ今回の旅でどんな情報を知り得ても他言無用だって口止め料にする事も考えたけどさすがに脅すのはダメだろうなぁ。 


 そんなふうに一人で悶々としていた俺は、食事の準備を担当していた食堂夫婦が「これ欲しいな……」とファイヤーピットを見つめている事に、全然気づいていなかった。



 ***



 冒険者が街の外で野営する時って、移動中もモンスターや盗賊の接近を常に警戒しているし、戦闘になれば命がけだし、火や匂いで敵に所在を知られたりしないよう細心の注意を払わなきゃいけないから一瞬たりとも気を抜けないと説明してくれたのは、隣で焼き立ての肉を網の上から取っては食うを繰り返し、顔が緩み過ぎているヴィンだった。

 今日の夕飯はバーベキュー。

 野営キャンプの定番だ。


「うんまぁ!」


 警戒心はどこだ。

 肉を頬張っている姿は食事を楽しんでいるようにしか見えない。


「ロクロラで野営なんて自殺行為だとあれほど反対したのは何だったのだろう……」

「カイトの募集なら何とかなると言っただろう」


 手元の肉を呆然と見つめているリットに、殿下の飄々とした物言い。その隣ではフランツが無言で肉を食い続けているので、たぶん気に入ったんだろう。

 美味いなら良し。

 さっき狩ったばかりの雪鳩スノウポッポ狐狼フォクルフの肉を塩コショウで味付けしただけなんだけど、網で焼くってだけで美味しさが増すの、すごいと思う。


「ポーションで体はポカポカだし、屋根代わりの布のおかげで雪が降っても気にならないし、お肉を目の前で焼いて食べるのがこんなに美味しいなんて思わなかった」

「あれはタープって言うんだ。雪が積もると潰れるから、たまに揺らして落とさなきゃダメだけどな」


 ポールと紐で、現地の木も利用して頭上に設けた即席タープだけど、レティシャはそう言って褒めてくれた。

「これはいいわね」とアーシャも満足そう。俺を見る視線は、この半日で随分と和らいだように思う。

 ぜひ親父さんにもそうなって欲しい。


「ほらレティシャ、野菜も食え」

「あ、おいっ」


 レティシャの皿に程よく焼けた芋と玉ねぎと人参を乗せると、親父さんが目を尖らせる。

 この野菜は俺のアイテムボックスから提供した地球産。この世界にも似た食材はあるからたぶん問題ない。ついでにギルドで職員達に差し入れた『パンの詰め合わせバスケット』も提供済みだ。

 本音を言うと焼肉には白飯で、おにぎりもアイテムボックスには入っている。ただしこちらで米を炊く環境が整わない限り追加されることはないので、此処で殿下やヴィンに興味を持たれて全部食べられてしまったら泣く自信がある。

 欲しいと言われて断れる自信がないなら隠しておくのが一番だ。


「アーシャさんも芋どうぞ」

「あらありがとう」

「小僧、俺の嫁と娘の皿に勝手に盛るな!」

「野菜も食べないとダメだ」

「俺が盛るから小僧は引っ込んでろっ」

「お父さんは料理担当なんだからみんなの分を次々用意して」

「ぐっ……」

「ヴィン、で……ニスも、野菜食えよ」

「はーい!」

「この野菜も美味いな」

「キノッコの北側に畑作って育てたいと思っているのがこういう野菜だ」

「これが王都で栽培出来るようになったら……助かるな……」

「大勢の雇用にも繋がりますね」

「食堂でもキノッコ産の野菜が仕入れられるようになったら有難いわ」

「でも最初のうちは輸入より高いかも……」

「まぁ銀龍にこの雪をどうにかしてもらってからの話だが」

「……」


 それが実現する前に期待され過ぎても困るので前提条件を確認したら、途端にしんと静まり返ってしまった。

 実現するよ!

 頑張るよ!



 食事を終えて、片付けを済ませ、夜間の見張りは三交代で行うことが決まった。

 最初は殿下とリットと俺。

 次がフランツとアーシャとヴィン。

 そしてレティシャと親父さん。

 三時間ごとに交代し、レティシャと親父さんは明朝の飯の準備も請け負ってくれたので、夜と、明日朝の分、ぽっかぽかポーションを二本ずつ配るのが今日の俺の最後の仕事になった。



 ……ただ、寝るまでが大変だった。

 風呂を見ては驚き、最初に入ったのがレティシャで、湯冷めすると風邪をひくかもしれないと思ったから風と火魔法の組み合わせで髪の毛を乾かしたら親父さんに咆哮され、アーシャが「私もお願い」と言うから再びドライヤー魔法を使ったのに親父さんの視線で殺されそうになった。

 俺は悪くないと思います!

 もちろん親父さんもヴィンも護衛騎士達も乾かしましたし!


 で。

「おやすみ」を言ってテントに入った面々が寝袋に入った途端にいきなり飛び出してきて「あれはなんだ!」と叫ぶ。

 寝袋の中に雪原羊ロクロラシープの毛で編んだ毛布を縫い付け、頭を乗せる部分にはマットと同じ素材でなんちゃって低反発枕を置いただけだ。


 翌朝。

 気持ち良かった、寝心地が良かったと言っているくせに疲れた顔をされた。

 解せぬ。

 時間さえあればもっと心地良さを追求したのにな!

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