第12話 イヤな予感しかしないんですが
レティシャと別れて再び街の散策を再開する頃には、ようやく日中と言える程度に明るくなっていた。
だが、今日も厚い雪雲は健在で陽射しはなく、風は冷たい。
「北の果ての山って言ったら、万年雪を取りに行ったあの標高三千メートルの
読んだばかりの絵本の内容を思い出しながら独り言ちる。その山頂に銀色の龍がいるとは聞いたことがなかったが、最高級ランクの万年雪を採取するため、そこに赴いたことはあった。もちろん『Crack of Dawn』での話だが。
「国に呪いを掛けられそうなモンスターの気配なんてなかったけどなぁ」
そんなことを思いながら、今度はキノッコの南を散策する。
終いには都市を囲う囲郭すら見えない広大な雪原が広がっていた北とは対照的に隙間なく建物が並んでいて、しかも、その一つ一つが大きくて豪奢だ。
通りに面した一階の壁はショーウインドウになっている店舗も多いことから、この辺りは貴族御用達の商会だったりするんだろう。
其処からさらに南へ移動し、いままで天辺しか見えなかったロクロラ城の全体が何となく視界に収められるようになったところで、大きな川と、厳しい面持ちの兵士が進路を阻む。
兵士が立つ幅広の橋の向こう――石造りの荘厳な門の向こう側が王族や貴族が暮らす貴族街だ。
橋を渡るには王族や、中にいる貴族からの許可を示す証書が必須。ゲームアイテムとしてなら自分も持っていて、……まぁ、たぶん使えるだろうな、と思う。もちろん今は使うつもりなどないが。
橋の手前に長居しては兵士に不審がられるだろうから、散歩してますっていうふうを装って川沿いを進み、北へ方向転換する。
馬車が行き交えるくらい幅広く、十メートル以上の橋が架かっているだけあって川そのものも大きい。川土手はやっぱり雪が積もって真っ白だが、流れる水の青さは道の上から見ても清らかだ。
水路には浄化効果のある魔道具を使って環境保全に努めているって公式サイトのロクロラ国の紹介文に書かれていたから、ここもそうなんだろう。
だったらトイレも汲み取り式じゃなく何か工夫があってもよかったのでは。
「各家庭の設備と国営の水路じゃ予算がどうのって話かな……」
ゲームでトイレなんて使わないし?
昨夜、初めてあのタイプのトイレを使って怖かったとか、そんなことはない。全然。
寒くて薄暗いのを除けば良い国だと思う。そのせいで人口が少ないのも、土地を汚さずに済んでいる理由だろう。
「さて……」
北へ戻るにつれ、通りを行き来する人が増えていく。
夕食の買出しっぽい女性達が手に取る食材をチラ見して、値段を確認。ついでに身体強化で聴力を上げて、ごめんなさいしつつ店員と客の会話を聞かせてもらう。
大半は他愛のない世間話だったりするけど、あらゆるNPCに声を掛けて依頼をこなし、情報を集めていくのが『Crack of Dawn』の常だった。情報が大事なのは現実になったこの世界でも変わらないはず――。
「今日はやけに火鼠の干し肉が安いのね?」
「ああ。昨日ギルドから新鮮なのが大量に仕入れられてな。いま加工中なんで、古いのは在庫処分だ」
「あらあら、大量の火鼠ってことは火の魔石も購入し易くなるかしら」
「そう、その件だ! まだ告知されてないが、俺達には各家庭に一つずつ国から魔石が配布されるらしいぞ」
「まぁ!」
「火鼠の肉を仕入れる時に火の魔石の件で相談したら、そう言われた。ちゃんと対応するから騒がずに待ってろ、店の客にも周知してくれってさ。あんたも知り合いにそう声を掛けてやってくれ」
「助かるわ、今まで不安になったことなんてなかったのに、気付いたら足りてないんだもの」
「うちもさ。他の店の連中も同じこと言ってるしな。何にせよ国が対応してくれるみたいで安心したよ」
「本当ね」
昨日から今朝までの自分の行動で、冒険者ギルドや国が早速動いている事が判ってホッとする。
ただ、次いで聞こえて来た他方の会話が……。
「気付いたら家で飯食っててさ。しかもそれ以外に何をしていたか全然わかんなくてすっげぇ焦ったの」
「おまえも?」
「え。ってことは……」
「ああ。家の前の通りを歩いてて急にハッとして、何してたんだろうって。名前も家もはっきりしてるから記憶喪失とかじゃないんだろうけど、この年まで結婚どころか仕事も決まってない俺やばい! みたいな」
「まんま俺じゃん……」
「つまりおまえも仕事探しにギルドに行く途中だったんだな……これも何かの縁だろうし、一緒に頑張ろうぜ。俺はモブハチだ」
「ああ、っていうか名前まで似てるな。俺はモブキュウニって言うんだ」
「まじか。生き別れの兄弟だったりしてな?」
「まっさかぁ!」
あははと笑いながらギルドに向かう二人連れに、俺は愕然とした。だってモブって、大衆とか野次馬って意味の、あのモブなのか?
ギルドマスターのエイドリアンは『Crack of Dawn』のイベントのために用意されたNPCだから名前があった。
クエストを持っていたNPCにも名前があった。
そして俺はプレイヤーだったからカイトという名前がある。
だけどそれ以外の、景色を演出するためだけに存在していたモブNPCは、みんなモブなんとかって名前なんだろうか。
だとしたら。
いや、もう名前がどうこう以前の問題だ。
商人や職人は手に職で何とかなる。
宿屋や食堂、商店の主も、会話を聞く限り問題ない。生活する中で自然と経済が回っていくと思う。
王家や、貴族は、そもそも金持ちだろうから今は置いておく。
冒険者も戦闘技術があるから問題ないはずだ。
だけど、モブの名前を持っていて庶民だった彼らには何があるのだろう。
何かしらの補正が効いているみたいに「よく判らんが急ぎで仕事を探さないと」って前向きな言動をしているけど、知る由もない混乱の渦中にある世界で、他人の生活を守ろうと思える雇用主がどれだけいるだろうか。
ああ、なんか嫌な予感がする。
そして、たぶんこの予感は当たるんだ。
「それを阻止するのが俺の役目って事だもんな……」
ぽつりと漏らした呟きに、自分自身、頭を抱えた。
いまは世界が世界として成り立ったばかりで、あっちもこっちも綺麗だから考えもしなかったけど、この国は貧しい。
あの御伽噺の真偽はともかく、常冬の夜の国なんて異常な土地が現実になれば、長生きできるとは思えない。
火の魔石が不足したら凍死者が出るとギルドマスターは言ったが、考えれば考えるほど、それ以前の問題なのだ。
魔石の購入にはお金が必要だし、お金がなければ得られないのは魔石だけじゃない。
仕事がなければ収入はない。
収入がなければ何も買えない。
凍死者どころか、餓死や病死だってどんどん増えていくのは明らかだ。
だったら考えろ。
お金はあるんだ。
単純に雇用だけを考えるなら、冒険者ギルドだけでなく、商業ギルドや鍛冶ギルドなんかを経由して人を雇うのが一番手っ取り早い。
「いや、でも……国だって昨日以前との変化に気付いているよな? 何かしら対策を取り始めてるって事も考えられるか」
俺が個人で動くのに比べれば迅速というわけにはいかないだろうけど、少なくとも『Crack of Dawn』で関わって来たロクロラの王家は国民を大切にしていた。
「国の動きを知るには、……エイドリアンだな」
ギルドマスターの彼なら情報を持っているかもしれない、そう判断して冒険者ギルドを目指す事にした。
あの御伽噺の銀龍も気になるが、凍死・餓死・病死の危険性に多くの人が晒されていると気付いた以上は優先順位というものがある。
そのための力を貰って、此処にいるのだ。
「……ん? レティシャはなんで名前持ちなんだ?」
移動を始めたところでふと気になった。
これまでのイベントで彼女を見かけた覚えは、なかった。
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