即興シネマパーク

傘木咲華

プロローグ

プロローグ

 これはいったい、どういう状況なのだろうか。


 訳のわからない展開に、須堂すどう透利とうりは思わず唖然としてしまう。一つわかることと言えば、自分が誰なのかはちゃんと理解できているということだ。所謂「ここはどこ? 私は誰?」という、記憶喪失にありがちな思考にはなっていないらしい。

 しかしながら、「ここはどこ?」に関しては少々曖昧だ。


「いててて……」


 酷くガンガンする頭をさすりながら、透利は辺りを見渡す。すると、意外とすぐに状況を把握することができた。自分は今、長い階段の最下段に倒れ込んでいる。

 きっと、階段から落ちてしまったのだろう。頭痛もそれが原因なのだと透利は理解した。


 の、だが。


「ようやくのお目覚めだなぁ。正義気取りのお坊ちゃんよぉ」

「逃げたってもう無駄だ。諦めろ」

「あーそんな顔すんなって大丈夫大丈夫。すぐに抹殺するだけだから」


 ――やはり意味がわからない。


 階段から落ちたのを理解したところで、矢継ぎ早に悪者感全開のセリフを吐き出してくる三人組の男達……には、まったくもって見覚えがないのだ。だいたい透利はただの高校生だし、正義気取り要素もお坊ちゃん要素もない。

 おまけに、何故か三人とも半笑いだ。「抹殺する」なんて物騒な空気は微塵も感じられなかった。


「ボス、こいつ笑ってますよ。今から殺されるってのに緊張感のかけらもないっすね」

「いや、それはあなた達も同じじゃ……」


 思わず本音を零してしまい、しまったと思った頃にはもう時すでに遅し。三人の視線が一斉にギロリとこちらへ向く。


「何か言ったか?」

「……何でもないです……」


 三人ともそれなりに悪役っぽい刺々しい眼力をしているため、威嚇されると結構怖い。反射的に身体を縮こませると、三人の中で一番体格の良いボスらしき男が近付いてきた。


「もう良いだろう。さよならだ」


 囁くように言いながら、男は指で拳銃を撃つポーズをした。

 すると、どこからともなく――多分、一番下っ端らしき男が持っているスマートフォンからなのだろう――バキュンという安っぽい拳銃のSEが聞こえてくる。


 SEに合わせて指を動かす、という中二病的行動をまさか自分よりも遥かに年上の大人がするとは。しかも、まるで「決まった」とでも言いたいような、優越感溢れる笑みを浮かべているではないか。

 正直、高校生である透利ですらそのごっこ遊びはきつい。

 当然、透利には撃たれた振りなどできるはずもなく、


「…………え?」


 と、口をポカンと開けて唖然とすることしかできなかった。

 男達は良いから倒れろと言わんばかりに目配せをしてくるが、どうしてそんなにも必死なのかがまずわからない。


「ええと、何なんですか? いったい何の遊びなんですか?」


 だからまずは状況をちゃんと把握することから始めようと思った。男達の形相は怖くてたまらないが、自分には何の罪もないという事実もある。きっと話せばわかり合えるだろうと、透利はじっと男達を見つめる。


「あー……。おい、お前ら」


 すると何故か、男達は顔を見合わせてひそひそと話し始めてしまった。しかし目の前にいる透利には丸聞こえで、「駄目だな」とか、「もう無理だ」とか、「あいつは使えねぇ」とか、ボロクソな言葉が聞こえてくる。


「お前、もう良いわ。他を当たってくれ」

「………………え?」


 まるで何ごともなかったかのように、男達は呆れ顔で去っていく。


 ――何だろう。告白してもいないのに振られたような気分だ。いや、相手はおっさん三人だけど。


「これは、いったい……」


 男達の姿が見えなくなってから、透利はぽつりと呟く。

 見知らぬおっさん集団に目を付けられ、訳もわからず逃げていたら階段から落ち、抹殺するなどと物騒なことを言われ――。

 正直、ここまでなら本気で身の危険を感じるほどの出来事だったのだろう。しかし、蓋を開けてみればただのごっこ遊びだった。更にはどういうことかと訊ねると急に冷めた顔になり、そそくさと立ち去られてしまった……なんて。


「……何なんですか……?」


 透利の眉間のしわがより一層深くなる。

 いくら振り返って考えてみてもやはり謎だらけで、透利はしばらくその場で茫然とすることしかできなかった。

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