第26話:参加者達


 <燎夏りょうか大祭たいさい>開始まで、あと一時間。


「ふう……緊張してきたあああああ」


 俺が自室で叫んでいると、またもやノック無しで扉が開いた。


「うるさいぞ律太」


 入ってきたのは、姉の綾香だ。微かに、酒の臭いがする。


「だからノックしろって」

「せっかく珍しく、激励してやろうと思ったのに」

「お、おう」

「あんたが珍しくあたしにダンス見てくれって言うからこの一ヶ月、真姫ちゃんに内緒で教えてあげたんだから、感謝しなさい」


 姉がそう言って、いつものように俺のベッドに座った。


「それはまあ……感謝してる」

「ま、どっちにしても、フィナーレに出れなければ意味ないけどね」

「上位三組は流石にムリゲーだろ。どんな企画かわからんけど」

「あんたがやる前から諦めてどうすんのよ。真姫ちゃんなんてもう出るのが当然とばかりに猛練習してるわよ。ボイスレッスンもあたしの紹介したところに行ってるみたいだし。歌の方はかなり筋が良いみたいよ?」

「だから、最近竜崎さん忙しかったのか……せめてリッタには教えてくれてもいいのに」

「あんただって、ダンスできるの隠してるじゃない」

「それは……なんか恥ずかしくて……」

「あんたらは似た者同士ね、ほんと」


 姉が呆れたような声を出して、肩をすくめた。


「そうかな?」

「そうよ。まあ、とにかく頑張りなさい。じゃ、私寝るから。ふあああ眠い。結局朝まで付き合わされたわよ、ったく」

「朝帰りかよ」

「女にも色々あんのよ。ああ、そうそう、一個だけアドバイス。。傷付いた子がいるなら助けてあげなさい。それが回り回ってあんたの助けにある」

「あん? なんだそれ」

「じゃあねえ。真姫ちゃんによろしく~」


 そう言って、姉がフラフラと部屋から出て行った。


 傷付いた子を助けろ? 何の話だよ。


 だが、今は姉の言葉に惑わされている暇はない。


 俺は水分と栄養を補給し、トイレに行って準備を万全にし、ベッドに横たわった。


 イベントまで、残り三十分。


 VR機器を頭にセットし、起動する。


「さあ……潜りますか」


 俺の言葉と共に、視界が暗転――俺は既にダイブしていた<ひめの>の元へと転移する。


 そこは、イベント参加者の待機スペースになっていた。広大な空間であり、見ただけでも百人近いアバターが集まっている。


 何となく、事務所ごとに分かれているような雰囲気で、端の方にポツンと立っている<ひめの>の姿を見つけた俺は駆け寄った。


『りったん!』

『ひめのん! すげえな、めちゃくちゃ参加者いるじゃん』


 俺がそう言うと、<ひめの>は目を輝かせて興奮気味にまくし立てた。


『凄いよオールスターだよ! ステラさんはもちろん、ななねちゃんもいるし、去年このイベントで大躍進を遂げた、男性Vtuberナンバーワンの<嵐牙ライル>さんもいるよ! 他の事務所の看板Vtuberもいるし、同じところに立っているなんて信じられない!』

『へえ……まあ負けるつもりはないけどね』


 俺が格好付けてそう言うと、<ひめの>も不敵な笑みを浮かべた。


『……そうだね。もちろんそうだよ。ファン気分は終わり! 今からは……ここにいる全員がライバルだよ』

『ああ』


 俺達が頷きあっていると、突如スペースの中央にホログラフィックディスプレイが浮かび上がった。


 そこには、今回のイベントのディレクターである御堂さんが映っていた。


『えー、参加者が全員揃いましたので――イベント概要を説明していきます! ちなみリスナーへの配信は今始まりました! まずは一組ずつ、事前に渡されたバックルとそれに表示された番号があります。今回のイベントではこの番号で管理していくので、自分達の番号をよく確認して、絶対にバックルは外さないようにしてください! 外した時点で失格となります!』


 その言葉を聞いて、俺は金属製のバックルを右手首に装着した。そこには45という数字が浮かんでいる。当然、<ひめの>も同じ番号が浮かんだバックルを右手首に装着していた。


 御堂さんの説明が続く。


『これより一組ずつ、番号順に十秒間の自己紹介とアピールタイムを設けます。そしてその後――即転移が行われます。転移先は――こちら!」


 その声と共に、ホログラフィックディスプレイに立体的な、どこかの島の全体図が浮かび上がった。


『――ここが、これより始まるメインイベント、〝リスナー参加型脱出ゲーム〟の舞台となる、〝女神島〟です! 皆さんにはこの島の各地に散らばっている様々なイベントやハプニングを乗り越え、また徘徊する多種多様のモンスターを討伐してポイントを集めていただきます! そしてこのポイントを各種便利アイテムに交換して、それを使って脱出を目指してください! そうして脱出できた上位三組のみが、フィナーレに出場できるという流れになります! 詳しいゲーム説明については現地に到着後にアナウンスされますので、よーく聞いておいてくださいね!』


 その言葉に、会場がどよめく。


 おいおい、脱出ゲームとはまた派手な企画だな。


『思ったより……公平そうだね』


 <ひめの>がそうポツリと呟いた。


『そうなの?』

『少なくとも、ファン投票とかではなさそうだもん』

『確かに』

『私達でも、勝ち目はある。でも、そうなると……リスナー参加型って部分が引っかかる。どう、参加するんだろう』

『うーん……さっぱりわからん』


 俺達がそうやって唸っていると――


『よう、ヒーロー。無所属のくせに、一丁前の顔して良くこのイベントに出やがったな』


 そんな言葉を吐きながら近付いてくる、一体のロボットがいた。


 こいつは――


『誰だっけ……?』

『ガラビットだよ! てめえを展望台から落とした張本人だよ! 普通忘れるか!?』


 メカ――そうそう、ガラビットって名前のクソ野郎――が思わずツッコミを入れてしまい、それを見ていた<ひめの>が小さく笑っている。


『ああ……いや、お前が落としたのはあのななねって子で、俺は自分から飛び込んだんだから、それは違うくない?』

『どっちでもいいよ! 細かい奴だな……まあいい、あの時の借り、返させてもらうからな!』


 そう言って、ガラビットが去っていった。あいつも参加するのかよお。嫌だなあ……なんて思っていると――暗い青色の髪に前髪の一房だけ、まるで暗雲から落ちる稲妻のように鮮烈な黄色に染めたイケメンが、<ひめの>の手を取っていた。


『間近で見ると、素晴らしく可愛いね。どうだい? あの島で僕と楽しい一日を過ごさないかい?』


 パンクロッカーみたいな知らんイケメンがなんか<ひめの>を口説いているぞ!?


『誰だよあんた! 気安くひめのんに触るな!』


 俺が慌ててその男の手を振り払うと、今度は器用にその俺の手を握ってくる。


『僕を知らない? へえ……面白い女。君みたいな子もまた美しいと感じる僕の感性に感謝だ』

『オェェ!』


 男に美しいとか言われても嬉しくねえよ! つうか放せクソ野郎! 言動がキモいんだよ!


 俺がこいつに蹴りを入れようか真剣に悩んでいると――<ひめの>がそのクソ野郎へと頭を下げた。


『ドラゴンナイトチャンネルの紫竜ひめのです。で、そっちが盾野リッタ。どうぞよろしくお願いします――嵐牙ライルさん』

『ふふふ、君は賢いし可愛いし、いいね。お互い頑張ろうじゃないか、このイベントには夢があるからね。それじゃあ、また』


 そのクソ野郎――ライルはあっさり引き下がり、去っていった。行く先々でキャアキャア言われているのが解せない。


『なんだよあいつ!』


 俺がぷりぷり怒っていると、<ひめの>がため息をついた。


『嵐牙ライルさんだよ……男性Vtuberなら間違いなくトップだけど、一年前までは無名だった』

『トップ!? すごいね』

『凄いよ。女性Vtuberより人気を出すのが難しいと言われる男性Vtuberなのに』

『一年前に何があったんだよって、ああ、

『そう。去年のこのイベントに出るまで無名だった彼は見事このイベントで注目を集めて、一気にスターダムにのし上がった実力者だよ。彼が今回の上位三組に入ってくる可能性は高いし、逆に言えば……私達が第二の嵐牙ライルになれる可能性がある』

『そうかあ……』

『りったん、全然分かってないでしょ』


 呆れ顔の<ひめの>が可愛い。


『うむ! そういうのはひめのんに任せる』

『はいはい。島での脱出ゲーム、しかもモンスターがいて討伐するとポイント……となるとりったんの出番が多いかもね』

『任せといて! なんだか楽しそうだなあ』


 最近流行りのVRゲームもそんな感じなのかな? 


『楽しも! 出ただけでも凄いんだし』

『と言いつつ~?』

『……絶対に上位三組に入るよ』


 そう言って<ひめの>が力強く頷いた。


『だよね! やるからには……テッペン取らないとね』

『うん!』


 そうして、ついに俺達の転移の番がやってきた。


 司会の良く知らないVtuberが俺達の紹介を始める。


『そしてえええええ、きたきたきたあああああ!! 今話題沸騰の無所属コンビ! このイベントでスターとなるかダストとなるか!? Vtuber界隈の全員が大注目してるこの二人の登場だ!!』


 そんな煽りと共に、俺と<ひめの>の下にカメラが飛んでくる。


『紫竜ひめのです!』

『盾野リッタだ!』

『『二人でドラゴンナイトチャンネル! みんな応援よろしくお願いします!!』』


 そう叫んだと同時に、光が渦巻き、暗転。


 次の瞬間、俺が目を開くと――


『おお……凄いな。この島、浮いてるぞ』


 そこは島の沿岸部であり、目の前には鬱蒼とした森。背後を見れば、空が広がっていた。


『VR空間だからこそ出来る舞台だね』


 俺は<ひめの>の言葉に頷きながら周囲を見渡した。既に転移を終えた者達が早速、グループに分かれて、どう動くかを議論している。


『ではこれより……リスナーの皆様にだけ、この島の〝〟のURLを公開します! モンスターの分布図から便利アイテムの使い方、脱出用の転移装置までの経路など、この島からの脱出に必要な情報が揃っています! 当然、参加者の皆様にはアクセス不可となっています』


 その謎アナウンスに、俺は混乱する。


 攻略サイト!?  しかもリスナー限定!?


『リスナー参加型……ってそういうことか』


 <ひめの>の言葉に俺が首を傾げた。


『どういうこと?』

『おそらくだけど……リスナーは何らかの形で、攻略サイトで得た情報を私達に届けることが出来るはず。リスナー達が私達のナビゲーターになる感じかな。つまり、リスナーの導きで脱出しろってことだと思う』

『なるほど! それってつまり……』

『リスナーの多いVtuberほど、有利になっているのかも』


 完全に公平ってわけではないってことか。ふん、面白いじゃないか。


『粗相団のみんな……頼んだぞ!』


 俺はそれぞれ一組ずつに張り付いている、小型カメラに、そう叫んだ。


 あいつらなら、きっと……俺達を導いてくれるはずだ。


『今回の脱出ゲームでは、! いち早く脱出できた三組が――フィナーレ会場へと転移できますので、皆さん、頑張ってください!! それでは、メインイベント<女神島から脱出>――スタートです!』


 壮大なファンファーレと共に、ついにイベントが――スタートしたのだった。


 俺と<ひめの>の波乱に満ちた冒険の、幕開けである。

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