第19話:初めての再会


 VR空間アルタ――<アルタタワー>〝底の展望台〟


 そこは、アルタ内にある名所、<アルタタワー>の最も底にあるだ。


 底が展望台とはおかしいと思うかもしれないが、ここはVR空間。


 アルタタワーの下には――<アンダーワールド>と呼ばれる広大な地下街があった。そこは、地下なのに雨が降り、ネオンサインが煌めく街で、それを一望できるのが、この展望台なのだ。


 空中デッキの柵にもたれかかって、そのサイバーパンクな景色を見つめている一人の少女がいた。プライベートスペース設定にしているのか、周囲にはそれなりの数のアバターいるのに、彼女の周りだけ静まり返っている。


 それは竜崎さん、いや――<紫竜ひめの>だ。


 俺は何度も、アバターが俺ではなく<盾野リッタ>になっていることを確認して、彼女の元へとゆっくり歩いていく。


 いや、待て、見た目と声はともかく喋り方でバレるのでは……?

 マズイ、どうしよう。


 何も考えてなかった……!


「――いきなり動画にお邪魔してすみませんでした、盾野リッタさん」


 そう言って、くるりと<ひめの>がこちらへと振り返った。


「あ、いや、大丈夫です!」


 俺はきょどって手をバタバタさせながら思わず敬語で返してしまう。


「紫竜ひめのです。今日は時間作っていただきありがとうございます」

「あ、いや、えっと……。なんかすみません……」


 俺は思わず謝ってしまう。中身が竜崎さんだって分かっているし、最近は仲良い感じになったので慣れてきたが、流石に初対面の<ひめの>相手だと、いつものように話せない。


 その感覚が嬉しいような、もどかしいような。


「ふふふ……なんで謝るのですか?」


 <ひめの>が、小さく笑う。


「あ、いや……怒られるのかなあって」

「怒る? 私が?」

「いや……その……勝手に応援して盛り上がってて……動画で好き勝手言って……」


 ううう……本人の目の前だと緊張するし、なんか今さらだが、俺動画でめちゃくちゃ言ってたよね……? そんな不安に襲われてしまう。


「そんなことないですよ! むしろ感謝しています。チャンネル登録者数も増えて、コメント欄も荒らされなくなりました。それだけでも感謝なんです。だからまずはお礼を言わせてください――本当にありがとうございます」


 <ひめの>はそう言って、深々と頭を下げた。


 俺はそれを見て、慌てて口を開く。


「あ、いや! 頭を上げてください! お礼を言いたいのは俺の方で! いつも動画で元気もらってますし、癒やされてます! 特にあのASMRはもう最高です!」

「……そんなにエッチでしたか……?」


 顔を上げた<ひめの>が、赤らめた顔を横に逸らした。


 うおおおおその顔もエッチだが、そんな事言えねえ!


「あ、あれはほら! ネタで言っただけでして!! すみませんでした!!」

「いえ……いいんです。ちょっとそういう風にしろってアドバイスされたので」

「そ、そうなんですね!」


 ……絶対に姉の仕業だ。あいつならそんなアドバイスをしかねない。


「でも、好評そうで良かったです。正直に言うとASMRをやろうと思ったきっかけは、リッタさんの動画なんですよ。それと……リアルの友人が凄く声を褒めてくれるので……あ、もちろんリッタさんや団員の皆さんのおかげでもあるんです! 自信がなかった前までの私では……多分やれませんでした」


 リアルの友人ってまさか俺!? やった! 知り合いじゃなくて友人にランクアップしてる!


「ようやく……笑ったね」

「へ? あ、そうかな?」

「うん。そのアバター、本当に可愛い。誰に作ってもらったかは聞かないけど……なんだか親近感が湧く」

「あ、アリガトウゴザイマス……」


 どうやら向こうはもう俺に対して気を許している感があるが、身バレの可能性を考えると俺は全く油断できない状況だ。


 くそ! こんなの想定外だい!


「うん。会ってみて、話してみて、それからどうしようかって考えるつもりだったけど、やっぱりリッタさんは誠実な人だね。貴女となら……良い動画が作れそうな気がする」

「えっとそれはつまり……コラボってことですか?」


 <ひめの>と一緒に動画とか緊張して死にそうなんだが!?


「はい。コラボ動画を予め撮って配信する形が良いかと思います。生配信は……事故りそうなので」


 そう言って、<ひめの>が目を細めて俺を見た。


 うお、その目付きゾクゾクする!


「お、俺……じゃなかった、あたしはその、嬉しいですが……良いんですか? 迷惑じゃないです?」

「あはは、無理しなくても、いつもの口調で良いですよ? 私ももう崩してますし」

「あ、いや! これが素なんです! あれは動画用で!!」


 嘘です!! でも、そうでも言わないとバレる!


「そうなんですか!? 凄い……そこまで演じられるなんて……てっきり中身はだと思ってた。似たような喋り方の友人がいるから……」

「あはは……」


 その友人で多分で合ってるよ! ってことは危ねえ、下手したらマジでバレてた可能性がある。口調変えて正解だった……。


「なら、どっちでも大丈夫だよ。やりやすい方で」

「は、はい!」


 なんて言っていると――俺は視界の端で、妙な動きがあった。


 この空中デッキは、上のタワーと柱だけでつながっており、壁もなくオープンスペースになっている。遙か下には地下街が広がっていて、多分高所恐怖症の人なら、立ちたくない場所だろう。


 そんなデッキの端で、聞こえないが何やらもめ事が起きている。


 獣耳にメイド服という何ともあざとい姿をした少女型のアバターと、メカメカしい姿のアバター。


 それだけなら、まあカップルか友人同士でこの展望台に来ただけなのだろうが、どう見ても、メカの方がメイド少女の方に、詰め寄ってその小さな身体を無理矢理掴んでいる。


 メイド少女の顔には、怯えと恐怖の表情が浮かんでいた。


「――ごめん、ちょっと待ってて!」


 突然、違う方向を見始めた俺を見て、キョトンとしていた<ひめの>を置いて、地面を蹴った。


 VR空間アルタ内での運動は基本的にリアルと同じらしい。でないと、リアルで出来ることが出来なくってしまうから。当然、リアル以上の動きをできる設定もあるそうだが、俺はそこまで詳しくないので、そんな設定はしていない。


 だけども、リアルと同じぐらいに動けるなら十分だ。


 <ひめの>から離れた途端に、周囲のざわめきが耳に飛び込んで来る。


 その二人の側に駆けつけると俺は、そのメカに向かって静かに声を掛けた。


「おい、何やってんだ? その子、嫌がってるだろ」


 別に俺は特別正義感が強いわけではない。だけども、女の子が怖がっているのを見て、それを見て見ぬ振りするほど、クズでもなかった。


「あん? 誰だてめえ」


 メカが機械音声風に変えた野太い男の声で俺に答えた。


「手を放せって言ってるんだよ。どう見ても怖がってるだろ」

「……おいおいお前、ここをどこだと思っているだ?」


 呆れたような顔をしてメカ男が俺を見下した。こいつ、身長二メートルぐらいあるな……。


「あん? どういう意味だよ」

「ここは……バーチャルだぜ? つまりそれは――何をやっても良いってことだよ!!」


 メカ男がいきなり拳を振りあげて、俺へと殴りつけてきた。


「VR知らねえ俺でも、それは間違っているって分かるぞ、クソ野郎」


 だけども、それを俺は、あっさりそれを躱すと、腰の剣を抜刀。


 足や目線、筋肉の動きを見れば、相手がどう動くかなんて大体分かるんだよ!


「うらあああああ!!」


 渾身の力を込めて振った剣がメカ男の腕に激突。ご丁寧に金属音まで鳴らしやがるが、当然ここはリアルではないので、剣で斬ったところで実際に傷なんて付かない。


「うおっ!?」


 だが、力だけは自信がある。メカ男はその見た目に反して体重は軽いらしく、それだけでよろめいてしまう。


「ここがリアルなら、手が飛んでたぜ、ポンコツ」

「……あーあー、ムカつくな、!! いるんだよなあお前みたいな眼をキラキラさせる奴。リアルでも大っ嫌いだが、VRでも虫唾が走るぜ! そんなに正義のヒーローごっこが好きなら――、してみ?」


 メカ男が左手で掴んでいたメイド少女をーー柵の向こうに投げ飛ばした。


 その先には、地面なんてない。


「なっ!? なにやってんだ! 馬鹿野郎!!」


 俺は咄嗟に地面を蹴って跳躍。更に柵を蹴って、泣きそうな表情のメイド少女へと飛んだ。


「リッタさん!!」


 後ろで<ひめの>の声が聞こえる。


 俺は風と雨を感じながら、そのメイド少女を抱き止めた。


 そこまでは良かった。


「凄い……眼が……綺麗。


 そんな事をなぜかメイド少女が呟く。


 しかし俺達は絶賛、落下中でそれどころではない!


「ぎゃああああああああああ落ちるうううううううううう」


 俺の今さらな悲鳴に、メイド少女はなぜか冷静にツッコむ。


「そりゃあ落ちますってば……」


 そうして俺はメイド少女と共に――地下街へと落下したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る