海辺のホテル物語

犬怪寅日子

第1話 イカれたメンバーは私だ!

 で、ということもないのだけれど私はその時いつものようにパニック発作を起こして床に倒れていて、隣でおしぼりをぐるぐる巻きにする仕事に従事している女子大生が「え?」と怯えながらもおしぼりを巻き続けていて、その横をなんか中華のコーンスープみたいなやつを持ったメンズがすっと通っていって、監視をしにきた中華の女ボスにお尻を蹴っとばされていた。


「誰だ! こんな忙しいときに倒れてるやつは!」


 その時はクリスマスで、クリスマスに中華食うかな? と思うけど北京ダックもあるし、みなし七面鳥みたいなことなのかもしれず、とにもかくにも年末のホテルはクソ忙しくクソ殺伐としていて、私はまだそこに入って二日目とかだったので状況をよく把握していなかったが、お尻を蹴られたことだけはよくわかった。


 パニック発作というのはなってみないと分からないんだけど、頑張って説明をすると「死!」って感じで、ともかく正常の恐怖ではなく世界の情報に圧死され呼吸ができなくなるんだけど、なぜか絶対に死なないので安心して欲しい。とはいえ発作の時は「死!」しか頭の中にないので、安心なんて言葉は無駄である。


 そのときの私の状況をもう少し詳しく言うと、高1の冬に哲学的煩悶をしすぎて精神に異常をきたし高校3年間をだいぶ棒に振り、なんとか入学した大学で前の席の陽キャに「竹中直人友の会入ってる!?」と話しかけられたのが怖くて息が出来なくなり、病院に行ったら「パニック障害ですね」って言われて、まじ?神経衰弱じゃんかっけーとか思っていたのも束の間、各種トランキライザーをたくさん飲むことにより布団から起き上がれない日々を半年ほど過ごし、悪夢の寝汗で畳が腐ったのが怖くて、何も改善していないのに地元の飲食店のバイトの面接に行って受かって倒れてすぐクビになり、つけ麺屋のおばさんが醤油の場所を教えてくれなかったのが怖くて3日でばっくれ、友達の兄の紹介で入った工場のヤンキーがシンプルに怖くて休憩中に自転車で遁走してしまい、もう地元では働ける場所がないため、パニック障害で電車には乗れないのでバスで海辺まで足を伸ばしホテルの配膳の仕事についたのであった。


 パニック発作を起こすと大抵みんな最初はめちゃくちゃ心配してくれるのだけれど、三回目くらいになると、またかよ的な空気になってきて、ちょっと今のままでは困るんだけど? みたいなことを店長に言われ「ごめんなさい、辞めます」というまで許されないというのが通常コースだけれど、初回から尻を蹴っ飛ばされたのは初めてだった。


 そのため私は「死!」となりながらも「蹴!?」となり、なんか女ボスが「端の方に転がしとけ!」と女子大生にいうので「いや、じぶんで(転がります)」と言って端の方の階段の下の壊れた台車の横で倒れていた。


 しばらくして配膳のリーダーみたいな人が迎えに来て、家まで送ってくれた。

 またクビコースが始まったのか思いながらぐったりしていていると、別れ際リーダーが「次はいつにする!? 明日も入れるけど!」と大声で言うので、薬でもうほとんど眠っていた私はただ「入りまふ」と答えたのだった。


 その後も、何度倒れてもリーダーは「明日は!」と大声で聞いてくる。私もそのたび「入りまふ」と答え、なんやかんや三年くらいはそこで働いていた。


 なんて懐の深い会社なんだ、と思った時期もあったが、リーダーの口癖は「手足がついてれば大丈夫!」であり(だいぶ差別発言だと思うが)私は倒れはするが手足が付いているのでオッケーということだったのだ。


 つまり、配膳のお仕事とは端的にいうとイカれたメンバーが集まったイカれた環境のイカれた職場のため(※個人の感想です)常に人手不足に陥っているのである。というわけで、次回はイカれたメンバーとイカれた環境の配膳のお仕事を紹介するよ!


 と、さんざん言いましたが、今でも戻れるのならば戻りたいくらい配膳のお仕事は好きであることを最初に記しておきます。

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