011-1 奇跡の代価①
その時クリスに襲いかかってきた感覚を一言で表すのならば苦痛であったが、しかしその程度で片付けて良いレベルの代物では全く無かった。
敢えて例を挙げるとするのなら、体温が血液すら蒸発する100度以上になり、全身の骨と言う骨が粉々に砕け、スピリタスを10本位一気飲みさせられ、その状態でマラソン・自転車・水泳、全てが100kmのトライアスロンをやらされた感じだろうか。
途轍もない熱さと激痛と吐き気と倦怠感のオンパレード。
常人ならば失神――いや、苦しすぎて気を失う事すら出来ない苦痛だろう。
しかも、それが底では無く、刻一刻と苦痛が増してきていた。
「――――んっ」
(
しかしクリスは唯の気合だけでその苦痛を耐えていた。
何かしか自分の身に発生している異常の原因を知っているらしいデザベアが、耐えるしか無いと言っていたので取り合えず耐えている。
常人であれば最悪、発狂死すらしかねない苦しみの津波を、根性論だけで耐え凌ぐその姿は成程確かに精神力の怪物、超越者の名に恥じない。
とは言え、耐えられるからといって問題無く受け入れられるかと言えば、それはまた別の問題だろう。
SMプレイのM役は好きなクリスだが、別に普通に過ごしている時に痛いのは好きでは無い。
これでもし周りに困っている人とかが居たのなら、自分の痛みとか知ったことでは無いと動き出すクリスだが、そうで無いなら流石に勘弁してほしかった。
「どうしたの、クリス?」
出来る限り心配を掛けない様に耐えてはいるが、それでも多少は様子が可笑しくなっているクリスに、アレンが心配そうに疑問を投げかけた。
ルークもその様子をしっかりと伺っている。
「あの、ごめん、なさい。少し、疲れて、しまった、みたい、です。今日は、もう、休ん、でも、良い、ですか?」
滅多に弱音を吐かないクリスの言葉に、ルークが優しく答えを返す。
「初めてで、あれ程の魔法を使ったんだ。疲れるのも無理はないさ。遠慮することは無いからしっかりと休むと良い。良ければ、俺が借りている宿屋の部屋を貸すが」
「そこ、まで、迷惑、を掛け、られ、ない、ので。大丈、夫。です。少し、休め、ば、回復、する、思い、ます」
有難い気遣いではあったが、自分の身に何が起きているのかをデザベアに聞かなければならない以上、お世話にはなれなかった。
「……そうか。それならせめて2人で家まで送っていこう。ああ、それに少し待っていてくれ」
そうしてクリスはルークとアレンに連れられて自分の家に戻ってきたわけだが、その帰路の途中に、ルークがクッションや毛布など、クリスが良く休める様な寝具の代わりになる物を買い与えてくれた。
「あり、がと、ござい、ます」
「そんなに高い物でも無いから気にしなくて良い。ああ、綺麗な水を此処に置いておくから、喉が渇いたらきちんと飲むんだぞ?」
「は、い」
「ねぇ、クリス。本当に大丈夫?」
「大丈、夫、だよ!アレン、君。大分、良く、なって、きた、から」
そう言ってクリスは全然大丈夫!というのを証明する様に、アレンに対して微笑みを浮かべた。
因みに体調は良くなる所か悪化の一途を辿っており、現在は全身のあらゆる所に五寸釘を打ち込まれているかの様な激痛が体を襲っている最中である。
「明日は俺たちの方から迎えに来るから、調子が悪いままだったら遠慮しないで言ってね!!」
「う、ん。また、明日」
そうして2人は家を去っていった――かの様に見えたが。
『もう少し耐えろよ、外で2人とも様子を伺ってる』
デザベアからの注意喚起がクリスに飛ぶ。
クリスが本当に無理をしていないのか、しっかりと気にしてくれているのだろう。
その気遣いが嬉しくて、クリスはもっと頑張って耐えよう!と気持ちを新たにした。
そして時間にして凡そ20分近くが経過しただろうか。
『良し。もう我慢しなくていいぞ』
デザベアから許しがでた、その途端。
「こほっ!けほっ!!かふっ!ぁぐ、ぅうっ!!ぅえっっ!!」
歯止めが一気に壊れたかのように、クリスの口から大量の咳と苦悶の声が漏れ出した。
「ぉぇっ!」
しかもそれだけでは無い。
何とか折角貰った毛布などを汚さない様に地面に向かう事は出来たが、大量の吐き気を抑える事が出来ずに、クリスは嘔吐をしてしまった。
………………いや、違う。
そうしてクリスの口から出て来たのは、赤黒く鉄の錆びた臭いのする液体で、つまりこれは嘔吐では無く、吐血だった。
「ごぼっ!ごほっ!」
止まる事の無い大量の吐血は、誰か他の人間が目撃していたのなら、クリスに死神の迎えがやって来たと確信する様な光景であったが、しかしデザベアの考えは異なるようだった。
『まあ、それなりに休みさえすれば、全快するかは微妙だが、キチンと回復する筈だ。説明はその時にしてやるから寝れる様になったら寝とけ』
クリスは何度も吐血を繰り返し、漸く気を失うことが出来たのは天高く昇っていた日が、地面に沈み始めた時だった。
*****
「んっ」
『起きたか』
外は暗く、未だ深夜の時間帯。
デザベアの目算通り天に召されること無く、クリスはしっかりと目を覚ました。
そしてクリスは恐る恐る自分の体調を確かめる。
多分熱が40度以上あって、息をするだけで体に激痛が走る。そんなコンディションだった。
(言われた通り、とっても体調が良くなった!!)
つまり
これなら話を集中して聴けるから良かった~♪、とクリスは安心して胸をなでおろした。
「それで、私、一体、どう、なって、たの?」
『ああ、一から説明してやるからよく聴いてろよ?いいか、先ずはだな――』
そうしてデザベアは、話の前提条件。
クリスが奇跡の魂【超越者】である事を説明した。
「超、越、者?ん~~~?」
『なんだ、何か納得がいかないか?』
自分が特別な魂だというデザベアの説明からして、どうにもクリスにはイマイチ実感が湧かなかった。
だがまあ仮にそれが真実だとして話を進めるのなら、それはそれで看過できない当然すぎる新たな疑問が湧いてくる。
「じゃあ、何で、こんな、成った、の?」
曰く、他より優秀な魂であると言うのなら、先ほどまでの自分の様は可笑しいだろう、とクリスが至極真っ当な考えを口にした。
あれでは特別に優れているのでは無く、特別に貧弱であると言うべきだろう。
その疑問に対してデザベアは、突然の不調の理由も含めた原因をアッサリと言い放った。
『――器と中身が釣り合ってねぇんだよ』
「うつわ、と、なか、み?」
それこそお前の不調の原因だ、とデザベアはそう断言した。
『ああ、さっきの大きな異常だけの話じゃねぇぜ?お前がこの世界に来てからの、体の不調全ての原因だ。要はその体が不健康な事は、体調の悪さに何の関係も無かったんだよ。というか寧ろその所為で俺様まで勘違いさせられてたぜ。例え至って健康な人間の体に入っていたとしても、お前は同じように糞みたいな体調になってたはずだ』
「そう、なの?」
『普通の人間の肉体に、規格外の魂が入れられている。重要なのはその1点だけだ』
いや、まあ入れたの俺様なんだけど。とデザベアは口には出さず心中で呟いた。
『小さなコップの中から海が――いいや、
「………………」
……それは、もう。コップが割れるだとかそんなレベルの問題では無いだろう。
その瞬間にコップは原子すら残さず消滅するに決まってる。
しかしだとすると、またしても当然の疑問が発生した。
デザベアの説明には穴がある。
物理的な穴ならなんか興奮するクリスだが、説明の穴はただ気になるだけだった。
「じゃあ、私、何で、生き、てる、の?」
デザベアの話が正しいのなら、自分はとっくのとうに爆発四散している筈だ。クリスはそう思った。
そりゃあそうである。
無論、少し考えれば当たり前の疑問であるので、それに対する回答をデザベアは当然用意していた。
『それはな。お前自身の力のお陰だよ』
「私の、力???」
なんのこっちゃ、と頭上に疑問符を浮かべるクリスにデザベアが詳細な説明を始めた。
『良いか?お前がアッサリと馬鹿デカい炎の魔法を使えたように、【超越者】ってのは普通の人間が努力して行う様な事をアッサリと実現できる。何故ならお前たちの1歩は、他の奴らの何千万、何億万歩をも凌駕するのだから』
だがな?とデザベアは話を続ける。
『【超越者】が全知全能にすら思えるのは、飽くまで地を這う虫けらから見た場合だ。同格域同士での尺度なら、当然それぞれに、得意な事・苦手な事が存在する』
「得意、な、こと――」
『そう。それこそお前を超越者に至らせているもの。願いの根源。お前自身の本質だ。まあ少なくともお前の本質は、誰かと争って、ドンパチがどうのこうのってことでは無いのは確かだな、その位は少し見てれば分かる』
クリスのこれまでの行動と考えを見れば、その本質、その願いが誰かを傷つけ、奪おうとする物で無い事は一目瞭然だろう。
「私、の、本、質……」
そもそもの話、自分の本質、願いなど考えるまでも無く決まっている、クリスは自信を持ってその
「エッチ、な、事!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
『――ではねぇ』
「えぇっ!????????????????????????」
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