Ifパート もしも小岩井莉乃を選んでいたら

第44話 小岩井莉乃は早く大人になりたい。だけど、沖田壮馬はゆっくりと待っていたい

【ご注意ください】


 このお話は本編とは似ているけれど違う時空のお話です。

 いわゆるヒロイン救済ルートでございます。


 読者様によっては好みが分かれるかと思われますので、「てめぇ、小賢しいことしてんじゃねぇよ、おおん!?」とお感じの場合はブラウザバックを推奨いたします。

 あくまでも「あったかもしれない、もしものお話」でございます。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 沖田壮馬は小説家を目指して奮闘していた。

 会社で決意表明をしてから1年。

 まだまだ結果は現れないが、彼は前向きな男である。


 26歳。

 夢を追いかけるには少しばかり遅い出航だったが、支えてくれる人がいて、応援してくれる人がいる。

 そんな環境に身を置ける事を、彼は日々感謝していた。


 壮馬は、土日になると朝からファミレスに出掛けていく。

 そのファミレスには思い出があり、現在進行形で思い出を紡いでいる場所でもあった。


「いらっしゃいませー! あー、おはようございますー! いつものお席にご案内しますねー!! 店長、未来の売れっ子作家先生がいらっしゃいましたー!!」

「ヤメてくださいよ、莉乃さん! すぐにそうやってからかうんだから!」


「いえいえー! 本心ですからー! 店長も喜んでるんですよー? 壮馬さんが1週間の売上に1番貢献してくれる上得意さまですからー!!」

「俺の方こそ、毎週のように居心地の良い空間にお邪魔して助かっています!」


 壮馬は特に用事のない休日は、必ずこのファミレスで過ごしている。

 ドリンクバーは利用せず単品の飲み物を注文して、食事もお得なセットを無視してお漬物に至るまで単品で注文する徹底ぶりは、今にも潰れそうなファミレスの店長の心におけるポカリスエットとして活躍している事を、当の壮馬は知らない。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「壮馬さーん! お仕事終わりましたー!」

「もうそんな時間でしたか! それじゃあ、今日はどうしましょう?」


「むー。またそうやって、大人の余裕を見せるんですねー? たまには相馬さんも希望を出してくださいよー」

「とんでもない! こんなに可愛らしい恋人がいるだけで、俺は満足ですよ!! 莉乃さんのやりたい事が俺の望みです!!」


「うー、あぅ……。やっぱり、壮馬さんはズルいですー」

「まあ、そう言わずに! とりあえず何か食べましょうか!」


 沖田壮馬と小岩井莉乃が正式に交際を始めたのは、この春、莉乃が大学に入学してからである。

 それ以降も彼らは節度のある清い交際を続けている。


「あたしだってもう大人なんですよー? 壮馬さん、知ってますー? 18歳って成人なんですからねー?」

「知ってますよ! 莉乃さんが大人だって事も重々承知していますとも!!」


「もー。全然そんな雰囲気が感じられないんですけどー」

「そんな事ないですよ? あ、すみません! 店長! 食後にフルーツパフェをお願いします!!」


「そーゆうところですよぉー! 壮馬さん、なんで普通にあたしの分だけデザート頼むんですかぁー! それも流れるようにー!! イケメン拗らせすぎですー!!」

「でも、莉乃さん甘いもの好きじゃないですか! ほら、特にイチゴが好きだから、フルーツパフェは鉄板ですよ!!」


 莉乃は頬を膨らませたまま、店長が持って来たパフェを口に運ぶ。

 幸せそうな表情をしながら、やっぱり膨れっ面のままである。


「もー。あたしも早く大人になりたいですよー! 壮馬さんと大人なお付き合いがしたいですー!!」

「そうですか? 俺は、今の莉乃さんとゆっくり歩いて行きたいですけど」


「どうしてですかー? あたしが大人になるの、嫌ですかー?」

「嫌ではないですよ! 来年の莉乃さんはもっとステキな女性だろうし、再来年はそれに輪をかけて! そんな莉乃さんを見るのは楽しみです! けど」


「けどー? なんですかー?」

「いえ、俺って莉乃さんよりも8歳年上じゃないですか。だから、順当にいけば、俺が8年早く死んじゃうんですよね。だったら、2人が同じ時間を過ごせる今を、できるだけ味わっておきたいなと思いまして!!」


 莉乃が珍しく言葉を失くして、顔を赤くする。

 耳まで真っ赤になった彼女は、やはり不満げに、だけどもとびきり嬉しそうに言う。


「……やっぱり、あたしが好きになった人は世界一ステキな人でしたー。壮馬さんがそこまで言うのなら、仕方がありませんねー。あたしも、ゆっくり大人になってあげますー!!」

「そうですか! いやぁ、嬉しいなぁ!! 店長、食後のコーヒーをお願いします! 莉乃さんにはカルピスソーダを!!」


「もー! なんであたしの飲み物だけ子供っぽくするんですかぁー!!」

「だって、莉乃さんコーヒー飲めないじゃないですか」


「うー! 飲めるようになるかもしれないじゃないですかぁー! 今日がその記念すべき日かもしれませんー! 店長! あたしもコーヒーでお願いしますー!!」


 それから運ばれて来たコーヒーに口を付けた莉乃は、しょんぼりとした顔になった。


「ははっ! まずはコーヒーが楽しめるようになると、一歩前進ですね! 莉乃さん、焦らずに、ゆっくりと歩いて行きましょう! 俺は少し先を歩きますが、ちゃんと莉乃さんだけを見ていますから!!」

「ふぐぅー。……壮馬さん、今の言葉は忘れませんからね? 約束ですよ?」


 彼らの時間はゆっくりと進んでいく。

 年の差が縮まる事はないけれど、心の距離となれば話は変わる。


 ただし、既にぴったり寄り添っている2人であるからして、これ以上の距離を詰められるのかどうかは誰にも分からないのである。




 ——完。

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