第39話 小岩井日菜は泳がない
「……ふみゅ」
小岩井日菜は砂浜にいた。
砂浜でシンデレラが舞踏会に出掛けたお城をコツコツと制作していた。
彼女は海での正しい過ごし方が分からない。
真奈美に聞いても「日菜ちゃんのチョイスがナンバーワンよ! あなたが世界を回しているわ!!」と、意味の分からない供述をされるばかり。
いつまでも海の家でダンゴムシになっているのは不健全だと分かっていたので、とりあえずビーチにやって来た。
秒でリア充カップルたちの放つ光に屈した日菜さんである。
その後は、日陰になっているところを探して、いい感じにジメジメしたところを見つけると、城を作り始めた。
彼女は作業ゲーも好むタイプであり、マインクラフトを土日ぶち抜きでプレイするのも余裕である。
「うみゅ……。左側の装飾が甘い……」
既に彼女の視界にはリア充たちは入って来ない。
今の日菜はただの匠。
スコップ片手に、お城を作るのだ。
なお、スコップは真奈美が海の家で借りて来た。
スコップ借りて来るくらいなら、そのまま日菜を掘り起こせと言いたい。
だが、日陰に太陽のような男がやって来ると、そこはもう日陰ではないのである。
「おお! 完成度高いですね! シンデレラ城じゃないですか!!」
「ふぎゅっ!? お、沖田せんぱ……くん! 莉乃と泳いでたんじゃ……!?」
「莉乃さんが、ちょっとお姉ちゃんの様子を見てきてほしいと言うもので、僭越ながら参上いたしました! 差し出がましいようですが、右側の装飾を俺が担当しても?」
「ふぎゅっ!? で、でも! せっかく海に来たんだから、泳がないと……。沖田くんは運動するの好きじゃないですか」
「ええ! でも、日菜さんとこうやって過ごすのもステキだと思いますよ!!」
「ポォォォォウ!! ファァァオゥ!!」
たった今、砂浜に埋まって様子を見ていた藤堂真奈美が鼻血を噴きました。
「ふ、ふみゅ……。では、沖田くんは右側をお願いします。やるからには完璧を目指しますから。妥協はしません」
「いいですね! お昼ご飯までに完成させましょう!!」
それから、2人は談笑しながらシンデレラ城を作り上げていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
2時間後。
「ふう! これで完成ですね! いやぁ、さすが日菜さんだなぁ! 作り込みが半端じゃないですよ!」
「沖田くんこそ、細部まで丁寧な仕事ぶりには感心しました」
「和菓子作るので細かい作業には少しだけ自信があるんですよ! でも、日菜さんも和菓子作るの上手ですよね! 親父が褒めてましたよ! 日菜ちゃんの腕なら、いつでも嫁いで来てほしいって!!」
「うみゅっ!?」
(と、と、嫁いで来いって言われたぁぁぁぁぁ!? お父様の公認貰っちゃってたぁぁぁぁ!! い、いつ!? この前の金平糖作った時かな!? そうじゃなかったら、豆大福作った時!? そう言えば、お父様がずっと近くにいたよ!! へぇっ!? あ、あれって、嫁として相応しいか確認してたのぉ!? それで、わたし、合格しちゃった!?)
日菜は感動に打ち震えていた。
山の森出版の内定が決まった時の8倍の高揚感が彼女を包み込む。
「そう言えば、知ってます? シンデレラ城って結婚式に使えるらしいですよ! 大学時代に友人が言っていました! 日菜さんって夢の国に行った事あります? なかったら、今度行ってみませんか?」
「し、しし、下見にですか!? 式場を押さえる段階に!?」
日菜さん、ノンストップ。
その後、彼女の脳内では孫が成人して、壮馬の穏やかな最期を看取り「わたしもすぐにそちらへ行きますからね」と涙を堪えるところまで高速でシミュレーションが行われた。
「さて、お城の写真も撮りましたし! そろそろお昼ですね!!」
「ちょっとお待ちなさい! 沖田くん! 日菜ちゃん!!」
どこからやって来たのか、藤堂真奈美が参上。
手には一眼レフのカメラ。
「あななたち、大事な事を忘れているわ! 将来を誓い合う場所の写真を撮って満足!? ノンノン! そうじゃないでしょ!? ちゃんと、2人のツーショット写真を撮らなくちゃ!! ええ、カメラは私に任せておいて! さあ、2人とも、寄って、寄って!! ふんす、ふんす!!」
真奈美の有無を言わせない情熱は、不器用な2人の距離を縮める。
「藤堂先輩もああおっしゃられていますし、せっかくですから! 日菜さん!」
「ふ、ふぎゅっ!? やっ、あの、わた、わたし、ひゃん!?」
「あ、すみません! 傍に寄ろうと思って、つい肩に手を……! 不快でしたか?」
「……いえ、その、別に。ちょっとビックリしただけで、うみゅ」
「ぐ、ぐへ、ぐへへ……! じゃあ撮るわよ! はい、笑って! 沖田くん、日菜ちゃんの肩を抱き寄せて!! 表情なんかもう気にしないでいいわ! 連写してるから!! はい、いいわよ! ああっ! いいわぁ!!」
それから写真撮影が終わるまで3分ほどかかり、彼らは海の家へ引き上げていった。
作り主不明の精巧なシンデレラ城は、その日以降、しばらく南カブトガニビーチの写真撮影スポットになったらしい。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「いやー! 海の家と言えば焼きそばだよねー。みんなして同じのを頼まないでもいいのに!」
「井上先輩の選択が素晴らし過ぎたので、これは真似をするしかありませんでした!!」
テーブルには、焼きそばが4皿並んでいる。
海の家で食べるならば味の濃い、ジャンクなものに限るのだ。
「井上もなかなか味な真似をするじゃない! いいわよ、井上!」
「そういう真奈美さんはちゃんぽんなんだね。一応、理由を聞いてもいい?」
「尊みトライアングルと同じメニューを食べたら、トライアングルじゃなくなるじゃない!! その点で行くと、井上は大幅減点よ! この愚か者!!」
「情緒が不安定過ぎるんだよなぁ。お酒飲んでないよね? 海の家じゃ、鎮静剤は売ってないんだよ」
暴走する真奈美を止める井上。
そのかいあって、尊みトライアングルは平和そのもの。
「あー。お姉ちゃんの焼きそば、お肉多くないー? ズルいなぁー」
「でしたら、俺のお肉をどうぞ! 日菜さん、どうしてピーマンを俺の皿に?」
「こ、これは、その、沖田くんに健やかな生活を送ってほしいと言う、そう! 先輩からの贈り物です!」
「なんと! これはありがとうございます!! 緑の野菜は栄養バツグンですもんね!!」
お腹を満たした5人。
しばらくの休憩ののち、最後にみんなで泳ごうと言う話になった。
思い出作りとあらば、拒否する者はいないのである。
彼らは記憶に残る夏の1日を過ごし、大いなる満足と共に帰路についた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます