第32話 小岩井日菜は裸になれない

 こちらは女湯。

 男子禁制の静謐な空間である。


「あら、どうしたの? 小岩井さん、早く入りましょう?」

「ふぎゅ……。その、お、お、お先にどうぞ!!」


「せっかく一緒に来たんだから、待つわよ?」

「ふみゅ。……わたし、あの、スタイル良くなくて。お、お風呂とか、大勢の人に見られるところで裸になるの、ちょっと恥ずかしくて……」


 藤堂真奈美の脳内では、猛烈な速度の情報処理が行われていた。

 まず、シチュエーションを脳内変換。


 沖田壮馬と小岩井日菜が、初めて同じベッドで夜を過ごす想像を創造する。



「おふぅうぅぅぅっ!! 尊い!! 尊いわよ、小岩井すわぁん!!」

「ふ、ふぎゅっ!?」



 真奈美は止まらない。

 壮馬が「先にシャワーを浴びておいでよ」と告げると、日菜が恥ずかしそうにつぶやく。


 「わ、わたし、幼児体型だから……。その、恥ずかしくて……」と。

 藤堂真奈美の脳内が完全に整った瞬間であった。



「ぴょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉう!! ふごばっ!!」

「ふぎゃっ!? と、藤堂先輩!? は、鼻血! 鼻血がすごい勢いで!!」



 藤堂真奈美、浴場に入る前に欲情してのぼせると言う偉業を達成。

 これは推しカプ活動を生業にする者の中でも限られた人間しか到達できない領域であり、真奈美はまた1つ、何かよく分からないものを得た。


「うみゅ……。藤堂先輩が注目を集めてくれたおかげで、なんだか恥ずかしくなくなっちゃった……」


 結果として、日菜に服を脱がせる事に成功した真奈美である。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「それで、どうなんだよ。沖田。小岩井との仲は?」

「あーあー。その顔とその声で部下のプライベートに土足侵入とか、もうパワハラとセクハラとモラハラの数え役満ですよ。支店長」


 こちらは男子社員チーム。

 サウナに入って15分。

 いい感じに汗と老廃物を流していた。


「小岩井さんとはすごく良好な関係を築けていると思います! これも支店長が小岩井さんを俺の教育係にしてくれたおかげですよ!!」


 純粋な瞳の壮馬を見て、剛力は自分がちょっとだけ恥ずかしくなったと言う。


「あのな、ワシが言ったのは男女の仲的な意味合いなんだけど。もしかして、沖田。お前、男女交際の経験がなかったりするのか?」

「そうですね! 何度かお付き合いをと言って下さった方はいたのですが、大学時代は学費を稼ぐのに忙しくて。地元に帰ってからはずっと家業にかかりっきりでしたから! お恥ずかしい!!」


「ううん。壮馬くん、違うよ? お恥ずかしいのは剛力支店長だよ? この人、今から下世話な事を言おうとしてたからね。本当にお恥ずかしい大人だなぁ」

「い、いや! ワシはただ! 経験がないと色々と不安かと思ってだな! ちょっと大人のお風呂屋さんでも紹介してやろうかと!!」



「奥さんと娘さんの連絡先、僕知ってるんですけど」

「許してくれ。ほんの軽い気持ちだったんだ。本気じゃなかった。ああ、そうだ。天気のいい日に庭でレモネードを飲むくらいの軽さだったんだ」



 なんだか洋画の吹き替えみたいな言い訳を始めた剛力剛志。

 彼は妻との関係が極めて良好で、何なら50を目前にしてもう1人子供を作ろうかと言う勢いさえ維持している。


 彼は「今晩は家で頑張ろう!」と、誰得な決意を固めた。


「でもさ、壮馬くん。小岩井さんとは本当に楽しそうに喋ってるよね。それから、妹の莉乃ちゃんとも。見ててなんかほっこりするんだよなー」

「莉乃さんはよく実家の店に来てくださるので、仲良くなりました! 進路の相談なんかにも乗っていまして! 日菜さんとは、元々同じ高校の同じ部活に所属していたので、そのおかげか一緒にいてすごく落ち着くんですよ!!」


「へぇー。同じ部活だったんだ? って言うか、それすごいね! 後輩が先輩になっちゃったんだ?」

「そうですね! でも、後輩だった頃の日菜さんも、先輩の日菜さんも、俺は好きですよ!!」


 井上は思った。

 「それ、本人に言ってあげたら攻略戦も一気に終盤なのに」と。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ふぁぁぁー!! このジェットバスって気持ちいいわねー! うぁぁぁー! 腰とか肩に超効いてる感じがするわー!! ね、小岩井さん!」

「ふ、ふみゅ。個人的には、泡のおかげで色々隠れて助かります……」


「何言ってるのよ! 小岩井さん、お肌プルプルだし、スタイルだって悪くないわよ? ちょっとだけスレンダーだけど、整ってる、整ってる!!」

「うみゅ……。でも、莉乃が……。妹の方が、その、胸とか大きいですし……」


「小岩井さん。こんな格言を知ってる? 『貧乳はステータスだ。希少価値だ』って言うんだけど」

「ふぎゅ……。それ、格言じゃないです……」


「良いじゃない! 私なんて、中途半端だから。巨乳好きには小さすぎるとか言われてフラれるし。貧乳好きには大きすぎるとか言われてフラれるし……。どっちかに振り切れた方が女の武器になるものよ!!」


 この時の真奈美の言葉には謎の熱意がこもっており、日菜は少しだけ勇気をもらったらしい。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「なあ。どうして年を取ると身長が伸びなくなるかわりに、胸毛が伸びるようになるんだろうな?」

「真剣な顔で何を言ってるんですか。支店長、来年48でしょう? しょうもない事を言わないでください。20年上の人が言ってると思うと、虚しくなります」


「いやな、聞いてくれよ。今度さ、娘と一緒にエステ行く事になったんだ。脱毛サロンとか言うらしいんだが。女子ってムダ毛の永久脱毛するじゃないか? そこで考えたんだ、ワシ。胸毛を果たして永久脱毛しても良いものかと」

「地方新聞の端っこにある四コマ漫画くらいどうでも良いです」


「だって、井上! いい年して胸毛がなかったら、恥ずかしいかもしれないんだぞ!? 海外では胸毛はセクシーの象徴とも言うらしいじゃないか!」

「あなたの奥さん、日本人でしょう。じゃあ断言しておきます。奥さんも娘さんも、支店長の胸毛があろうとなかろうと全然気にしません」


 剛力は「そうか?」と、泡立てた胸毛をつついて首をかしげていた。


「それにしても、壮馬くんすごいですね。もう30分はサウナに入ってますよ」

「それな。若いってのはすごいな。あいつ、顔に似合わずいい体してるもんなぁ」


 「その声でそういう発言は控えて下さい」と井上が適切な対応をしていたところ、壮馬がスッキリとした表情で戻って来た。

 彼らはスパリゾートを満喫している。

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