第20話 井上隼人はキューピッドになれる

 井上隼人。

 彼は恋に積極的な男であり、一夜限りの出会いも1つの恋の形と言って憚らない。


 その姿勢には賛否両論、どちらかと言えば否定的な意見が多いものの、彼の恋愛経験値は加速度的に増えており、現在も勢いは衰えない。


 そんな彼が、実は恋のキューピッドとしても優秀であると言う事は、あまり知られていなかった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 昼休みも半分が終わり、井上は昼食を食べに外へ行く事を諦めた。

 仕方がないので、真奈美の隣の椅子に座る。


「要するに、真奈美さんはあれでしょ? 壮馬くんと小岩井さんがイチャコラするのをずっと見ていたいんでしょ?」

「すごいわ、井上先輩! その洞察力が営業の仕事にも生かされているのね!!」


「急に態度が変わったね……。でもね、さっきも言ったけど、あの手の無自覚系両片思いってある日突然終わりが来るからね? どっちも大人なんだから、高校生の爽やかな純愛みたいなものよりも、欲求が勝る事もあるんだよ。壮馬くんはイケメンだし、小岩井さんも可愛い。誰かが言い寄ってきたら、案外コロッと行っちゃう可能性は割と高いと思う」



「長文で嫌な予測立てるの、ヤメてもらえます!? この女の敵!!」

「真奈美さん、情緒不安定過ぎない? 有休でもとって温泉とか行くといいよ」



 井上は自分の机を探った。

 幸運な事にカロリーメイトを発見して、それを咥える。


 余談だが、カロリーメイトと言えばチョコレート一択だった井上。

 しかしここ最近メープルが猛追して来ていると言う。


「さっきも言ったけど、あの2人は誰かが後押ししないとくっつかないタイプなんだよね、僕の経験上。ほら、見て。壮馬くんがナチュラルに手作りのお菓子取り出して、小岩井さんがモグモグ食べてる。あれを見てどう思う?」

「尊さのバーゲンセールですね」


「うん。ごめん、意見を求めた僕が悪かった。ああいう事を自然とやっちゃう壮馬くんは、ぶっちゃけモテ戦闘力が高い。今でこそ新入社員として会社に慣れるのに必死だから交友関係が狭いけど、半年もすればそこら中から女子が寄って来るよ」

「私がその寄って来る女子を狙撃すれば良いんですか?」



「真奈美さん、モンハンでヘビィボウガン使うでしょ?」

「なんで分かったんですか? マルチプレイの時はもっぱら狙撃してます」



 井上は「やっぱりね」と自分の女子を見る目の正確さに満足して、話の核心に迫る。


「本当はこんな野暮な事をしてくはないんだけどね。僕が2人の後押しをしてあげてもいい。壮馬くんも小岩井さんも僕は好きだし、2人が幸せになってくれたら僕も嬉しいから」

「井上……! あなた、いい人なのね!! 女たらしで仕事がデキて、なんかムカつくとか思っていてごめんなさい!」


「ええ……。すごく嫌なカミングアウトが飛び出して来たなぁ。でも、言っておくけど僕がするのはあくまでもきっかけ作りだよ? 無理やりカップルにするような、親戚の見合い好きおばさんムーブみたいに強引な事はしないからね?」



「ちょっと井上が何言ってるのか分からないわ」



「繰り返しになるけど、2人は大人なんだから。くっ付くかくっ付かないかは、当人たちが決める事でしょ? 僕や真奈美さんの希望を押し付けちゃダメだよ」

「すごいわ! 飲み会の度に途中でいなくなって、よその女の子と夜の街に消えていく不良社員とは思えない発言……! あなた、やっぱり年上だったのね!!」


 このあと、井上と真奈美は恋の雑談から作戦会議へと移行した。

 井上隼人は手も早いが、仕事も早い。


 昼休みが終わりに近づく頃には、立派な企画を立案していた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 こちらは、そんな計画が陰で進行中だとは気付きもしない、ほんわかコンビ。


「良かったです! 小岩井さんが和菓子好きで! 俺、実家の手伝いを長くやり過ぎたせいで、たまに作りたくなっちゃうんですよ! すみません、ご迷惑をおかけして!」

「いえ。かりんとう、すごく美味しいです。この金平糖も沖田くんが作ったんですか?」


「はい! 不格好で店には一度も並べてもらえませんでしたけど!」

「すごいです。とっても綺麗だと思いますし、甘さも程よく上品です。もっと作って来て、他の社員の方にも分けてあげると喜ばれますよ。仕事中に摘まめますし」


 壮馬は「さすがですね、小岩井さん!」と日菜の提案を手放しで褒めた。


「じゃあ、今度一緒に作りませんか?」

「ふぎゅっ!? お、沖田くんと、わたしが!?」


「はい! あれ? 結構楽しそうに話を聞いてくださったので、もしかして興味がおありなのかと思ったのですが。勘違いでしたらすみません!」

「べ、べべ、別に勘違いとかそーゆうのじゃないので、勘違いしないでください」


「はい! ……どういうことでしょうか?」

「えっ!? あ、その、だから! ……別に、沖田くんと一緒に金平糖を作るのも、悪くはないと言うか、やぶさかではないと言うか、です。……うみゅ」


「そうですか! 金平糖って作るのに1週間とか、本格的にやればもっとかかるんですけど! 嬉しいです! じゃあ、今度一緒に挑戦しましょうね!!」

「いっ、1週間!? ずっと、2人で……! ふぎゃ、うみゅ、はぃ……」


 困惑している割には、嬉しそうな小岩井さんであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「……推しの尊みが過ぎて死にそう」

「良かったよ。話がまとまった後で。真奈美さん、ちゃんとお昼から仕事できる? まともにご飯食べてないでしょ?」


「あんぱんと牛乳食べましたよ」

「張り込みの刑事じゃないんだから……。はい、これ。机から出てきたからあげるよ。そう言えばこの間買ったんだった。マカロン。そこそこ良いところのヤツだよ。じゃあ、僕は支店長のところに行って来るから!」


 真奈美は早足で去っていく井上の背中を見送りながら、貰ったマカロンを食べる。

 どうやら女性に向けた贈答品らしく、本当に高級デパートの品だった。


 「こういうところがモテるポイントなのね。井上は私の趣味じゃないけど」と呟いて、彼女は早速2つ目に手を伸ばした。

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