第17話 小岩井莉乃はサプライズに弱い
沖田壮馬は潜んでいた。
小岩井姉妹の住むマンションの駐輪場にて、身を隠している。
時刻は午後5時。
別に休みの日でもない、平日の午後5時である。
新入社員が定時退社どころか、フライング帰宅を許される職場があるのだろうか。
剛力支店長に「小岩井さんの妹さんのお誕生日を祝いたいので、1時間ほど早退してもいいでしょうか?」と聞いてみたところ、強面の上司は言った。
「マジか、沖田! 1時間じゃ足りねぇだろ!? おじさん知ってんだぞ、女子高生って意外と早く下校して来るんだから! うちの娘もそう! だからもう帰れ! 仕事は全部、ワシと井上でやっとくから!! おら、帰れ! すぐ帰れ!! さっさとしろ! ワシに引き金を引かせるな!!」
結果、壮馬と日菜は午後2時に退社した。
しかも、有給扱いにしてくれるらしい。
山の森出版・杉林支店、超絶ホワイト疑惑が浮上する。
そしてお言葉に甘えた2人は、フォーメーションを決めた。
日菜は先に家に帰り、部屋の飾りつけとケーキの準備をする。
壮馬は莉乃を待ち構えて、姿を捕捉し次第、速やかに日菜のスマホに連絡する。
完璧なお膳立てが整っていた。
駐輪場に潜む事2時間。
警備員さんに事情を聞かれる事3回。
ついにその時が来る。
「あれ? 沖田さんだ! おーい! こんにちはー! って言うか、帰り早くないですか? 何してるんですか、そんなところでー」
「やあ、莉乃さん! お帰りなさい! 奇遇ですね! ちょうどこの辺りを歩いていたら、この駐輪場でこの俺の靴紐がほどけたので、結び直していたんですよ!!」
沖田壮馬は嘘がド下手であった。
だが、作戦は既に始まっている。
彼は速やかにポケットに手を突っ込み、日菜のスマホに合図を送る。
そんな器用な芸当はできるのに、どうしてもっと自然な嘘をつけないのか。
「そうだ! せっかくなので、うちに寄って行きませんかー? お姉ちゃんもそのうち帰って来ると思いますしー!」
「それはありがたいです! 実は靴紐を結び直す時に、右肩をやってしまって!!」
もはやツッコミどころしかないので、何も言うまい。
莉乃の後に続いて、壮馬がエレベーターに乗り込む。
莉乃が気を利かせてくれたのが実に幸運だったと壮馬は神に感謝した。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ただいまー。さあさあ、どうぞです、沖田さん!」
「はい、お邪魔します!」
ここで壮馬が痛恨のミスを犯す。
どういう訳か、莉乃よりも先に玄関に入ってしまった。
「お、お誕生日おめでとう! 莉乃!!」
「ああああっ! しまった!!」
弾けるクラッカー。
飛び出したカラフルなテープを浴びながら絶叫する壮馬。
「うひゃっ!? えっ、えっ!? なんですかー!?」
「沖田くん……」
「す、すみません! 日菜さん!! 俺とした事が!!」
謝るついでに、壮馬は莉乃に事情を説明した。
サプライズについて事細かく解説すると言うサプライズ。
幸運だったのは、それはそれで結構な驚きを持って莉乃が受け入れてくれた事であった。
「やー。あたしのためにお姉ちゃんだけじゃなく、沖田さんまで……! 嬉しいですー!」
「あの、えっとね、莉乃。プレゼントがあるの!」
「あー! 毎年くれるヤツー? ありがとー!」
「あ、ううん。違くてね。まずね、これ。わたしとお揃いなんだけど、マグカップ。会社の先輩と、あと沖田くんにも手伝ってもらって、買ってみたの」
莉乃の大きな瞳がキラキラと輝いた。
「なにこれー! 超かわいいー!! お姉ちゃんとお揃いだー! あはは、すっごく嬉しいよー!! 毎日使おうね! 何このキャラ、ぶさかわでウケるー!!」
「うみゅ。莉乃、ホントに嬉しい?」
「嬉しいよー!! お姉ちゃん、大学生の頃から色々と用意してくれて、毎年実は楽しみにしてたんだよー? でも、今年が1番嬉しいかもー!!」
「じゃ、じゃあ! これ、見て! お誕生日ケーキね、作ったの!」
「えーっ!? お姉ちゃんが作ったの!? 目玉焼きも3回に1回しか成功しないお姉ちゃんが!? うそ、本当に!? すっごく大変だったんじゃない!?」
「あ、でも、全部じゃなくて。その、沖田くんに手伝ってもらったって言うか、沖田くんがほとんど作ったって言うか……。うみゅ……」
ここで完全に気配を消していた壮馬が、ほんの少しだけ日菜の援護に回る。
「日菜さん、一生懸命に作ったんですよ。俺が証人です。仕事が終わって疲れているのに、最後の仕上げまでちゃんと頑張っていました」
先ほどまではしゃいでいた莉乃が、目に涙を浮かべる。
そのままの勢いで、日菜に抱きついた。
「ふぎゅっ!? り、莉乃!?」
「お姉ちゃん! 大好きー!! もぉ、こんなサプライズ反則だよー!!」
どうやら、莉乃の誕生日サプライズ計画は無事に完遂されたようであった。
壮馬はそっと玄関から出て行こうとするが、2つの小さな手がそれを阻んだ。
「なんで沖田さんは帰ろうとしているんですかー!? ここまでやってくれたんですから、ちゃんと最後までお祝いして下さいよー!!」
「お、沖田くん。先輩として莉乃の意見を尊重するべきだと進言します」
こう言われて「いや、帰ります!」とは言わないのが沖田壮馬と言う男。
彼はにこやかに笑って「じゃあ、ケーキ切り分けましょうか!」と袖をまくった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
それから、ケータリングのパーティー料理が届き、莉乃の誕生会は遅くまで続いた。
午後9時を過ぎた辺りで、壮馬は「俺はそろそろ」と立ち上がる。
「じゃあ、日菜さん。俺は帰りますね。って、あらら」
「ふふっ。お姉ちゃん、寝ちゃってますねー。こーゆうとこ、妹的にはポイント高いんですよー。いっつも準備で頑張り過ぎて、本番になると完走できないんです。だから、あたしはお姉ちゃんが起きるまで寝ないんですよー」
一人っ子の壮馬は、2人の関係が眩しく見えたと言う。
「ふみゅ……。莉乃……。沖田くん……。えへへ……」
「あははっ。お姉ちゃん、夢の中でもパーティーでお祝いしてくれてるみたいですー。沖田さん、本当に今日はありがとうございました!」
「いえいえ! 俺も楽しかったです!」
莉乃は少しだけいたずらっぽい顔をして、壮馬に耳打ちする。
「お返し、期待してていいですよー? 壮馬さん!」
異性に不意を突かれて名前を呼ばれると、ドキドキすると相場が決まっている。
この時の壮馬がどう思ったかを語るのは野暮と言うものだろう。
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