第16話 初恋の人


 キャンプから帰る時もどこか悲しげな妹、ひょっとしたら……俺への気持ちが勘違いだったって事に気づき始めているのかもしれない。

 

 妹がそれに、俺のことが『好きという勘違い』に気付いてしまった時、俺達の関係は一体どうなるのだろうか……。


 俺はそれを今は考えたく無かった……。





 翌日も妹と一緒に家を出て学校に向かう。

 今朝も相変わらず少し様子がおかしい……長く一緒にいる為かそれはなんとなくわかる。

 しかし何がどうと言われると俺には答えられない。


 微妙な妹の変化に気付いた……としか俺には言い表せない。


 まあ、俺のことがずっと好きだったっていう妹の重大な変化に気付けなかった時点でそんな説得力は皆無なんだけどな。


 一緒に歩いていると直ぐに妹の友達が話しかけてくる。どんどんと周囲には人が集まり必然的に俺は押し出される。


 相変わらず学校では妹に近付けないでいた。

 そして俺が離れると妹は何かホッとしている様な、そんな被害妄想の様な感覚がしていた。


 そのまま学校に到着するも行き先は同じ、俺は栞軍団の後ろをストーカーの様に付いて歩いていると、背後から突然声を掛けられた。


「あ、あのあの……長谷見君、放課後ちょっとお話があるのだけど」

 出席簿? なのだろうか? 漫画やアニメで良く見かける黒い大きめのファイルを胸に抱き、俺を少し見上げるツインテールの担任、とあるアニメキャラそっくりの白井○子……違った、白井里美は突然背後から俺に近寄りそう言って来た。


「な、なんですか?」

 朝から一体なんなのだろうか? よく見ると先生は頬を赤らめ、うるうるとした瞳で俺を見つめている。


 なんだこのイベントは? 妹といい、麻紗美といい、美智瑠といい、会長の時といい、高校生になって次から次へと発生するイベントに、俺はまるでギャルゲの世界にでも入り混んだのかと錯覚してしまう。


「……ここではちょっと……放課後に話したい事があるの」


「……わかりました、職員室に行けば良いですか?」


「えっと、2階の相談室に直接来て貰える?」


「わかりました」

 俺がそう言うと、白井先生はうんっと一回頷き踵を返し去って行く。


 朝から俺にそう言い、終わると同時に踵を返したって事は偶然会って言ったわけじゃないのは明らかだ。


 それにしても……なんだろうか? 俺に思い当たる節は……ない。


 学力テストはまだだし、素行不良的な事もまだ……していない……いや、するつもりも無いけど。

 まさか妹と付き合ってる事がバレた? ひょっとしたら会長が? いや、それはあり得ない……会長がその事を教師に告げ口してもまるで利点が無い。

 もしそうだとすると、俺の弱みがなくなる。

 それにより俺が反撃する事で、会長の本当の姿と素行不良が露になり、俺よりもダメージが大きいのは寧ろ会長の方だろう。


 俺は色々と考えるも、呼び出される事への心当たりは全くない。


「相談室か……」


 相談室とは、教師と生徒、時にはカウンセラーと二人で進路相談や悩みを聞く為にある……と、学校のパンフレットやホームページの隅に書かれていた事を思い出す。


 素行不良や、成績、栞と……妹と付き合ってるのがバレたって事じゃないとすると、進路指導とかか?

 

 とはいえまだ高校に入ったばかりの俺に進路相談は早いだろう。

 目下悩みも……まあ、あるにあるが、学校内での悩みでは無いので、先生に相談したところでなんの解決にもならない。


 そうすると……残るはもう個人的な事となるのだが……。

 

 言われて見れば、この数週間、先生の目線が気になっていたのは事実だ。

 入学式の翌日、初めての顔合わせの時も、じっと俺の事を見つめていた。


 それからも、ふとした時に先生と視線が重なる時が度々あった。


 そしてその度に、妹のシャーペンの芯がポキッっと折れ、カシカシとこれ見よがしに芯を出していたので……俺はなんとなく目線を合わせないようにしていた。


 そんな矢先に突然そう言われたわけだが……。

 

「ま、まさか……告白?」

 教師と生徒の禁断の恋……なんて恋愛脳でもない俺がそんな事を思う筈もなく。

 禁断の恋は妹だけで十分だ……いや、妹とも違うけど!

 授業中そんな事を考えていると、また栞のシャーペンの芯がボキッと折れていた。


 とりあえず下校の時間になり、俺はそそくさと教室を出る。

 妹の周囲は相変わらずの人だかり、とりあえず俺はなにも言わず『用事があるから先に帰って』と、妹にそうメッセージだけ送って相談室に向かった。


「失礼しまーーす」

 悩みを聞くには些か不安になる薄さの扉を開けると、既に先生は座って待っていた。


「あ、ごめんなさいね、わざわざ来てもらって」


「いえ、それで話しって」


「ああ、うん、とりあえずここに座って貰える」


「あ、はい失礼します」

 俺は先生の前に腰かけると先生は椅子を動かし俺に近付く。

 膝と膝がぶつかる距離、真っ直ぐに俺を見つめる先生、えっと……改めて先生の顔を近くで見ると……やっぱりどこかで見たような、そんな気になる。

 とある、あのアニメを見た事があるからなのか?

 一体なんだろう……このデジャブは?

 そう考えていると、先生は俺に向かって話を開始した。


「あ、あのね、長谷見君に、その手伝って貰いたいことがあるんだけど」


「手伝い?」


「あ、うんそのね……先生ね、生徒会の顧問をしているんだけど、今度その生徒会でボランティア活動をすることになってね、それで、その長谷見君に協力して貰えないかなって」


「ボランティア活動はいいんだけど……なんで俺なんですか」

 クラス委員なわけでも、そんな部活に入っているわけでもない。まあ、綺麗な女の子のいる奉○部なら考えるけど、生徒会って……あいつだろ? まあ、それは置いといても、俺にわざわざ言ってくる理由がわからない? まさかあの会長の差し金か? 俺はそう思い単刀直入にそう聞いた。


「あ、えっとえっと、そうすれば気付いてくれる、あ、ううん、一緒に、って違う……えっと、ああ、そう妹さん、栞さんも入ってくれれば、きっとうまく行くかなって」


「俺は栞のダシですか?」


「あ、ううんそうじゃなくて」


「お断りします」

 あの会長は何か危険な香りがする。そして栞の力を、あの超絶コミュニケーションの力を、あのとんでもなく広い交遊関係を使えば恐らくなんでも上手く行くだろう、でもその力を使う為に俺を利用するのなら、俺は兄として断固断るってそう決めている。


「え、えっと…………」


「それが呼び出した理由ですかですか……俺の答えは言いましたので、栞に頼みたければ直接本人に言って下さい! じゃあ用は済んだので帰ります」

 俺はそう言って席を立ち相談室を出ようと扉に手を掛けたその時「ふ、ふぐ、ふ、ふええええええええええええん」と突然嗚咽が聞こえてくる。


「え?」

 その声に慌てて振り向き先生を見ると、先生はボロボロと涙を流して泣き始めた。


「ふええええええええええん、祐くんがあああ、あんなに可愛かった祐くんがああああ」

 ボロボロと泣く先生の姿に、そして俺の『名前』を呼ぶ声に戸惑う。


「ちょっとボランティアを断ってくらいで」

 俺が慌ててそう言うと、先生は泣きながら封筒をポケットから取り出すと、机の上にそっと置いた。

 ピンク色の封筒、少し汚れて所々が折れたら封筒、そして宛名には『やさしいおねえさんへ』と書かれていた。


「…………ああああああああああ!」

 俺はその封筒に見覚えが合った。


 それは俺が初恋の人宛てに書いた……ラブレターだった。




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