第4話 栞の決断


 幼い頃からお兄ちゃんが大好きだった。


 その頃は、別にそれが変だとは少しも思わなかった。

 それは仕方がない事、子供の世界は狭い。


 でも直ぐにそれがおかしいって事に気が付く。


 女の子の成長は男の子よりも早い、小学生低学年の頃から、どの男の子が好きか? なんて話になったりする。

 

 恋が何かなんてわかる前からそんな話をしたりする。


 ある時友達同士で好きな人の言い合いっ子が始まる。

 同じクラスの○○君、隣のクラスの○○君、担任の先生が好きなんておませな子もいた。


「お兄ちゃんが好き」

 そんな時、私はいつもこう言った。好きな人と言われて真っ先に浮かぶのはお兄ちゃんだったから。


 すると友達が「しおりんズルいいつもそうやって誤魔化す!」って怒られた。

 なんで怒られるのか? その時、私にはその理由がわからなかった。


 でも他に好きな人なんていないし、私は本気で好きだと言うと、「えーーおっかしい~~子供みた~~い」そう言って笑われる。

 どう見ても自分よりも幼い考えの子に子供みたいと言われてしまった。


 そして……それ以上にショックだった……おかしいと言われた事が。

 お兄ちゃんを好きな事をおかしいと言われた事がショックだった。

 


 ずっと好きだった、物心ついた時からずっとお兄ちゃんが大好きだった。

 

 この気持ちを、おかしいと言われてショックだったけど、でも……それでも変わることごとく無くずっと好きだった……。


 そして……そのまま私は思春期を迎え、気が付いた……遂に気が付いてしまったのだ。


 お兄ちゃんを想うこの気持ちが……【家族としての好き】、ではないって事に……お父さんやお母さんに抱いている気持ちとは違うって事に、これは皆が周囲の男の子に抱く気持ちと同じだって事に、そう……この気持ちが恋だって事に、恋愛感情だって事に……私は気付いてしまった。


 家族として好き、お兄ちゃんだから好き、ずっとそう思っていた。


 でも、違った。この気持ちは異性の男の子に向けなければいけない気持ちだって事に私は気付いてしまう。


「しおりんおっかっしい~~」

 そう……あの時友達に言われたセリフは正しかった。


 私はおかしいのだ、実の兄に恋愛感情を持つ変態なんだと気付いてしまった。


 駄目だ……こんな想いを、思いを抱いてはいけない……。


 それから私はお兄ちゃんから離れよう、距離を置こうと考えた。

 

 とは言え私達は一つ屋根の下で暮らす兄妹……顔を合わせないわけにはいかない。

 

 むしろ距離を置いた事が私の中の気持ちをはっきりさせる事になってしまった。


 恋しいに、切ないが足され、愛しいになってしまったのだ。


 いけない、駄目なの、こんなの許される筈がない。

 お兄ちゃんが許してくれる筈がない。


 嫌われる……こんな妹……絶対に嫌われる。


 嫌だ、嫌われるのは、気持ち悪がられるのは絶対に嫌だ。

 そんな風に思われたら、私は生きていけない……そう思った。


 忘れよう、そうだ! 誰か他の人を好きになろう。

 そう思った、そう思うように努力した。

 今まで興味なかった他の男の子に気持ちを向けて見ようって……そう思った。

 でも、いくら見ても、どんな男の子人でも、周囲が格好いいって言ってる人でも、芸能人、スポーツ選手、あらゆる人を見ても、お兄ちゃんに抱く気持と同じ気持ちになる事は無かった。


 だって、だってだって、ずっと好きだったんだもん! もう何年もずっとずっと好きだった人なんだもん、それを忘れる事なんて出来ない、出来る筈がない。

 ましてや、昨日今日出会った人を好きになんて……なれるわけがない。


 そこで私は作戦を変えた。

 努力して誰かを好きにならないならば……努力してお兄ちゃんを……嫌いになろうって……まだ浅はかな私はそう考えた。


 それから私はお兄ちゃんを見続けた、一挙手一投足、時には後をつけ、時には部屋を物色して……お兄ちゃんの欠点を探して嫌いになろうってそう思った。

 

 でも、駄目だった。益々好きになってしまったのだ。


 お兄ちゃんが女の子と遊んでいる姿を見るとイライラした。

 お兄ちゃんの部屋からエッチな本が出てくると、イライラした。


 でもそれで嫌いになる事は無かった。

 そんな姿が可愛いとさえ思う様になってしまった。


 そして……改めてお兄ちゃんの凄さに、あの天井知らずの優しさに気が付いてしまう事になる。


 好きが何倍にも何十倍にも、何百倍にも増幅されてしまった。


 そもそも私はお兄ちゃんを好きになった理由がない。物心ついた頃から好きだったのだから。


 だから嫌いになる理由も無い。


 さらにはもっと大変な事に気付いてしまう。


 お兄ちゃんは……将来絶対にモテるという事に……私は気付いてしまった。


 ううん、将来なんて先ではない、もうそれはすぐそこ迄近付いているって事に気付いてしまった。


 実際お兄ちゃんの事が好きであろう人物が今まで何人かいた。

 まだ子供だから気付いていないだけ、でも大人に、ううん高校生になったら……気付いてしまう。


 どうしよう……お兄ちゃんに彼女が出来たら。

 そう思ったら……私はいても経ってもいられなくなった。


 でも、お兄ちゃんの妹である私が、この想いを伝えても……お兄ちゃんは困るだけ、そして万が一嫌われたら……気持ち悪いって言われたら……私はもう生きていけない……私は生きる価値を見失う。


 ずっと悩んで、悩んで、悩んで、そしてずっと苦しんで、苦しみ抜いて……。


 それでもこの気持ちは変わらなかった。

 

 

 だから私は決意した。


 告白しようって……私の想いを伝えようって。


 お兄ちゃんを信じる……そう決めた……お兄ちゃんなら私を見放さないでくれると信じて。


 それでも……そう決めたけど、怖かった、ギリギリまで決断出来なかった。


 そして高校入学前日、これが最後のチャンスかも知れないってそう思った。


 後悔はしたくない……私はお風呂で身を清め、万が一、いや億が一の可能性の為に新品の可愛い下着を下ろし身に付けた。


 そして一番のお気に入りの服を着て、そして少しでも可愛く見せる為にミニスカートを履いた。


 軽くお化粧もして、腕に少しだけ香水を振りかけ 妹ではなく女の子だというアピールもした。


 部屋の鏡で自信の姿を何度も何度もチェックした。


「大丈夫、私は可愛い、私は可愛い、私は誰よりも可愛い、だから大丈夫……お兄ちゃんは気に入ってくれる」

 呪文のように何度も何度も自分に言い聞かせる。


「よし……行こう」

 多分もうこんなにも緊張する事は無いだろう。受験の時の数千倍、数万倍緊張している。

 ドキドキと心臓が痛い程打ち鳴らす。そのまま口から出てしまうんじゃないかと思わず手で口を抑えた。


 一斉一代の勝負の時、私の最初で最後の告白。


 死を決意する時ってこうなんだろうか?

 怖い……泣きたく成る程怖かった。


 でも決めたんだ……。


 お兄ちゃんの部屋は直ぐ隣、私はお兄ちゃん部屋の扉の前で大きく3回深呼吸する。


 そして……『コンコン』と2回扉をノックした。


「はい」

 中から愛しい人の声が……身体が痺れる。


 さあ、行こう……お兄ちゃんの元へ、私の想いを告げに。

 きっと大丈夫、私はお兄ちゃんを信じている。


 愛するお兄ちゃんならきっと私を幸せにしてくれる。


 たとえ振られたとしても……私を見捨てないでいてくれる。

 嫌いにならないでいてくれる。


 それだけは……信じている。


 私は……勇気を出して扉を開いた。

 


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