第2話 告白の答え


 入学式は滞りなく終わり、最後にクラス名簿のコピーを貰う。

 

 うちの学校には体育館がなく、小さな講堂しか無い。

 なので入学式や卒業式等の大きな式典は近くの施設を借りて行う。


 コンサートや演劇等で使うホールにて入学式が滞りなく行われ、新入学生一同が外に出る。

 知り合い同士や既に友達になった者同士、はたまた両親や関係者、中には恋人らしき人物達が、ホール入り口辺りでひしめき合い歓談をしていた。

 そんな中俺は知り合いを探す事無くフラフラと会場を後にした。


 長かったであろう校長の式辞、来賓の祝辞、美人の生徒会長の挨拶、美しい担任教師の紹介……等があった筈だが、俺は全くと言って良いほど覚えていなかった。


 特に話しかけられる事も無かった俺はそのまま帰宅の徒に着くが、はっきり言ってこのまま帰りたく無かった。

 とはいえ入学式を終えたばかりでしかも制服姿、このままゲーセン等に行くわけにも行かず、俺はそのまま家路に着く。

 出来ればどこかに逃げたかった。家に帰り妹と顔を合わせるのが辛い。

 

 これ以上俺の困った表情を見せたくない。これ以上妹を苦しめたくない。


 どうすれば、どうすれば良いのか、俺は足取り重く家に向かって歩いていた。


 そしてふと受け取ったクラス名簿を見ると……。


「栞と同じクラス……か」

 俺の名前と妹の名前が同じクラスになっていた。

 

 そしてそれを見た時、俺は正直嬉しかった。


 今まで同じクラスになった事は殆どなかった。小学校の頃に一度あっただけ。


「そうか……」

 そう思った時俺の中である考えが浮かんで来る。

 俺はなんだかんだ言って妹と一緒なのが嬉しいんだって、そう思った。

 そして、わからなければ、わかるようにすればいいとも思った。


 当たり前の考えだ。でもそれがすべてなのだ。


 出来ないかどうかやってみなければわからない。

 わからない事があれは調べればよい。


 なにも難しい事は無い。


 俺は急に足取りが軽くなる。

 確かめれば良い、話してみれば良い、じっくりと……そうすれば答えが見えてくる。


「栞と話してみよう、逃げないでじっくりと……俺たちはずっと一緒に暮らしてきた兄妹なんだから」


 決して切れる事の無い縁、それが兄妹。


 信じよう、そして信じて貰おう。



 家に帰ると妹はまだ帰っていなかった。


 俺とは違い恐らくもう友達は数十人以上になっているだろう。


 俺は部屋戻り部屋着に着替えた。

 そしてベッド寝転び妹の事を考える。


 俺から見ても可愛いと思える妹、あのコミュニケーション能力、そして天使の様な可愛さにモデル並のスタイル、今まで彼氏がいなかった事が不思議だった。


「そうだったのか……」

 そう考えると俺の中から嬉しさが込み上げてくる。

 妹に好かれているという事が確認出来た事に加え、他の男に勝っているという優越感から来る嬉しさなんだろう。

 ふんモテない男のひがみと思ってくれて結構だ。


 ただ、今だこの状況をどう打開するか、俺にはまだわかっていない。


 ただ、妹を泣かせたくない、これだけは決まっている。


 そして……待つこと1時間「ただいまぁ……」少し元気の無い声で妹は帰ってきた事を知らして来た。


 俺はベッドから飛び起き、部屋を出ると丁度階段を上って来た妹と鉢合わせする。


「あ、えっと……ただいま……あ、お兄ちゃん同じクラスだったね、後担任の先生見た? 凄い……」

 から元気なのか? 愛想笑いで俺を見て無理に会話をして来た。

 でも、いつもの様な覇気が無い事は一目でわかった。

 そりゃそうだ、実の兄に告白なんてしたのだから。

 そんな妹に俺は勇気を出して言った。


「えっと、昨日の事だけど、言いかな?」

 俺が真剣な顔でそう言うと妹は一瞬くしゃりと顔を歪ませ、直ぐにまた愛想笑いに戻した。


「……う、うん……ちょっと着替えて来るから下で待ってて」


「わかった」

 妹が部屋に入るのを見届け俺は階段を下りてリビングに向かった。

 どんな結果になろうとも、俺は妹を守る、絶対に嫌ったりしない。

 それだけは伝える覚悟をしてリビングで待った。


 そして数分後、神妙な面持ちで、まるで死刑宣告をされる囚人の様な表情でリビングに入ってくる。


「お、お待たせ……えっとコーヒーでも」


「大丈夫だからとりあえず座って」


「……はい」

 俺にそう言われさらに泣き出しそうな顔になる妹……うーーん、困った……困らせたり悲しませたりさせたくない、一刻も早く楽にしてあげたいだけなんだが……。

 楽にと言っても介錯するという意味でも無い。


「えっととりあえず……いつから、その俺の事が?」

 凄く照れ臭いが聞かなくてはと、俺は妹にそう質問した。


「……わかんない」

 フルフルと小さく首を振る。


「じゃ、じゃあ付き合いたいって、どういう風に?」

 

「…………」

 今度はうつ向き黙ってしまった。

 

「えっと……わかってると思うけど……俺達は兄妹だから、結婚は出来ないんだよ?」


「うん」

 そんな当たり前な事当然知ってるとは思う、だからこそ悩んでいたのだろうから……。

 俺は天井を見上げ自分の中の気持ち、妹の気持ちを考える。

 そしてぐじゃぐじゃになってる感情、思いを落ち着いて、一度整理してみた。


 そしてある一つの妥協点が見えて来る。


 俺はその妥協点を妹に伝えた。


「あのさ……俺は今まで女子と付き合った事が無いんだ……だから正直付き合うってどうするのかわかっていない、まあ本とかテレビとか、そんな他人の情報しかわからない」


「……うん」

 妹はさらにうつ向くと膝の上で拳を握りしめた。


「栞は俺の妹だ、大事な大事な俺の妹なんだよ」


「……うん」

 うつ向く妹、その膝の上に一粒二粒と水滴が垂れ始めた。


「俺は、そんな大事な妹を泣かせたく無い、傷付けたく無いんだ」


「……はい」


「だから……付き合ってみるか?」


「はい……え?」

 妹はポロポロと涙を溢しながらもしっかりと背筋を伸ばしニッコリと笑って俺を見てそう返事をした。

 そして直ぐに疑問の表情に変わった。


「だから付き合ってみるかって」

 大事な事なので二度言った。


「えええ?」

 そして今度は理解したのか驚きの表情になる。

 恐らくさっきの「はい」という返事は俺に振られたと思い、わかりましたという意味で言ったのだろう。

 それでもまだ理解しきれていない妹に俺は言葉を続けた。


「とりあえずさ、付き合って見ないとわかんないじゃん? 兄妹で付き合っちゃいけないって法律も無いしさ」

 俺は笑顔で妹にそう言った。


「……いいの? お兄ちゃん」


「ああ、ひょっとしたら俺なんかと付き合うったら直ぐに幻滅するかも知れないだろ? まあ付き合うって言っても兄妹だから、その兄妹らしい付き合いに……」


「おにいちゃあああああああああん!!!」

 締めのセリフを自信なげに言っていると、妹はそう叫びテーブルを飛び越え俺にダイブしてくる。


「うぎゃああああ!」

 そのまま俺に抱き着く妹、柔らかい感触、甘酸っぱい香りが俺を包む。


「こ、こら、だから兄妹らしい付き合いを……って……まあいいか」

 ハグくらいするだろ? 仲の良い兄妹なら……。


「好き、大好き……」

 スンスンと泣きながら俺の胸でそう呟く妹。

 俺はゆっくりと妹の頭を撫でた。

 泣かせたくないのに、泣かせちゃったなあ……。

 でも、妹のその嬉しそうな泣き声に、俺もなんだか嬉しくなった。

 

 それにしても女子との付き合い方もわからないのに、妹と付き合う……ハードル高すぎね?

 妹と付き合うって決めたけど、妹と付き合って……どうするんだ?

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