21.ポリオン武具店
しっかりしているかしていないかで言えば、それはしっかりしていると思う。しかし、それであの姉を制御できるかどうかは別問題なのである。
今日何度目になるか分からない、誰にも届かない自己弁護をしながらファリスは溜息を吐いた。
——学園に行くわよ! シスカはそう言って、意気揚々と外に飛び出した。
ファリスとて何もしなかったわけではない。一応は止めようと説得を試みた。自分は行かないという意思も示した。それでも一度行くと決めたシスカは頑としてその主張を曲げはせず、抵抗も虚しくこうして外に引っ張り出されてしまったのだった。
とはいえ仮に連れ出されるのを回避したとしても、シスカがひとりで行こうとした場合、それはそれで心配過ぎる。結局ファリスは自発的に付いていく他なく、どの道ではあるのだが。
自信満々に歩くシスカの後を付いて歩くことしばらく。ふと疑問に思ったファリスが学園の場所を知っているのかシスカに聞いたところ、
「知らないわよ?」
——え、知らないでそんな自信満々に歩いてたの?
ファリスは
「じ、じゃあどこに向かっていたんですか……?」
「学園よ?」
「…………?? で、でも場所知らないんですよね?」
「きっと見たら分かるもの、歩いてるうちに見つかるわ!」
「…………」
無茶苦茶である。
流石に付き合っていられないのでファリスは道行く人に学園への道を尋ねたのだが、どうやら歩いて、ましてや子どもの足では厳しい距離にあるらしい。
それを知ってなおシスカは諦め悪くしていたが、もとよりローガンが戻るまでには帰るつもりだったようで、結局引き返すことに。ただ、
「えーっと、こっちだったっけ。ファリス、覚えてる?」
「……………………覚えてないです」
「んー、じゃあこっち!」
ふたりとも帰り道が分からなくなっていた。ならばまた誰かに道を聞けばいいのだが、更に良くないことに、宿の名前も覚えていなかった。シスカはともかくとして、ファリスとしては痛恨のミスと言える。
結果、ふたりは
意気消沈気味のファリスとは対照的に、すぐ目の前にいるシスカは相変わらずの調子で歩いている。初めての王都で、周りには好奇心をくすぐる未知のものがいっぱい。テンションが上がるのも理解できないでもないが、もっとこう不安とかないのだろうか。
「~~♪」
ないのだろう。鼻歌まで聞こえてくるご機嫌さだ。そもそも迷子の自覚がないのかもしれない。その証明にシスカは自らの歩みが正しいものだと信じて疑っていない。加えて、その子ども離れした体力で疲れ知らずとくれば、不安など感じなくともさもありなん。
「んー、こっちよ!」
気ままに進む姉を必死に追いかけるファリス。
そんなことを繰り返すうちに、気づけばふたりは薄暗い裏路地を歩いていた。もう明らかに変な道に迷い込んでいる。
「あの、ほんとにこっち……?」
「もー大丈夫よ。お姉ちゃんを信じなさい!」
「…………」
道が合っているかどうかは今更どうでも良いのだが、流石にこういった道を子どもだけで歩くのは危ない気がする。王都で、それも昼間の往来だったさっきまでと違い、何か起きてもおかしくない雰囲気だ。
「ああ――――っ!!」
そんな折、シスカがひと際大きな声を上げて立ち止まった。
「な、なんですか」
「あれ! あれ見て、あれっ!!」
指さす先にはポリオン武具店と書かれた看板を掲げた建物。裏手はそのまま鍛冶場にでもなっているのか、煙突からは煙が上がっている。
「あれがどうし……」
「行きましょ!」
「え、あの」
言うが早いか、ファリスの手を掴んで店に突撃。一体何だというのかとか、寄り道している場合かとか色々思うところはあったがファリスはもう諦めの境地に達しつつあった。
こじんまりとした店内には想像に
「わあぁ~!」
そんな店内に、シスカは目を輝かせている。騎士に憧れているシスカはこういったものにも目がない。店内を駆け回って鎧立てに飾られた鎧やら剣やら、手当たり次第にペタペタ触っている。売り物に、あまり無遠慮に触るのもどうなのだろうか。
ファリスはちら、とカウンターを窺い見る。カウンターには店主らしき、立派な顎髭を貯えた体格のいい男がやや怪訝そうな顔でシスカを眺めていた。こんなところに子どもふたりだけでやって来たのだから不審がられても仕方ないだろうが、かといって特に何か言ってくる気配もない。
はらはらしつつシスカに視線を戻す。
「あっ、ね、姉さん!」
「え? きゃっ」
「おっと」
ファリスが見たのは品物に夢中なシスカが勢いよく他の客にぶつかる瞬間だった。シスカはそのまま尻もちをついた。当のぶつかられた客はというと数歩よろめいたが、幸い転ぶことはなかった。
「っとと、大丈夫?」
「あ、ありがとう」
シスカは少年に引っ張り上げられながら立ち上がる。
「えっと、ごめんなさい、わたし……」
「ああ、気にしないで。ところで君……ひとり?」
「ううん、そこに弟がいるわ」
指さす先のファリスを一瞥する少年。
「弟……? まあ、いいや。何にせよ子どもふたりで来てるってことだね」
「そうよ!」
「はしゃいでたみたいだけど、こういうのに興味があるの?」
少年は目の前の金属鎧を指先で弾いた。
「ええ! 特に剣が好きよ! 鎧は……もっとかっこいい方が良いわね」
シスカの言葉に、カウンターで成り行きを見守っていた店主の眼が悲し気になった気がした。
「変わってるなぁ……まあ鎧に関しては同感だけど。でもこの店に目をつけるとは、なかなかやるね」
「ふふん、当然よ! わたしは騎士になるんだから!」
別にモノの良し
「へぇ、騎士に? なら騎士団志望ってことか」
少年の顔が愉快そうに綻ぶ。
「いいね、気に入った。俺はレシウス。君は?」
「シスカよ! で、弟のファリス!」
「ファリスです」
「シスカにファリスか。ふたりともよろしく」
少年——レシウスが手を差し出し、三人は握手を交わす。
「そうだ、せっかくだからこの店を紹介するよ。ここはポリオン武具店。こんな辺鄙な所にあるけど、武具の質は確かだ」
「へ~、でも変な形の鎧が多いのね」
「あぁ、それは店主の打った鎧だね。腕は良いんだけど、どうにもデザインのセンスがね……」
確かに店内には変……個性的な形状の鎧が多かった。何というか、実用性を重視して作った後に、デザイン性を持たせようとして足掻いた結果、とでも言えばいいのだろうか。のっぺりとした素体に妙な飾りつけを施されたせいで、得も言われぬダサさになってしまっている。
「わたし、騎士になってもあれは着たくないわ」
「まぁ、俺も遠慮したいかな」
「…………ぼくもちょっと……」
「おめーらいい加減にしろよ!?」
手狭な店内に、それまで黙り続けていた店主の涙声がこだました。
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