12.創素の重要性
ただ当たり前にそこにあり、当たり前に体内に取り込まれるそれは、創術の行使を抜きにしても人体に多大な恩恵を与えている。
あらゆる生命は創素によって支えらえているといっても過言ではなく、もし創術士が体内の創素を使いすぎて枯渇になれば著しく体調を崩すこととなる。
また、逆に体内の創素を
故に創素の知覚は創術士志望に限らず、ほとんどの者が遅かれ早かれ向き合うこととなる。逆に言えばこれが出来なければ創術士はおろか、騎士として大成するのもほぼ不可能に近いだろう。
つまり何の話かといえば、父のような騎士を目指すシスカにとっても創素は無関係ではないどころか、重要な要素ということだ。そして、現在カトレナによって手ほどきを受けるシスカはといえば——。
「んわかんなあぁぁい!」
天を仰いで叫んでいた。
◆
「まあそう気を落とすな。良くも悪くも創素は我々にとって当たり前の存在すぎるからね。すぐ知覚出来る者もいれば、中々知覚出来ないものだっているさ」
机に突っ伏して動かなくなってしまったシスカにフォローを入れるカトレナ。
最初の二十分程はシスカもあっけらかんとしていたのだが、授業の過程で剣術においても創素は必要不可欠なものと知ってからは一転、真剣というよりはもはや必死な様子で取り組みはじめた。しかし結果は芳しくなく一時間もの奮闘の末に敢え無く撃沈してしまった。
ちなみにファリスは言うまでもなく創素の知覚などお手のもの。出来て当たり前なのでそのまま操作を見せることとなり、いつもの調子でぐるんぐるんと景気よく創素を体内で回した。
結果、接触によってファリスの体内の創素を観測したカトレナに「……うん……い、いやもういいよ……」という若干引き気味の反応を貰ってしまった。反省。
「ねえぇ~ファリスぅ、どうしたら分かるのぉ」
「う、うーん……」
突っ伏したままのシスカからの覇気のない問いかけに、ファリスは答えられない。こればかりは感覚としか言いようがないのだ。他人がどうこう言って伝えるのには限度がある。
そもそもその道のエキスパートであるカトレナが付きっきりでこれなのだから、今更ファリスにどうこうしようもなかった。
「ふぅむ、そんなに焦る必要もないとは思うがねぇ……」
「でもお父さまみたいになるには必要なんでしょう!? だったら早くできるようにならなきゃっ!」
もとより負けず嫌いな面があるが、こと父と剣術には異常な執念を燃やすシスカである。訴えかける瞳には薄く涙すら浮かんでおり、その本気さが窺える。
「……あまり気乗りしないし、おすすめもしない手があるにはあるが……」
「!!」
カトレナの言葉にシスカがバっと身を起こす。
「やるっ!!」
「いやぁ、しかしね」
「や!! る!!」
グイと顔を寄せるシスカにカトレナが仰け反る。
「うぉ、わかったわかった! ……一応確認するんだが、本当にいいんだね?」
念入りに、しつこいくらいに確認を取るカトレナ。シスカはくどいとばかりに頷きを返す。
一体どんな手段を用いようというのだろうか。よもや身に危険が及ぶ可能性のある類ではないと思いたいが。
カトレナが再びシスカの手を取った。
「これから君の体内の
「わかったわ!」
「まあキツかったら言ってくれ」
「? よくわからないけど大丈夫よ!」
体内の創素を外部から掻き乱す。果たしてそれは大丈夫なのだろうか。ぼんやりと様子を眺めるファリスの目の前で突如シスカの体がびくんと跳ね、
「ひぁんっ!?」
「!?」
シスカの嬌声が上がった。
「と、まあこのように何とも言えない感覚が体を迸ることとなるのだけど……どうだい、何か掴めそうかい?」
「ぁ……う、な、何か掴めそうな気がするわ! も、もう一度よ!」
「おぉ、頑張るね。では失礼して」
「ひぅんっ!」
「…………」
別に何がどうというわけでもないがファリスは非常に気まずい気分になった。
「ふ、ぅうんッ……!」
その後もしばらくの間カトレナによって創素を乱される度、妙に艶めかしい声を上げるシスカ。対するカトレナはといえば、心なし楽し気にしている。気乗りしないのではなかったのか。
幾度とない実行の末、頬を上気させ肩で息をつくシスカがはっと目を見開く。
「あッ、こ、これね!? わかったわ、わかったわよっ!」
とうとう体内に巡る創素の気配を掴むことに成功したらしいシスカが声を上げる。
「おめでとう、思ったより早く掴めたね」
カトレナは非常に満足そうにしている。それがシスカが創素を知覚出来るようになったことに対してなのか、今の一連の動作に対してなのかは定かではないが。
「これが
「ああ、その感覚を忘れないようにしたまえ。次回からは操作について教えるとして、今日のところはこれで終わりにしようか」
「えぇ、わかったわ!」
「ありがとうございました」
妙な空気感から脱し、授業もひとまずは終わりとのことでファリスはほっと一息つく。正直授業内容自体は何てこともない筈なのに、妙な気疲れがファリスを襲っていた。
さて、今日はもうゆっくりしよう。そう考えて席を立とうとしたところ、おもむろに腕を掴まれた。シスカだった。
「ど、どうしたんですか、姉さん?」
「わたしね、ファリスも
「!!??」
——突然何を!?
狼狽するファリス。
「ね、先生?」
「ふぅむ、まあ一度くらい体験しておいても面白いかもしれないねぇ?」
カトレナは満更でもなくそう言う。だから乗り気じゃないんじゃなかったのか。
えも言われぬ恐怖心に見舞われ、何とかシスカの拘束を振りほどこうと藻掻くがびくともしない。
——いや、諦めてはいけない!
火事場の馬鹿力、窮鼠猫を噛む。窮地に追いやられたファリスは突如としてその才の一端を発揮。これまではあくまで創術の行使でしかしてこなかった創素操作によって、土壇場での身体能力強化を成功させた。
平時より数段上がったこの膂力ならば。ファリスはこの場から逃走すべく持てる全ての力を振り絞った。
微動だにしなかった。
「えぇッ!?」
あまりに理不尽なフィジカルの差にファリスは目を剥いた。そんな馬鹿な。これなら別に創素なんぞ知覚出来なくてもさして問題はなかったのでは。
「安心したまえ、ほんの先っちょ、先っちょだけだから」
意味の分からないことを
ファリスは静かに瞑目した。
「ふぁんんっ……!」
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