―15― 好きだから

「それじゃ、今から魔術の授業を始めます」

「はい、先生」


 翌日から、僕は正式にティルミお嬢様の魔術の教育係を務めることになった。


「お嬢様、僕を先生と呼ぶのは、流石に……」

「なんでー? だって、先生じゃない」


 まぁ、確かにこれからお嬢様に魔術を教えるわけだから、先生ってことではあるんだろうけど。

 とはいえ、呼び慣れてないせいかなんだかむず痒い。

 まぁ、我慢するしかないのだろう。


「といっても、僕自身誰かに魔術を教えたことがないので、どうやって教えればいいのか……」

「別に、慌てなくていいのよ。じっくり考えたらいいわ」


 と、お嬢様は優しい言葉をかけてくれるが。

 魔術はわかってないことのほうが多い。だから、その分教えるのも難しい。


「ひとまず、お嬢様が学校でどう魔術を教わっているのか、僕に教えてください」


 それからお嬢様の話を聞いた。

 やはり、学校では3種類8系統の魔術を主に扱い、魔力容量が多ければ多いほど、強力な魔術を使えると教わるらしい。

 だから、いかに魔力容量を増やすか? に時間が割かれている。

 魔力を消費すればするほど、その人の魔力容量は増えるとされている。ただし、努力よりも才能のほうが大事だと言われている。

 生まれつき魔力容量が少ない人はどんなに努力したって、魔力容量が多い人には勝てない。

 そのことを知っていたからこそ、魔力容量が少ない僕は他の道を模索する必要があった。


「そうですね、お嬢様が一番得意な魔術はなんですか?」

「えっと、火の系統かしら」

「まず、火の第一位階、〈火球ファイヤー・ボール〉を一から構築できるようになりましょうか」

「えっと、どういうことかしら?」


 確かに、今の説明だと伝わらないのも当然か。


「以前にもお伝えしましたが、既存の魔術はアカシックレコードの影響下にあるんです。アカシックレコードでは、過去、現在の魔術が全て記録されています。〈火球ファイヤー・ボール〉を例に出しますと、今までこの世で発動した〈火球ファイヤー・ボール〉がアカシックレコードに記録されているおかげで、現在では、一から構築せずとも漠然と構築するだけでも〈火球ファイヤー・ボール〉を発動できてしまうんです。だから、アカシックレコードの力を借りずに、〈火球ファイヤー・ボール〉を発動させることから始めましょうか」

「えっと、アメツの言っていることはなんとなくわかったわ。けど、今までアカシックレコードなんて気にせず魔術を発動させてたから、どうしたって影響を受けてしまうと思うんだけど、一体どうしたら、アカシックレコードの影響から逃れることができるのかしら」


 確かに、それもそうだ。

 僕の場合、無意識のうちにアカシックレコード関係なく魔術を発動させることができてしまう。

 けど、最初からそうだったわけではないはずだ。

 一体、僕はどうやって自分の魔術を確立させたんだろう?

 遠い過去の記憶を掘り起こすように、回想する。

 必死な思いで生きていたせいか、はたまた辛い記憶が多いせいなのか、僕は過去のことを思い出すのに、他の人より時間がかかるような気がする。

 だから、思い出すのに時間がかかった。

 あぁ、そうだ。


「自分の魂を再構築させたんだ」





 魂というのは神秘的かつ魔術的だ。

 魂が存在するから、魔術が存在するのだ。

 ゆえに、魂と魔術は常に相関関係にある。


 どんな人間にも魂には術式が刻まれている。その術式は人間に感情を生み、意識をもたらし、記憶を刻み、思考を深める。 

 人間に心があるのは、魂に術式が存在しているから。

 だったら、その術式を完全に把握してしまえばいい。

 それが僕の魔術の始まりだった。


「お嬢様、今から魂の内に存在する術式記録領域を呼び起こします」


 術式記録領域。

 その人の魂に術式刻まれている領域のことだ。


「わ、わかったわ」

「少しだけ覚悟しておいてくださいね」


 お嬢様の返事を聞いた僕は、そう言って僕はお嬢様のおでこをつついた。

 感情を共鳴させることで、強制的に術式記録領域を呼び起こすことができる。


「あ、あが……っ」


 お嬢様は呻き声をもらす。

 今、お嬢様の頭の中には、膨大な情報が雪崩のこどく流れている。

 一般的な魔術師が使う魔法陣はせいぜい平面魔法陣。それに奥行きの概念を加えた立体魔法陣。さらに、スピンの概念を加えた高次元魔法陣。

 魂に刻まれているのは、この高次元魔法陣。

 一般人が、高次元魔法陣に刻まれている膨大な情報を処理しようとすれば、頭の中が焼き切れるに違いない。

 今のお嬢様がまさにその状況だ。

 だから、すぐさま呼び起こした術式記録領域を外部から強制的に閉じる。


「あっ」


 一瞬で疲労が蓄積したようで、彼女はよろけては僕にしがみついてきた。


「今のはなに……?」

「魂に内在する術式記録領域です」


 それから僕は説明した。

 術式記録領域というのがなんなのかを。


「僕の魔術が使えるようになるには、この術式記録領域を把握することから始める必要があります」

「そのためには、さっきの時間を過ごす必要があるってこと?」

「えぇ、そうなりますね」


 そう、把握するには術式記録領域を強制的に呼び起こす必要がある。

 だが、強制的に呼び起こそうとしたら、膨大な情報に飲まれて頭の中が焼き切れるような痛みが伴う。

 普通なら、ここで諦める。

 だから、お嬢様も諦めるに違いない。

 そうなったら、僕の教育係という立場もお役御免ってことになるな。


「わかったわ。アメツ、もう一度さっきのをやってちょうだい」

「え……?」


 だから、ティルミお嬢様がやると言い出したことに僕は少なからず驚いた。


「私は、なんとしてでもあなたの魔術を覚えるわ」


 引き締めた表情で彼女はそう言う。

 だから、思わず聞いてしまった。


「なぜ、そうまでして覚えようとするんですか? 魔力容量が多いお嬢様なら、普通の魔術でも十分活躍することができると思いますけど……」


 僕は魔力容量が少なかったがために、独自の魔術に費やす必要があった。

 けど、お嬢様はそうではない。


「好きだから」


 一瞬、その言葉を聞いて心臓がざわついた。


「あなたの魔術を初めて見たとき、衝撃的でとても感動したし、興奮もした。そして、好きになった」


 好きってのは、僕の魔術に対して言っていたのか。一瞬、勘違いしそうになった自分が恥ずかしい。


「だから、私も覚えたいと思った。これじゃあ、理由として弱いかしら?」


 って言って彼女は苦笑する。

 だけど、僕の心は満足感でいっぱいになった。

 自分が必死な思いで作り上げた魔術を誰かに好きと言われるのがこんなに嬉しいことだって知らなかった。


「えぇ、やりましょう、お嬢様!」


 この日から、僕とお嬢様による魔術の特訓が始まったのだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る