第40話 俺はこれから、ゾンビを殺しに行く。(第一部・完)

 俺は冷たい地面に腰を下ろして、英道と話すことにした。


「このキー」

「往かれるのでしょう、ゾンビを殺しに」


 端的に尋ね、端的に返される。

 だがそれで伝わってきた。英道は、目の前の車を俺のアシに使えと言っているのだ。


「……いいんすか?」


 俺は、重ねて尋ねてしまう。

 音夢がどうかは知らないものの、一応、俺は免許を持っている。

 車があるなら、それに越したことはない。正直に言えば、ありがたくはある。


 英道の言う通り、俺はここに長居する気はない。

 一日二日したら音夢を連れて、他の街に向かうつもりだった。


「勇者様のゾンビに対するお怒りは、何度もこの目で見ていますので」

「あー、恐縮っす」


 真正面から言われると、何となく居心地が悪いというか、落ち着かない。

 だがその通りであり、俺は、この世界にはびこるゾンビの存在を絶対に許さない。


「でもさ」


 と、今度は俺から英道に向かって切り出す。


「英道さん達にしてみたら、俺がいた方がいいんじゃないすか?」

「それはもちろん、その通りですよ」


 英道は、俺の言葉を否定しなかった。


「何せ、やはり隔絶した力をお持ちですしね、勇者様は。……それに」

「それに?」


「多分ですけど、今なら、頼ったら助けてくれるでしょう?」

「あ~……」


 答えに窮し、俺は視線をさまよわせる。


「聞きましたよ、秀和達のことを身内と言ってくださった、とか」

「いや、それは言葉のあやってーか……」


 俺はしどろもどろになってしまう。

 言葉のあやも何も、間違いなく、俺は彼らを身内として見てしまっている。

 それを自覚している以上、俺に勝ち目はなかった。


「……まぁ、助けると思います」

「そんな、肩を落とさないでください。それはまぎれもなく、勇者様の美点です」

「でもね~、これは長所じゃねぇんすよ、英道さん……」


 俺は言う。

 この変えがたい性分によって、俺はアルスノウェで何度窮地に陥ったことか。

 だが、苦い顔を浮かべる俺に向かって、英道さんは笑って、


「ええ、ですから長所とは言わず、美点と申し上げました」

「……かなわねぇや、こりゃ」


 俺の性格の良し悪しをしっかり把握して、この人は美点って言葉を選んだワケだ。

 さすがは元大企業の管理職にして現冒険者ギルドのギルド長だな。


「そんな勇者様だからこそ、私達は畏怖はあれども恐怖を持たずに接することができているのだと思います。ですから――」

「……ああ、皆まで言わずですよ、英道さん」


 そこで俺は英道の言葉を遮る。

 この流れで彼が何を言おうとしているのか、何となく察しがついた。


「俺に、天館から出ていってほしい、ってことでしょ?」

「そうです」


 ああ、やっぱこの人、大したモンだわ。

 俺の指摘に、眉一つ動かしゃしない。性格は荒事に向かないけど、キモは据わってる。


「それをお察しいただけているのでしたら、理由も――」

「わかってますよ。大丈夫っす」


 俺は軽くうなずいた。

 英道が俺に出ていってほしいと言い出した理由、そんなの、わかりきってる。


「俺の甘さが身内の死因になるなんざ、それこそ死んでもゴメンですよ」


 軽く肩をすくめ、俺はそう言った。

 アルスノウェで生きるすべを学んだ天館の冒険者達。彼らは間違いなく、俺の身内だ。


 だが、だからこそきっと、俺は彼らを甘やかしてしまう。

 彼らのために、救いの手を差し伸べてしまう。一週間前とは違って、確信すらある。


 アルスノウェでの一年間を生き延びて、冒険者達は実力と自信を身に着けた。

 それでも俺からすれば微々たる力で、逆に彼らから見れば、俺は完全に隔絶している。


 圧倒的な力は、敵には恐怖と怯えを与え、味方には安堵と甘えを与える。

 きっと俺は、請われれば請われるままに彼らを助けてしまうだろう。

 そして、それは間違いなく、この変わり果てた世界で生きる彼らにとって欠点となる。


「今はゾンビがいなくなっていても、いずれ、またこの辺りにゾンビはやってくるでしょう。どうやら、あれには人を感知する能力のようなものがあるらしいので」

「まぁ、そうでしょうね……」


 音夢との再会時に、あいつを追いかけていたゾンビの群れのことを思い出す。


「三週間、国による救援も警察も自衛隊も、何も来ません。この先もきっと、来ることはないでしょう。……その意味では、勇者様が言っていた、日本の日常はゾンビに殺された、というのはまさに正鵠を射ている表現だと思います」

「ええ。そうっすね」


 そんな風に言われると、改めてゾンビへの殺意がふつふつと滾る俺である。


「そんな中で、これから私達は生きていかねばならない」

「…………」


「ゾンビと戦うだけでなく、住所をさだめ、住居を建てて、糧を得るすべを確立し、衣食住を満たして、失われた日常を少しずつ再構築していく必要がある」

「常にゾンビの脅威に晒されながら、っすね」

「その通りです」


 これから、この世界で生きていく限り、ゾンビとの戦いはもはや宿命だ。

 俺がゾンビを根絶するまでは、どうしても備えが必要となるだろう。


「私達が新たな平和を得るまで、戦いの日々は続くでしょう。それがどれくらいかは、わかりかねますが。一年か、五年か、十年か、百年か……。ただ、確実なのは」

「甘えは微塵も許されない、ってことっすね」

「そういうことです」


 真顔のまま、英道はうなずいた。

 もはや、国も社会も俺達を守ってくれない。今はもう、自分で自分を守るしかないのだ。

 だからこそ、俺はいてはならない。俺の存在は、あってはならない甘えを生む。


「じゃ、そろそろ戻りますわ」


 言って、俺は立ち上がる。

 英道も立ち上がって、俺に向かって頭を下げてこようとする。


「勇者様――」

「謝るのはなしでいきましょうや、英道さん」


 俺はそう告げて、英道の肩を叩いた。


「あんたは、みんなのことをちゃんと考えてる。立派なことっすよ。クルマ、感謝っす」

「……はい。またいつでも、お戻りください」


 謝るのではなく、お辞儀をしてくる英道に、俺は「ええ」とうなずいた。

 そして俺は、そろそろ夜が明けるのを確認して、ソラスの階段を上がっていった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 受け取ったキーをさして回すと、エンジンが点火する手応えが伝わってくる。


「さて、行くか」


 運転席に腰を落ち着かせて、俺はハンドルを握る。

 時間は朝。後部座席には音夢と玲夢。音夢は起きちゃいるが、玲夢はまだおねむだ。


「おねぇちゃ~ん、だっこぉ~」

「ちょっと、玲夢。シャキっとしなさいってば!」

「みゅ~ん……」


 玲夢、まだまだ眠たげで、自分を起こそうとしてる音夢に抱きついてる。

 そんな姿を見て、銀色のチビドラゴンが『てぇてぇ』とか言ってるの何なん?


「ねぇ、橘君」

「お、何よ」

「本当に、私達だけで行っちゃっていいのかしら?」


「ミツ追いかけなきゃなんだから、そりゃあな」

「まぁ、そうだけど……」


 言葉を濁しつつ、音夢は車の後ろを見る。

 そこには誰もいない。

 まだほとんどが、昨日の打ち上げで寝入ったまま目覚めていない。


 名残惜しいのもあるが、どうせならさっさと出た方がいい。

 そう判断した俺は、音夢と玲夢だけを起こして、地下駐車場に戻ってきた。


 すでに、英道の姿はなかった。

 ただ、この車のフロントガラスに紙切れが置かれていた。


『御武運をお祈りしています。また』


 書かれていたのはそれだけ。

 非常にスマートな別れ方だと思う。本当に、大人な英道に憧れてしまいそうだ。


「ここにゃ秀和もいる。心配ないって」

「う~ん、それもそうね」


 腕組みをしつつ、音夢も何とか納得したようだった。


「さて、出すぜ」


 俺は軽くアクセルを踏んで、車を発進させた。

 デカいクセにやたらと音が静かで、まるで揺れを感じない。何このクルマ、こっわ。


「……ねぇ、橘君」

「言うな」


「この車、もしかしてものすごい高級車なんじゃ……」

「言うなッッ!」


 今さらながら、英道が高給取りであることを実感しながら、俺はかぶりを振った。

 もう貰った以上は、このクルマは俺らのモノなのだ。

 だからせめて、大事に乗ろう。うん。そうしよう。だって絶対お高いし。


「それじゃあ、行くぜ」


 地下駐車場を出て、外へ。

 するとそこにあるのは、荒れ果てたまま何も変わらない街並み。

 少し窓を開けるとそこから小鳥が入ってきた。


「何だ、ルリエラ、外にいたのかよ」

『そうですわー。だって皆さま寝入られてしまって、ヒマだったんですもの』


 ああ、そりゃあわるぅござんした。


『いよいよ、旅立ちですのね?』

「おう、まぁな」


 俺の肩にとまったルリエラに、俺はうなずいた。


『まずは、どちらへ?』

「決まってんだろ。そんなの。もちろん――」


 俺はこれから、ゾンビを殺しに行く。

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