繰り返されるさよならの先に ――三十分間の追走曲(カノン)――

香澄 翔

第1話 時間を戻す力

 人生は選択の連続だ。


 小さな事でも選び続けなければならないし、その選択を間違えてしまう事だってあるだろう。


 そう例えばいま俺が屋台で売っている唐揚げとフランクフルトのどちらを食べるか迷っていたとして、いま唐揚げを選んだ訳だが。これが外れだった。まずい。この味で五百円だと。金返せ。


 そう思ったとしても人生は取り返しはつかない。まずいかうまいかは食べてみなければわからない訳で、どの選択肢を選べば正しいかなんてわかる人間はいない。こんな事ならフランクフルトにしておけば良かった。選択を間違えてそう思う事だってあるだろう。


 いままさに俺はそれを実感している。選択を間違えた。金返せ。


「たかくん。何一人でうなっているの? よっぽど美味しかった?」


 隣からかけられた声に振り返る。

 そこにはまっすぐに伸びた長い髪の少女が立っていた。


 俺よりかは小さいが、女子としては平均よりも背は高いだろう。白いシャツの上にニットのベスト、下にはブラウンチェックの長めのスカート。

 たぶん誰が見ても可愛くないとは言わないだろう彼女は俺の隣でにこやかに微笑んでいる。


 ただ俺の彼女という訳では無い。いわゆる幼なじみという奴で、幼稚園から小学校、中学、そして高校まで同じ学校に通ってきた。

 いまは二人でクラスの文化祭の買い出しにきていたところだった。


 それなりに仲は良いと思う。だけどそれだけだ。特に彼女との間に何がある訳でもない。あってもいいと思うのだけど、何もない。くそ。もう少し意識しろよ。俺だけか。意識してんのは。悔しい。でもこうして隣にいれて嬉しい。ああ。もう。


「ちげーよ。逆だよ。まずかったの。めちゃくちゃ」


 そんな気持ちを隠すかのように適当に答える。


「へー。たかくん、そういうのあんまり引かないのにね。いつも当たりばっかりひいてるイメージだけど」


 だけど彼女はそんな俺に気がついているのかいないのか、笑いながら言う。

 たかくんというのは俺のことだ。野上隆史のがみたかし。それが俺の名前。

 そして目の前で笑う彼女の名前は笹月穂花ささづきほのか。俺の幼なじみ。


「まーね」


 穂花に軽く答えて思う。確かにこの唐揚げは外れだった。

 やりなおすべきだろうか。否か。


『じゃあやりなおす?』


 その声は響く。だけどこの声は俺にしか聞こえない。

 答えは決まっている。唐揚げはまずかった。金返せ。

 だから俺は大きく息を吸い込み、そして答える。


「十五分もどして」


 告げたその声に応えて、目の前が暗転する。少しめまいにも似た空気を感じた後に、俺の時間は『巻き戻った』。


 くそまずい唐揚げを買う前に。


 俺には不思議な力がある。時間を戻す力だ。

 人生は選択の連続だ。だけど俺にはその選択をやりなおす力があった。

 だから俺は何度でもやり直してきた。ほんの少しだけ時間を戻して。

 皆が選択を間違える中で、俺にはやりなおす力がある。


 だからこんな風に気軽に小さな時間を何度もやりなおしてきた。

 くだらないきっかけで何度も何度も。


 だけどこの時の俺は知らなかった。この力が持っている本当の意味に。

 だから俺はやりなおす。何度でもやりなおす。


 せめてこのくそったれな物語の結末を変えられるように――

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