第9話


魔導師は集団行動より個をたっとぶ。

魔王との戦いでわざわざ指示を受けないと動けない魔導師より、自ら正しい判断で攻防や補佐ができる魔導師の方が重宝されるに決まっている。

生き残れる確率も魔王を元の世界に戻せる確率も断然後者の方が高いのだ。

魔王の大半は何らかの偶然で迷い込んできただけだ。

意思の疎通が可能なら落ち着いてもらってそのまま元の世界に帰せるが、意思の疎通ができない場合は混乱して暴れるため倒して強制的に帰ってもらう。

けっしてこの世界で止めを刺すことはない。

魔王の存在は元の世界で必要悪の場合が多いからだ。


それでも暴れる魔王に勇者は立ち向かう。

自らの生命を代償として魔王を封印するために。

封印できるのは最長でも15年。

それは魔王を元の世界に戻す準備期間時間稼ぎであり、アリシアの両親のように行方不明者の魔術師たちのうち何割かはその準備に加わっているのだと言われている。

…………魔王の封印が解かれるまで、あと5年と半年。



女子寮の入り口を入ったエントランスホール。

100人が揃っても余裕があるここに、新入生が40人揃っている。

彼女たちが向いているのは寮の観音開きの扉の右に並んで飾られた額縁だ。

扉の真横の額縁には何も描かれておらず、その隣にふくよかな女性が豊満な胸を上品に隠すドレス姿は、王族か貴族の女性のようだ。


「ようこそ皆さあん。まずは入学おめでと〜」

「「「おめでと〜!」」」


明るい女性の声にあわせて、壁に飾られた額縁の中に集まった女性たちが声を揃える。

それは何十人も揃っているのに響くような大声にならず、かと言って小声でもない。

これは額縁の機能だ。

一定以上の声量は額縁の外にもれないようになっている。

ここの女子寮に掲げられている絵には女性しか存在していない。

女性は3人も寄ればかしましいとも言う。

それは『姦しいという漢字が女を3つ使う漢字だから』というのが理由だ。

実際には女性どころか女児2人が揃っただけで十分姦しいのはどこの世界でも共通であり、この世界でもそれは当てはまる。


「ありがとうございます」

「「「ありがとうございます!」」」


休暇中の学園が遊び場だったアリシアはこの環境には慣れている。

そのため笑顔でお礼を言うと、ほかの生徒たちも口々にお礼を言う。


「あらあら。今年のはお礼が言えるのね。私は女子寮の寮監、サマス・レイラよ。レイラさんと呼んでね」

「「「お世話になります!」」」


アリシアたちは声を揃えて頭を下げる。

最初の礼儀は大切、そうヴェロニカから聞かされて女子寮まで送られる途中でも寮長から同じアドバイスを受けたのだ。

こうして、女生徒たちは寮の規則をレイラに教わり、一部ほかの女性たちの寸劇などで分かりやすく捕捉されてから、女性たちに大部屋や個室へと別々に案内されていく。

壁に飾られた額縁の中をスーッと飛んで先に行った女性が「こっちよー」と声をかける。

階段は右側通行。

利き手を手すりに置くことで「私は攻撃するつもりはありません」という意思表示なのだ。


「今年度の新入生は個室が20人ね。例年より多いわ」

「仕方がないわ、今年は【勇者の子】がいるもの。親御さんたちも悪影響を考えているのよ。魔王の封印が解けたときに【勇者の子】がそばにいたら……」

「今年の子たちは【私たちの希望】につくか、あの【勇者の子】につくか。……封印が解けたときに選ばれるのが彼であることを強く望むわ」


女性たちの目が優しく隠れている女性に向けられる。

そこにいる女性は2人。

どちらも微笑んで頷くとそのまま何処いずこかへ去っていった。

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