第9話 お前ら、ここの人たちに何をした!

 マジックアイテム<隠透いんとうの衣>

 可視光線を偏向させる特殊な素材で作られた外套。

 着用すれば一五分間、姿を周囲に溶け込ませ隠蔽効果を得る。

 着用者が発声する。衣が接触を受ける、水に濡れるなどで効果は強制解除される。

 本来なら偵察や斥候用に開発された衣であり、その隠蔽効果は死霊を欺けるほど高い。

 だが、本来の用途に反して公共浴場での覗き行為が多発したため、水濡れで強制解除される仕様が追加された。

 この事件により初期生産型は回収されるも、一部が闇市場に流れ高値で取り引きされている。またその一つが皇族に流れたとの噂もあるが真偽は不明。

 なお再使用には三〇分を必要とする。


 雨が降っていないのは行幸だった。

 黒き外套を着込む龍夜は息を殺しながら暗き道を歩く。

 カンテラボールは居場所を露見させることからストレージボックスに収納してある。

 明かり一つない真っ暗闇だろうと事前に行ったマッピングにより苦もなく目的地の公民館にたどり着けた。

(見事なバリケードだな)

 発声すれば隠蔽が解ける。

 内で声を発しながらイスやテーブルで築き上げられたバリケードを見上げた。

 こうして視認できるのは単にバリケード周りがライトに照らされているからだ。

(電機は止まっているから、誰かが発電機を持ち込んだか?)

 周囲を見渡し、死霊が徘徊していないのを再確認。

 半周してみればバリケードがあるのは正門と裏門の二カ所。

 死霊の侵入を防ぐための処置だろう。

(どこから入るか)

 龍夜は前髪をいじりながら侵入経路を模索する。

 間抜けにも正面から入りはしない。

 公民館の塀を一周しかけた時、大型バンが塀に寄り添う形で駐車されているのを発見する。

 フロント部に手を添えればほんのり暖かく、停車して間もない様だ。

(この停め方、映画で見たぞ)

 龍夜は口をすぼめながら車を凝視する。

 塀接触ギリギリにバンを停め、屋根を踏み台にして敷地内に侵入するのは十八番の突入手段だ。

 案の定、バンを足場にして屋根に登ってみれば、複数の靴跡が残っているのを塀内側のライトがうっすら照らし出す。

 生存者が死霊から逃れに逃れ、公民館に駆け込んだ線は除外。

 車体に破損個所や擦った箇所が一切ないからだ。

 死霊から逃げに逃げてきた心理状態を踏まえれば、ゆっくり駐車などできない。

 塀と車の隙間がほぼなく、中の人たちに気づかせぬようゆっくり駐車したのが証拠となる。

(よっと!)

 大型バンを足場にして塀を乗り越えた龍夜は公民館の敷地に足を踏み入れる。

 公民館は二階建ての建造物。一階の窓というあらゆる窓は板が釘で打ち付けられ、封鎖されている。二階を見上げようとカーテンで仕切られ、明かり一つ漏れていないのはガムテープか何かで塞いでいるからか。

(生存者、いてくれよ)

 わずかな希望を胸に抱く龍夜は正面玄関に向かう。

 案の定、正面玄関はバリケードが築かれ、中に入れない。

 他のルートを探そうと進みかけた時、建物の隙間から外に流れ出る不快な匂いが龍夜の足を止めた。

(――血の匂い、それにこれは火薬の匂いか?)

 凍り付くような感覚は否応にも危惧を抱かせる。

 一方で、一般生活で縁のない火薬の匂いを知っているのは花火大会ではなく、異世界スカリゼイにも火薬と銃がしっかりあったからだ。

 城壁上部に設置した大砲で押し寄せる死霊の侵攻を妨げていた。

「なっ!」

 不快な匂いの元を辿って建物側面に回り込んだ時、前触れもなく壁面が内側から砕かれた。

 人が飛び出してきたことで龍夜は思わず声を上げてしまい、隠蔽が強制解除される。

「な、なん、だ、よ」

 龍夜は愕然と全身の筋肉を強張らせ棒立ちとなる。

 木造とはいえ人一人が容易く突き抜ける構造はしていない。

 地面に仰向けとなって倒れる男は、穴より漏れる明かりにより露わとなるも島では見ない顔だ。

 何より瞠目すべきは洋画で見るような特殊部隊の格好。

 ヘルメットにガスマスクと素顔さえ分からない。

 趣味か、仕事かはさておき、その腕にはへし折れた大型の銃火器を抱いている。割れたマスクより覗く瞳孔は震え、虫の息で暗き空を見上げていた。

「どうしてだ! どうしてこんなことができる!」

 穴より聞こえた知った声。記憶にある男性の声。

 慟哭と憤怒が混じった声の主は紛れもなく優希と勇の父親・いさおだ。

 すぐさま龍夜は穿った穴から建物内に入り込めば、凄惨な光景を目の当たりにして絶句する。

 照明に照らされた室内は血という血が床や壁面を汚し、血塗れとなった人々が重なり合う形で倒れていた。

 そこに老若男女関係ない。

 銃火器持つ四人の男の前には血塗れの妻・望美のぞみを抱きしめ泣き叫ぶ一人の男。

 助けんと龍夜は飛び出しかけるが、勲の異常事態に思わず足を止める。

 異様なまでに肥大化した右腕がグチャバキボキと圧壊音を発しているからだ。

 音の正体は人間を握り潰している音だった。

「この化け物が!」

 銃火器持つ男の叫びと共に引き金は引かれ、けたたましい銃声にて硝煙と血潮が充満した。

「死んだ、だろ――がっ!」

 充満する硝煙から巨大な腕が鞭のように伸び、また一人掴み上げては悲鳴も許さず握り潰す。

「どうなってんだよ、この島! 頭吹っ飛ばしても死なないゾンビとか話が違うだろう!」

「もういいだろう! ここの食料は諦めてとっと島田さんと合流するぞ!」

「合流するってよ、あの人と連絡取れねえだろう!」

 一人、また一人と仲間を殺されたことで誰もが恐怖を抱き、背を向けながら逃げ出した。

 だが横薙ぎに振るわれた腕が誰一人逃がさず掴み上げる。

 拘束から逃れようと誰もが発砲する。

 異形の腕は被弾により血飛沫を幾度となく上げようと、命中した瞬間から再生していた。

「た、助けてくれ!」

 掴まれた一人が龍夜の存在に気づき、助けを求めてきた。

 本当に助けるべきか、束に手を添え身を落とした体勢で逡巡する。

 異形の手は男たちを握り潰さない。

 何故なら、腕の主である勲が震える目で龍夜を捉えているからだ。

「も、もしかして、龍、や、くん、なのか?」

 予想外の人物に勲は驚き固まっていた。

 同時に龍夜もまた何故との疑問がよぎる。

 ただの人間があんな腕になるはずがない。

 だとしても龍夜は勲に掴まれた男たちを睨みつければ、鋭い声で問う。


「お前ら、ここの人たちに何をした!」

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