Act.03 我らロボット

第15話「一筋の光明とかいうやつ」

 僕たちは山間部を抜けて、海に来ていた。

 潮風しおかぜは嫌いだ。

 苦手じゃない、嫌なんだ。

 精密機械に塩分は厳禁だが、あいにくと僕たちネフェリムは全天候型の全領域対応兵器だ。海底ケーブルの切断作戦や、敵の要塞島に上陸作戦を敢行したこともある。

 でも、嫌なんだよなあ。


「嫌だった、かな」


 今、ジェザドの運転で僕たちは海沿いの道をカッ飛ばしていた。

 風が、気持ちいい。

 どうしてか知らないが、センサーではなく鼻孔が感じる潮の香りが酷く懐かしい。破壊と殺戮ではなく、もっと表現の難しい気持ちが思い出された。

 それも多分、ナナの肉体に残っているものだろう。

 肌を撫でる潮風は優しくて、海鳥たちの鳴き声もどこか遠い。


「ジェザドさあ、次の手は打ってあるって言ったよね」

「モチのロン! あれから色々調べ物をしててね、面白いものを見つけたのヨ」

「愉快かどうかは問題じゃないと思うが」

「まあまあ、そう言わないで。そら、見えてきたねえ」


 みさきの向こうに、街が見えてきた。

 沢山の大型船が出入りする、大都会って雰囲気の港町だ。


「駆逐艦が4、重巡洋艦が1……」

「だから、よしなさいって。ロボット目線で見るのさあ」

「だってさあ。つい癖で」

「この地方じゃ一番の都心部でね。戦時中は軍の要衝だった訳よ」

「知ってる。たしか、強襲したことがある気がする。ええと、あれは確か」


 上手く思い出せない。

 戦闘の全てはメモリに記録されてた筈なんだけど。

 なんだかもう、ネフェリムとして戦ってた時代が酷く遠く感じた。

 うっすらと見える黒い艦影も、昔見た時より少し警戒感がないみたいだ。

 そして、徐々に周囲に家と車と、そして人とが増えてゆく。

 高層ビルが立ち並ぶ中心部を避けて、幹線道路をメルセデスはゆっくり走った。

 ジェザドは前を向いたまま、タブレットを引っ張り出して僕に向ける。


「ん、これは?」


 いかにも証明写真ですって感じの、前を見据みすえる少年の姿が映っている。

 多分、ジェザドは市民データを管理してるサーバにお邪魔したのだろう。勿論もちろん、違法行為だ。足跡を残してなきゃいいんだけど、彼はそんなドジは踏まないだろう。

 不思議と日々を共に過ごす中で、僕はジェザドに信用を感じ始めていた。

 有能で目的意識もハッキリしてるし、迷いがないのがいい。

 さっさとナナの記憶を取り戻して、僕に新しい躯体くたいをくれるといいな。


「その子はねえ、実は――」

「カイン・レスベル、17歳。ハイスクールの三年生って訳か。この少年がデミウルゴスを?」

「そういう単純な話じゃないのヨ。でも、今の所唯一の手がかりかな? ……彼の父親の名は、ヨシュア・レスベル」


 僕はメッとした。

 じゃない、としたんだ。


「ハッ! わかったぞ、あのヨシュアの息子か」

「正解。あと、相変わらず言葉に出ちゃうねえ、ニシシ」

「……ハッとするんだろ? こういう時」

「律儀にハッとは叫ばないけどネ」


 驚いたことに、あのヨシュアには子供がいたのだ。

 まあでも、そこまで驚く話ではないかもしれない。

 隣のジェザドにだって、一人娘がいるんだ。能力はともかく、性格や人格、メンタリティに問題がある人間でも、生殖行為を通して子孫を残すことが可能のようだ。

 自然の動物に比べて、人類というのはロジカルな部分以外が実に不可思議だ。

 そのことについては、どうやら口に出さずに済んだようだった。


「カイン君は現在、ヨシュアに繋がる唯一の人間だ。それと、もう知ってるかもしれないけど……父親の死を伝えなきゃいけない」

「報告の後、尋問だな?」

「物騒だなあ。ま、話を聞かせてもらえるとヒントがあるかなー、なんてねえ」


 ジェザドはどうやら、カインの通ってるハイスクールを目指しているらしい。

 時刻はもうすぐお昼時、そう……ランチタイムだ。


「つまり……お肉?」

「いやいや、ちょっと待って。ナナオちゃんさあ。まずはカイン君を保護、そして穏やかに対話が持てたらいいなと」

「だから、この時間帯に昼食を兼ねて肉を食べるんだな」

「なにその、昼食を兼ねた肉って……野菜も食べなさいよねえ、もう」


 そんなこんなで、車は住宅街を抜けて視界が開ける。

 広大な土地を持つ教育施設、要するに学校だ。

 警備はそれなりに厳しいようで、正門の前には守衛も立っている。そして、今の僕に強行突破するような力はない。

 少し離れた位置に車を止める。

 周囲には調理可能なタイプの車両が数台並んでて、メルセデスが目立つようなこともない。それに、凄くいい匂いがする。ランチを売りに来てるんだろう。


「ジェザド、どのお肉にしようか」

「ナナオちゃん、人間のエネルギー補給は非効率的で嫌いなんじゃないのぉ?」

「慣れた。そして、今は非常に好ましいと感じている」

「ケバブとかも売ってるみたいだけど、バランスよく食べなきゃだよ? あと、野菜」

「植物性のタンパク質やビタミンも摂取している。大丈夫だ、問題ない」


 その時、校舎に取り付けられている大きな鐘が鳴った。

 リーン、ゴーンと壮大に響く。

 午前の授業が終わったようで、少し待つと大勢の生徒たちが校門から出てきた。皆、笑顔でイキイキとしている。


きがいいな、子供たちは」

「不穏な言い方やめてね、言い方、ね!」

「……ナナも通ってただろうか、学校に」

「だねえ、まだミドルスクールの年頃かな。青春、しててくれたかねえ」

「知らん。けど、こういう光景には不思議と安堵感が伴うな」


 平和という事象を、改めて実感させられる。

 現在、世界規模でドンチャカやってた戦争行為は全て停止状態だ。そうなって初めて得られるもの、保たれるものが無数にある。

 子供の笑顔なんかは、最たるものだろう。

 それくらいの知識はある。

 ナナだって、本当なら笑うのだろう。

 僕はサイドミラーを覗き込みつつ、表情筋に命令を下す。

 ……駄目だ、上手く笑えない。


「それより、ジェザド。カインを見つけた。級友と三人でランチを物色するようだが」

「えっ? ちょ、ちょっと待って、心の準備が」

「急げ、30秒後に確保へ動き出そう」

「てか、あの人混みからどうやって見つけたのよ」


 校舎に面した通りでは、生徒たちが大勢ひしめき合っていた。

 まったく、腹ペコの食べざかりというのは、ははは。

 などと思っていると、思考を読んだかのようにジェザドが微妙な顔をする。

 なんだか気恥ずかしくなって、僕は咳払せきばらいしつつタブレットを返した。


「視覚情報は恐らく、僕の脳では全てが処理可能だ。だが、人間では難しいだろう」

「ああ、なるほどね。ははーん、そういうことか」

「人間というものは妙な構造になってて、どの機能もフルに活用されてはいないようだ」


 こうしている今も、助手席から周囲の光景を一瞥できる。

 見たままに全ての可視情報が僕の脳へと送られてくる訳だ。けど、それを全部人間は見ることができない。ようするに『』のだ。

 無意識に人間は、フォーカスを一点に集中させている。

 意識的にそれを強めれば、さらに情報の解像度は上がるだろう。

 しかし、網膜に投影された情報を、その全てを瞬時に精査することは難しいのだ。


「どうやら僕は、ネフェリムの脳を持ってるからか……五感で得られる情報を人間より多く処理できるみたいだ」

「ま、人間の脳でそれをやったらパンクするだろうねえ」

「頭髪がツンツンに? 昨夜のテレビでやってたな。音楽、まだまだ未知……見た目も大事」

「そのパンクじゃなくてね、ナナオちゃん。ま、会ってみましょ。謝らなきゃいけないしねえ」

「謝罪? どうして」

「ヨシュアが死んだのも、ぶっちゃけ私のせいもあるんでね」


 生きた鳥そのものの自爆ドローンを作った人間だぞ? しかも、特定の周波数を入力すると爆弾に変わるテロリズムの申し子だ。あまつさえ、デミウルゴスとかいう謎の装置をジェザドと共に開発したのだ。

 謝罪の必要性が少しわからない。

 それに、ジェザドが殺したんじゃない。

 もうすでに死んでいたし、その犯人と思しき人間ないしは組織にジェザドも殺されかけた。

 僕が小首をかしげていると、ジェザドは肩をすくめつつドアを開く。


「科学者ってのは、こと研究になるとタガが外れがちでね……でも、ヨシュアはいい奴だったよ。私の遠大な計画、身勝手なわがままにもデミウルゴスを使わせてくれたしね」

「共犯関係、みたいなものか」

「そうだね、悪さする仲間って解釈は間違ってないと思うヨ。昔からの悪友、かな」

「悪なのか……悪の肯定、そして放置したままの状況を感受……ううむ、わからん」


 その時だった。

 僕も車を降りたが、即座にジェザドが息を飲む気配が伝わる。

 軍服の男たちが数人、子供たちをかきわけてカインへ近付いてゆく。

 ナナの視力がいくつくらいなのかは知らないけど、瞬時に僕は軍人だと見抜いた。勿論、拳銃くらいは持ってるだろう。

 広がるざわめきと、緊張感。


「ジェザド、お前は車だ!」

「ちょ、ちょっと、ナナオちゃん!?」


 僕は急いで飛び出す。

 その視線の先ではもう、軍人たちを振り払うようにしてカインも駆け出していた。

 多分、ルカがまた憲兵隊を動かしている……要人確保と護衛は経験が少ないが、僕は全力で僕自身に任務を言い渡して走った。

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