第11話 十六歳 おぞましい出来事

 ※女性が襲われるシーンが含まれております。苦手な方はご注意ください。


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 わたしのお見合いが決まってから少し日が過ぎた。このまま家族間でギクシャクした雰囲気が続くのではと不安だったのだけれど、家の雰囲気はすっかり元通りに戻って安心した。


 特に今日のお姉様は朝からご機嫌だった。

 婚約者のイーノック様と結婚式の相談をするお茶会の日だからかもしれない。

 いつもそんなにウキウキしていなかった気もするけれど、きっと結婚が近付きお姉様の中での心境も変わったのだと思う。




「ねえ、フローラ。お願いがあるの」

 ニコニコしたお姉様がわたしのお部屋にやってきたのはお昼過ぎのことだった。

 お姉様がわたしの部屋に来るなんて珍しいと思いながら「どうしたの?」と部屋に招き入れる。


「もうすぐイーノック様が来る時間なのだけど、少し出掛けたくて」

「えっ、急用?」

 お使いなら使用人に頼めばいいのではと思ったのだが。

「実は、イーノック様への贈り物を買いに行きたいの。日頃の感謝を込めて自分で選んだものを」


 先程突然そう思い立ったらしい。

 お母様とかに知られたら、なにも今日じゃなくてもと止められてしまうと思うから、内緒で買いに行きたいのだと言う。


「わかったわ。わたしは、なにをお手伝いすればいいの?」

「協力してくれるのね。ありがとう!」

 お姉様が嬉しそうに笑ったのを見て、わたしも嬉しくなる。

 婚約者にサプライズで贈り物なんて素敵だと思うし、イーノック様を喜ばせたいというお姉様の気持ちも応援したい。


「今から急いで買い物に行こうと思うのだけど、もしわたくしが戻ってくる前にイーノック様がいらっしゃったら彼のお相手をしていてほしいの」

「分かったわ。お姉様が戻って来るまで、イーノック様のお話し相手になっていればいいのね」

「ええ、お願いできる?」

「お安い御用よ」


 わたしが笑顔で頷くと「さすが、フローラ。頼りになるわ」と言って、お姉様はご機嫌で部屋を出て行った。


「くれぐれも、他の人たちには内緒よ」


 もう一度そう念を押して。




 それから三十分ほどして予定より早くイーノック様は、我が家に訪れた。

 お姉様に言われていた通り屋敷の離れにある温室のサロンに行くと、イーノック様は我が家のメイド、ネラに紅茶を用意されている所だった。


 お姉様は少し遅れて来るのでそれまでわたしがお相手しますと言って席に着くと、イーノック様はなぜか少し頬を赤らめ戸惑った様子をみせる。


 もしかしたらお姉様が約束の時間に顔を見せない理由を知りたいのかもしれない。

 口止めされているのでまだ言えないけれど、わたしはイーノック様を不快にさせないようお姉様が帰ってくるまで場を繋ぐため、精いっぱい明るく振る舞い話し掛け続けた。


 最初は戸惑っていたイーノック様も、やがて趣味の乗馬の話など楽しそうにしてくれた。




「うふふ、イーノック様ったら」

「ははは、こんなに笑ったのは久しぶりだよ」

 どれぐらい時間が経っただろう。お姉様はまだ戻られない。

 たくさん笑ったからだろうか。なんだか先程から、身体がポカポカとして不思議な気分だった。


 気がつくとイーノック様のティーカップが空になっていた。

「紅茶のおかわりはいかがですか?」

「ああ。いただこう」


 今日の紅茶はなんだか苦味が強くて、わたしは半分も飲めていなかったのだけれど、イーノック様のお口には合ったみたい。


 けれど、おかわりを淹れてもらうためネラに声を掛けようと思ったら、いつの間にか温室にはわたしたち以外誰もいなくなっていた。

 仕方がないので、わたしが紅茶をいれましょうと席を立つと、突然イーノック様に手首を掴まれた。


「…………」

「……イーノック様?」


 イーノック様の目はどこか虚ろで高揚している。

 まるで酔っていらっしゃるかのように……


「もしかして……今日のこれは、キミが仕組んだことだったのかな?」

「え?」

「ボクと二人きりになりたいからって、ミラベルを出し抜いて」

 イーノック様はそう言いながら、まるでわたしの身体を視線で舐めまわすようにねっとりとみつめてくる。


「な、なにをおっしゃってるの?」

 気持ちの悪い雰囲気を払う様に、わたしは明るい声をあげて手を解いてもらおうとした。

 けれど彼の力が強まるだけで離してもらえない。


(どうしよう、なんだか……怖い)


「隠さなくっていいんだよ。ミラベルから、よく聞いてたから」

「なに、を?」

 一歩、二歩、後退するけれど手首を掴まれたままなので、イーノック様と距離を取ることはできない。


「キミがボクのことを、大好きなんだってこと。昔からずっと好意を持ってくれていたんだよね」

「え?」

「妹がボクのことを素敵だって毎日のように言ってくるって。お姉様じゃなくて、わたしの婚約者だったらいいのにって言っているって」

「わたし、そんなこと、一度も言ってません」


「恥ずかしがらなくていいんだよ。嬉しかったから。キミの気持ちをミラベルから聞くたびに、キミの事が気になってきて……気が付いたら、ボクもキミの事がっ」

「きゃっ」


 急に視界が傾きわたしは驚きの声を上げた。

 後退った先にあったベルベットのソファーに押し倒され、鼻息の荒いイーノック様がわたしの上に覆いかぶさってくる。


「ああ、フローラ。可愛い、可愛いよっ! ずっとこうしたかった!」

「やっ、やめてくださっ」

 無遠慮に弄られ、彼を突き飛ばそうとしたのだけれど、わたしは身体に力が入らないことに気が付いた。

 それになんだか……頭がボーッとして……


 いきなりこんなことをされて怖いはずなのに、なぜか頭の中がふわふわして思考が上手く纏まらない。


「やっ、めて……」

「ふふ、頬が高揚しているよ。キミも、喜んでいる証拠だね」

「そんな、きゃっ」


 ビリリッと嫌な音がした。ブラウスのボタンが取れ服を乱暴に破られたことに気付き、わたしは朦朧としながらも、露わになった胸元を隠す。


「ああ、可愛い。ボクのフローラ」

 首筋を気持ち悪い感触が這うけれど、もう抵抗する気力がなく、ただどうしようもなく体が熱くて苦しい。


(誰か……助けてっ。お兄様……)


 もうなにも分からない、考えられない。その時


「な、なにをなさっているの!?」


 震えるような叫び声がして、わたしはぼんやりとそちらに顔を向けた。

(……お姉様?)

 助けを求めたいけど指先も自由に動かない。

 わたしの上に覆いかぶさっている男は、そんなことにも我関せず身体を弄ってくるけれど。


「ぐはっ!?」

 突然呻いたかと思うと、イーノック様はソファーの下に引きずり落とされた。

「ぐっ、痛っ……やめっ」

 地面に転がったイーノック様を、無表情で蹴り続けているのは……お兄様?


 お姉様がお兄様に後ろから抱きついて止めに入ったけれど、お兄様はそれでもイーノック様を踏み付けるのをやめなかった。


 このままじゃ……イーノック様が……そうしたら、お兄様は傷害罪で……


 そんなの嫌だ。そう思った瞬間、わたしは最後の力を振り絞って叫んだ。


「やめて、お兄様っ」

「っ……」

 ようやく蹴る足を止めたお兄様は、ハッとしたようにわたしの方を向く。


「フローラ」

 お兄様はわたしを労わる様に名前を呼んだ。

 よかった、いつものお兄様に戻って……


 ほっとしたその瞬間、今度こそわたしは意識を失ったのだった。

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