第46話 ゲートを越えて

 地面を蹴り返す反動に、躍動感が上乗せされる。

 自分でも驚くほどに、走る速度がグンと増した。


 10人くらいは横に広がり並んで通れるゲートの真下。俺は外魔獣モンスターの大軍に、単騎で真っ向から衝突する。

 無駄のない斬撃を三連繰り出して、外魔獣モンスター数匹を容易に崩し、突破口をこじ開ける。

 躊躇うことなく、外魔獣モンスターでひしめき合う密集地帯へと体を預けた。


 今、俺の視界では、舞い上がる小石の輪郭ですら明瞭に捉えている。スキルを行使したときに感じ取れる、周りの動きとの極端なズレ。もはや緩慢さを通り越し、スローモーションの中で俺だけが自由自在に動けるようだ。

 まるで時間さえも支配した高揚感は、相手の動きを浮き彫りにしていき、手に取るように先が読める。

 二手、三手先の動きを予想して、無駄のない動作で攻撃を避けていく。鋭い爪を半身でかわし、錆びた剣を眼前ギリギリで避け、血がこびり付いた棍棒を左手で易々と受け止める。

 外魔獣モンスターの猛攻を難なくやり過ごし、隙だらけの体に反撃の刃を叩き込む。

 俺は稲妻を飲み込んで放電をまたたかせている、小さな竜巻となっていた。押し寄せる外魔獣モンスターたちを蹴散らしながら、ゲートの外へと進んでいく。


「いいぞぉ! ブレイク王子!」

「王子に続けぇぇぇ! 俺たちもひるむなあぁぁぁ!」

「遅れをとるな! 王子の後を突き進めっ!」


 階層主フロアマスター率いる精鋭たちから、一斉に大音声が響き渡った。後ろを追従してくるこの一軍は、俺の戦闘を目の当たりにして、一層士気が増したようだ。


 前方に意識を戻し、再び外魔獣モンスターを掘削し続ける。

 目標は、『冷徹の魔女』。

 屈強な外魔獣モンスターたちを従えて、高所から戦況を睥睨へいげいしている彼女まで、まだまだ距離がある。

 呼吸に乱れはない。剣筋にも鈍りはない。

 斬撃を繰り出すたびに、外魔獣モンスターの腕が、首が、上半身がばら撒かれるように空へと舞う。

 

 このままの勢いで、肉薄したい。相手の本丸まで。

 スピードをもう一段階上げようとしたその時。


(あ、や、やべぇ———)


 軽い眩暈が突然襲った。踏み出した右足の膝が、かくりと落ちる。

 それに合わせたように、振り下ろされる外魔獣モンスターの石斧。空気を押し潰しながら唸りを上げるその軌道は、俺の顔面を正確に捉えている。


「……くっ!」


 咄嗟に剣でガードの構え。次に襲いかかるだろう激しい衝撃に備え、体の芯に力を込める。だが、代わりに石斧を持った外魔獣モンスターの手が暴発した。


『ギャオオオオオオオオオオ!』


 頭上の悲鳴を聞きながら、振り返る。

 外魔獣モンスターの屍の上で、魔法の残滓を手のひらにまとわせる、エリシュの凜とした立ち姿。その背後にはアルベートとクリスティ。俺の背後を守ろうと、二人も必死の奮闘を見せていた。


「———助かったぜ! ありがとよ、エリシュ!」


 エリシュに剣を振り上げると、彼女は手のひらを握り込み親指を立てる。

 俺と一番付き合いの長いエリシュは、本当に頼れる相棒だ。一見するとクールでやや冷たい印象を受けるけど、賢くて優しくて、胸のうちは誰よりも、熱い。


 俺は腰のポーチに手を入れた。ガラスがカチリと擦れる音がする。

 そのうちの一つ———回復薬ポーションを取り出して一気に飲み干す。


(よし! ちっとはマシになった!)


 残りの回復薬ポーションをすべて預けてくれた仲間のためにも、俺は立ち止まれない。

 このまま、前に進まなければ。

 

 一時はなぎになりかけた俺は、再び進撃を開始する。

 剣が血で、泣き出した。

 斬撃を繰り出す度に、濡れた刀身から緑の雫が飛び跳ね、あるいは滴り落ちていく。

 まるで玲奈を案ずる俺の心を、映し出したかのようだ。

 

 背後には頼れる仲間がいる。

 あとは玲奈、お前だけなんだ。俺の心に足りないものは。


 スピードが一段階、付け足される。

 逆巻くほどの突風を引き連れ、ゲートへと押し寄せる外魔獣モンスターの濁流を遡上そじょうする。

 

(———目的地まで、あと20m!)


 俺の乱撃は、止まることなく激しさを増した。

 金色の一閃は確実に複数の外魔獣モンスターの行動を停止させ、剣戟は途切れることなく連なって、緑の飛沫を空にかせている。

 そのまま攻撃の手を休めることなく、左手一本で栓を抜き、最後の回復薬ポーションで体力を補給する。

 

 俺が進んできた道は、外魔獣モンスターの屍が累々と横たわっていた。

 

(あと、少し!!)


 流石の外魔獣モンスターたちも、俺の異常な快進撃に畏怖し、じりじりと少しずつ後退し始めた。

 次の瞬間、恐怖におののいた外魔獣モンスターの頭部がまとめて弾け飛んだ。

 同時に、大柄な外魔獣モンスターが数体が御輿のように支えていた井闌せいらんから、影が舞い降りる。


『この人間風情が! 妾が相手になってやるわ!』


(———コイツが『冷徹の魔女』……玲奈なのか……?) 


 赤い瞳に青い肌。身につけている防具は機能性を重視しているのか露出度が高く、戦士のそれに近い。右手には緑色に塗りたくられたモーニングスター、左手に赤い魔石を付けた杖を持ち、黒髪を嫋々じょうじょうと揺らしながら、敵意と殺意の入り混じった双眸で、俺を見た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る