第38話 魔窟

 人も外魔獣モンスター微睡まどろみの中で揺られている明朝前。

 下層へ向かう階段を、音を立てないよう慎重に進んでいく。

 手にした松明が薄闇を照らす中、階段の終わりがおぼろげに浮き上がる。10階層というボーダーラインを超え、俺たちはとうとう一桁台の階層フロアへと到達した。

 

 一桁台の階層フロアは未知の領域。マルクでさえ、経験はない。

 エリシュの所持している大雑把な迷路地図ダンジョンマップが唯一の道標。迷路での至る所で目に入る、夢見心地に目を閉じている数多あまた外魔獣モンスターたち。もはや魔窟と言っても過言ではない。

 それほどの、数。圧倒的な戦力差。

 地獄絵図でも見ているよう。

 だけどここが地獄なら、最下層は……。

 想像するだけで全身が粟立ち、得体の知れない恐怖が全身を凍てつかせていく。


(———今、考えるのはやめよう)


 俺はそう自分に言い聞かせた。


 慌てず音を立てないように、できるだけ素早く。

 下層を進むにしたがって、自ずと確立された迷路ダンジョン攻略の有効戦術。

 今のうちに距離を稼ぎいたい。下層へ続く階段近くまで。


 まるで甘えているかのような、外魔獣モンスターの喉を鳴らす音。緩やかに、迷路ダンジョン内に増え続ける。

 

(ちっ! もっとぐっすり寝てろってんだ!)


 吐き捨てるように舌を打ち、通路の脇に顔を伏す。そのまま視線が、縫い付けられた。

 目を覚ました外魔獣モンスターと、ばっちり視線が絡み合い。


『グオ』

「———全員走れ!」


 外魔獣モンスターよりも先に、俺は咆哮を走らせた。


 まともに相手をしていたら、きりがない。ここからは何においてもスピードが優先される。

 

 緩慢な動作で起き上がる外魔獣モンスターたちを嘲笑うかのように、俺たちは全速力で迷路ダンジョン内を駆け抜けた。



   ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 


 エリシュの知識でも網羅しきれない、得体の知れない外魔獣モンスター。そしてマルクの予想を上回る猛攻に次ぐ猛攻。それでもたどり着いた4階層。

 取り囲まれたら、それで終わり。動き続けなければ、活路はない。


「みんな! 突き当たりを右です!」


 エリシュから託された迷路地図ダンジョンマップを手に、クリスティが外魔獣モンスターの雄叫びに押しつぶされないよう、声を張り上げる。


「いちいち相手にしていたら、こちらが持たない! ヤマトと俺で道を切り開く! 他は後からついてくるんだ!」


 マルクへの返答代わりに、エリシュが短い詠唱を唱え出す。

 群がり迫る外魔獣モンスターの大波に、エリシュの火炎魔法が連射され、炸裂した。数体を爆死、あるいは火だるまにしたものの、押し寄せる波は分厚く固い。エリシュの先制攻撃で与えたダメージも、表面的なものに過ぎなかった。


 だが、それだけで十分だ。


 エリシュが作り出してくれた口火。その侵入路へ、俺は突貫する。

 波に飲み込まれながらも、深く深く抉っていく。

 懐深く飛び込んでしまえば、連携などまるでない外魔獣モンスターは逆にくみし易い。

 ただ我武者がむしゃらに、剣を振り続けた。


 俺はこのチームの矛先だ。決して折れることは許されない。


 俺が抉り削った活路を、マルクが保持。石斧や棍棒など外魔獣モンスターが手にする得物を複数、槍を両手に頭上で受け止めていた。そして同時に俺の背中も守ってくれている。


 エリシュたちが最後に飛び込む頃には、俺は分厚い外魔獣モンスターの壁をぶち破っていた。


「早く抜けて来い!」


 外魔獣モンスターで構築されたトンネルへと振り返り、叫ぶ。同時に左右に一閃ずつ。外魔獣モンスター二体を地に沈め、出口をさらに拡充する。


「よし! 全員抜けたぞ!」


 最後まで盾役に徹したマルクが、合図を出す。

 迷路を塞ぐように群がっていた外魔獣モンスターたちは、急速に反転することなんてできやしない。

 そして壁を抜ければ、外魔獣モンスターの数は激減していた。

 突き当たりまであと少し。右に曲がれば、下層へ続く階段だ。先頭の俺は駆けながら、鋭いステップで右へと折れる。

 

「———!!」


 急ブレーキ。

 地面の土を削りながら、どうにかスピードを殺し切った。


「どうしたヤマト。何か」

「しっ! ……静かに。前を見てみろ」


 通路の奥のほうに見えるのはデスバッファローが、四体。

 たむろしていた。まるで階段を死守するかのように。

 距離があるからか、こちらにはまだ気づいていないようだ。


「流石に真正面から、デスバッファロー四体とやりあうのは厳しいな……」

「みんな。ちょっと遠回りになりますが、今きた道を右じゃなくて、左に曲がれば大きく迂回して、階段の裏側に出ます。それならばあるいは……」


 確かに背後からの奇襲なら、先制攻撃で楽に二体は倒せるだろう。

 そうなれば勝率は格段に跳ね上がる。

 真っ向勝負。しかも四体のデスバッファローと同時にやりあうのは、疲弊が見え始めた今の状態では、かなり厳しい。

 仮に勝てたとしても、相当削られる。体力と魔法力を。

 手持ちの回復薬も、残り数本。一滴たりとも無駄にはできない。


(どうする……。距離はあるが、ここから奇襲を仕掛けるか?)


「ヤマト。ここは無理をしないで、クリスティの言う通りにしましょう」


 エリシュが俺の気持ちを鎮めてくれた。

 一番付き合いの長いこの相棒は、俺の不安定な心の内を読み取って、優しく導いてくれる。

 迂回という選択肢。やっぱり、それが一番かもしれない。


「おしっ! じゃあサクッと遠回りして、軽ーくアイツらを倒し」


 勢いよく振り向いた俺の目に、飛び込んできたモノ。

 それを目の当たりにした俺は、この世界に来て、初めて襲いかかる絶望感に恐怖した。

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