第6話 戦いの行方は

『グァギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!』


 悶絶の悲鳴が通路を抜け、木霊となって迷路ダンジョン内へと飛び散っていく。

 あちこちが軋んで痛む体を振り向かせると、長い通路の終着点——俺が辿ってきた曲がり角付近に、しなやかな細い指を広げ左手をかざしたエリシュの姿。


「エリシュ……お前どうして……」

「いいから早く! 今のうちに後退して! この好機チャンスを逃したら最期よ!」


 痛切を織り交ぜた声音とその気迫にあてられて、俺は身を投げ出すように———正しくはよろけて数歩後退りして倒れ込んだだけなのだが———後退する。


 俺が通路の端に横たわることで出来た、外魔獣モンスターへの道。今だ迷路ダンジョン内に立ち込める爆炎に向かい、エリシュは躊躇ためらうことなく駆け出した。躍動する動きで俺の前を通り過ぎる。そして走りながらの詠唱。


「獰猛な赤の精霊たちよ、我が力となりこれを撃て!」


 不意を突かれた魔法攻撃に天を見上げ荒れ狂う外魔獣モンスターへ、ほぼゼロ距離からの追撃弾。再度火球が放たれると、寸分も違えず一撃目と同じ箇所———体毛を焼き、硬い皮膚がただれた外魔獣モンスターの右胸に直撃する。

 爆炎を盾にして距離を詰めたエリシュの奇襲は、非の打ち所がないくらい綺麗に決まった。


『ギャアアアアオオオオアアアアアアアアアアアアァァァ!』


 断末魔にも似た耳をつんざく一際鋭い叫び声が、迷路ダンジョン内に響き渡る。

 いくら硬質な皮膚で覆われていようと、同じ箇所に強大な連続攻撃を受けて軽傷で済んだら、こちらの立つ瀬がない。

 案の定、外魔獣モンスターの胸部は無惨にも肋骨が露わとなり、それに覆われた臓器が剥き出しとなっていた。

 たたらを踏み二歩三歩と後退りする外魔獣モンスターに、エリシュは軽くワンステップで容易に距離を明け渡さない。右手に持ったレイピアを構え追撃体勢。そこから雷の如く鋭い突き。切先は肋骨の隙間を嘲笑うかのようにすり抜けると、赤く結晶のような外魔獣モンスターの急所へ深々と突き刺さった。


『……グッ……オオ……』


 動きを止めた外魔獣モンスターは短い呻きを最期に残すと、頭部からサラサラと細かな灰となり散っていく。外魔獣モンスターの消滅をしっかりと見届けたエリシュは、突きの体勢から体をようやく解放した。俺の瞳には、凛とした立ち姿のエリシュが映る。


 エリシュはレイピアを頭上に掲げ大きく一振り。緑色の液体を刀身から振り払うと、無駄のない所作で鞘に納めながら、ゆっくりと俺に近づいてきた。


「そんな軽装備プロテクター一つ身に付けただけで……ましてや単独ソロで下層を目指すなんて、無茶を通り越して無謀すぎるわ」


 だらしなく体を横たえる俺の半身を持ち上げると、エリシュは俺の胸にそっと手を乗せる。


「慈悲深い緑の精霊たちよ、手負いの者に癒しの力を」

 

 エリシュの手のひらから、優しい光が俺の体の隅々にまで流れ込む。次第に痛みが和らいでいき、自力で体を支えるくらいまで力が漲ってきた。


「これが魔法の力ってヤツなのか……すげえな。エリシュ、すまねぇ」


 剣を杖代わりによっこらしょ、と体を立てる。右手を握っては広げ、自分の力の回復具合を慎重に確かめる。

 打撲の痛みがまだ残ってるものの、裂傷の血は止まり、骨も筋もしっかり繋がっているようだ。


(腕も足もしっかりと動く。……よし、大丈夫だ!)


 そして玲奈への情愛も断ち切れちゃいない。この鋼の想いはどんな攻撃に晒されたって、両断することは不可能なのだから。


「ありがとうエリシュ! じゃ、またな!」


 片手を上げてエリシュにお礼のポージング。

 と、同時に足はすでに踵を返している。

 俺は迷路ダンジョンの最奥に向かって、決して挫けることはない力強い一歩を踏み出していた。

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