第2話 チートとか、マジいらねぇから!

「あいててて……」


 間抜けな自分の声で意識が繋がると、周りの景色が視界に飛び込んできた。

 生い茂る青々とした草木。遠方からチロチロと、小川のせせらぐ音が耳に届く。

 ここはどこかの森の中のようだ。

 首をコキリと鳴らし左右を見やると、樹齢何千年もあろうかという大木が傘のように覆い広がっていた。

 そしてその幹に寄りかかる、薄絹をまとっただけの体の輪郭を惜しげもなく晒している一人の女性。


 俺と視線が絡み合うと、その優艶な唇が怪しく持ち上がった。


「フフフ……ようやく目が覚めたようね」

「おい! 玲奈はどうした!? アイツは無事なんだろうな!」

「起きていきなりソレを聞く!? まずは『ここはどこだ? 俺は死んだのか?』とか聞いてくれないと、女神としての私の格好がつかないじゃない!?」


 俺は掴みかかりそうな勢いで、女神を名乗る女に詰め寄った。


「どうせどこかの天界とか、そんな所だろ? もうそんなの全然驚かねーし! 見飽きたし読み飽きたっての! ……それより玲奈はどうしたんだ! アイツは助かったんだろーな!?」

「これだから最近の子は……! 残念だけど、彼女も君と一緒に死んじゃったわ。むしろ体が丈夫な分、君のほうがほんの少ーしだけ、生きながらえたけどね」

「そ、そんな……」


 膝がポキリと二つに折れ、力なく膝を地につける。長い紫紺の髪を指できながら腰を曲げ、今度は女神のほうから顔を寄せてきた。その吐息で俺の髪が揺らめくくらいまで。


「さて、女神わたしの仕事をしていいかしら? 小笠原大和くん。君は不慮の事故で、お亡くなりになりました。何か一つ、願いを叶えて転生するチャンスを授けるのが、女神わたしのお仕事。さあ、君は何を望むのかしら?」

「……玲奈と一緒の世界。玲奈と同じ世界に転生させてくれ……!」


 見上げてそう言う俺に、女神は、はぁ? とその美貌を崩した。


「よ、よく事態が把握できていないようね……もう一度言うわよ。なんでも一つ、願いを叶えてあげるって言ったの。いい? なんでもよ。大体こういうときって、『俺ツエーしたいからチート能力ください』とか『ハーレム作りたいんで、モテる容姿をください』とか、『えらい貴族の子供に転生させてください』ってのが相場じゃない? よく考え直して……」

「……そんなモンいらねぇ! 玲奈のいない世界なんて俺はちっとも興味がないんだ! 玲奈もきっと転生したんだろ? なら、頼むから同じ世界に転生させてくれよ!」


 勢いよく立ち上がった俺を女神は荘厳な顔つきに戻り見る。その目つきは希有なモノを見るようでもあり、値踏みするようでもあり。


「……本当にいいの? 同じ世界に転生しても、姿形が変わっちゃうから、その子の事、分からないかも知れないわよ」

「大丈夫だ。俺ならきっと玲奈のことが分かるはずだ!」

「なにその訳のわからない根拠の元がまったく見当たらない自信は!? ……でも、面白いわね君。いいわ、その願い、叶えてあげる」

「……ほ、本当か!?」

「ええ。嘘は言わないわ。じゃあ用意はいいかしら?」

「え……結構すぐなんだな! ま、いいさ! チャチャっとやってくれ!」


 女神の右手から青白い光が生み出されるとそれが凝縮し出して形を成し、先端が円状の杖が出現した。女神は杖を天に翳すと、俺の体は白い光に包まれる。

 柔らかくて懐かしくも感じ、そして暖かい。


女神わたしの名前はメビウス。この名を名乗ったのは何百年振りかしら。だからご褒美としてあなたの願いとは別に、ちょっとした祝福ギフトをあげる。フフ、悠久の時を生きる女神のほんの気まぐれ。……それくらい興味がある素材よ、あなたは」


 傾聴していた女神の声から意識が剥がされ、段々と遠ざかっていく。

 心地よい輝きに身を預けると、ふんわりとした羽毛布団に沈むが如く、ゆっくりと俺のまぶたは落ちていった。

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