3.

 魔法少女は身体能力などと共に、自己治癒力も上がるらしい。ガラスの刺さった左腕の出血は、次第に治まってきた。


 焼き上げた大きな食パンの影に隠れ、稼いだ僅かな間にも、腕の痛みはどんどん引いていく。良いことであるのには違いないが、どこか不気味に感じてしまうほどに。



 ……と言っても、彼女がその気になればすぐにでも回り込み、わたしたちを殺すことだって出来るのだろうが……どうやら、本気を出していない相手にそのつもりは無いらしい。あの煌びやかなシャンデリアをわざわざ降りてまで追うべき敵だとさえ、思われてないのだろう。


 そんな状況の中、初めに口を開いたのは――冷静さを取り戻し、落ち着いた声で話すさん。


「身体への負荷が不安だけど、こちらも限界まで『チャージ』するしか無さそうね」


 そして、氷乃さんも初めから――


「しかし、使えるコアを全て使ったとしてもアレと対等に戦えるとは思えません」


 ――常に冷静沈着に動いていた。


 そして、わたしは――未だ、あの魔法少女の放った言葉全てに、動揺が隠せない。あの話を聞いて、落ち着いて物事を考えるなんて……到底ムリな話だった。


「ええ……。でも、こちらの戦力を補うのは『チャージ』だけじゃないわ。……ね、朝野さん」


「ふぇっ!? わたしの魔法なんかじゃ、あんなのとやり合えるかどうか……」


 そんな中で突然、八坂さんに話を振られて驚いてしまうが……八坂さんが言っているのはきっと、命岐橋のコアを撃ち抜くために使った、のことを言っているのだろう。


 正直、あの時だってとっさに思い付いただけで、うまく行く保証なんてどこにもなかった。もう一度、あの魔法を使って今度は五百ものコアを取り込んだ彼女を止められる自信なんてあるはずがない。


 八坂さん、氷乃さんがどれほどコアを持っているかはともかく、人間、生物であることさえ捨ててしまったあのような姿になるまでチャージをすることは決して出来ない。そして、その埋め合わせを、わたしの魔法――わたしの焼き上げるパンで出来るとは思えない。


 そんなわたしに向けて、八坂さんは――


「――大丈夫。もしダメだったらその時はその時。こんな所で、あんな魔法少女に一方的にやられるよりはマシじゃないかしら?」


「あれほどのネガエネミーを倒したのですから、恐らく大丈夫です。案ずる事はありません。……私たちで、あの魔法少女を止めましょう」


「そうよ。朝野さんのパンはあんなにも、私に力を与えてくれたんだから。大丈夫に決まってるわよ!」


 そんな二人の言葉に背中を押され――不思議と、さっきまでの不安はすっかり消え去り、やがて自信が――心の奥底から湧き上がってくる。


 ……そこまで言うなら。


「わかりました。……やりますっ!」


 やるしかない。


 そして、わたしは目を閉じ――『Convert』――全神経を研ぎ澄まし、込められる全ての想い、力を詠唱という名の生地へと練り込んで、そのまま焼き上げる。



 ――その場に焼き上がった二つのパンは、あの魔法少女の身体が放つ虹色にさえ負けないほどに――こちらも純白の光を放ち、光り輝いていた。


「な、なにこれ……っ!?」


 さっきとは比べ物にならない出来のパンに思わず、焼いた自分自身さえ驚いてしまう。


「これが『力を分け与えるパン』――ですか」


「いえ……、さっき私が貰った物よりも凄いわ……。こもっている魔力が違いすぎる」


「――どうぞ。わたしの……ですっ」


 白く光り輝く、わたしの全てを込めた二つのパン。それを八坂さん、氷乃さんへとそっと手渡す。


 小さいながらも、沢山の想いがこもったそのパンを、二人はぱくりと一口で、一思いに――飲み込んだ。


「これは……。まだチャージもしていないはずですが、それ以上の力が溢れてきます」


 これは自分自身の力なので、わたしが焼いたものを自分で食べても効果はない。パンを通じて力を人に分け与える、そんなわたしの魔法。それはまるで……家の手伝いで、パンを焼いている時のようだった。


――『美味しいパンで、みんなに笑顔になってほしい』――


 わたしがお手伝いでパンを焼いている時に、いつも考えていることだった。焼くのは魔法だったり、パンを通じて届けるのは力だったり、普段と違うことだらけでも……その考えだけは、全く変わらないのだった。


「――まだよ。一度の『チャージ』で自我を持ち堪えられるとすれば、コア五つ分まででしょうね。……みんな、コアは足りているかしら?」


「はい、問題ありません」


「わたしは――」


 サポポンに目配せすると、すぐに――


『全部で五個だね』


 偶然にもピッタリだった。あの時、八坂やさかさんと一緒に戦って、譲ってもらったコアが……まさか本当に役立つ事になるとは思ってもみなかった。


「どうやら大丈夫みたいね。それじゃ、行くわよっ!」


 いつも以上に気合が入った八坂さんの、力強い声に続けて――



「「「『チャージ』――ッ!!」」」


 わたしたち三人の叫びが、ゆっくりと流れる魔法少女たちの時間ときの中で響き渡る。

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