6.

「私のさえ、口の中に撃ち込めれば――そう思ったのだけれど……」


 たった一本――彼女の背後、その影へと隠していたおかげか、あの咆哮を直に受けずに割れなかった、右手に握るガラス瓶を見つめ、そう呟いた。


 その中には燃料が詰まっており、割れると同時に発火し、辺りを燃やし尽くす……彼女の得意武器だ。しかし、あれほどの大きな敵にこれ一本だけでは、流石に心許ない。今更この一本を撃ち込んだところで、焼け石に水だろう。


「仕方ないですよ。あんな攻撃、わたしもどうすることも出来なかったので……」


「いえ、幾らなんでも……私だってアレは対処出来ないわ。本当にどうしようもない敵だわ。お手上げよ」


 勝てるはずのない。そんな空気が二人の間を漂い続ける、先の見えない状況の中。


 わたしはまだ、口に出すことさえしなかったが――この状況を打開できるであろう策を一つ、思いついていた。ただし、それは……あまりにも危険すぎる賭けだった。


 一度、わたしがネガエネミーを撃破したことのある方法の中に、『ネガエネミーの内部に持つコアの直接的な破壊』がある。ドアが沢山取り付けられた奇妙なアパートのような、そんな建造物の形をしたネガエネミーと戦ったときの話だ。


 あれも、わたしの攻撃をほとんど受け付けなかった。そして、そのまま中へと引きずり込まれ、一度は敗北をも決意した――そのギリギリで。わたしは内部に隠れていたコアを破壊し、倒すことができた。


 今回も、それが通用するのではないか? ……と、わたしは密かに考えていた。しかし、それは――言うまでもなく、とても危険だ。


 アパートのネガエネミーと戦った時でさえ、暗闇に、感情に、呑まれかけたのだ。この都市伝説の中へと潜り込んで、なにが起こるのか……想像もつかない。


「……朝野さん。何か、打開策はないかしら……? 先輩として情けないけれど、私にはもうお手上げね。ごめんなさい」


 それでも、この状況を少しでも変えられる可能性があるのなら――


「――あります。あのネガエネミーを倒せるかもしれない方法が。でも――」



 ***



「……あまりにも危険すぎるわ。その時はたまたま生き残れたのかもしれないけど、今回も上手く行く保証はない。私はともかく、一週間前に魔法少女になったばかりの貴方を死なせる訳にはいかないわよ……」


 ――話してみたものの、八坂さんからは当然といえば当然の反応が返ってくる。上手く行く保証なんてないし、危険すぎる。あの時だって、彼女の言う通りたまたま――九死に一生を得たようなものだ。


「でも……わたしも、もうこれくらいしか思いつかなくて……」


「とにかく、そんな危険な真似――絶対させない。いくら魔法少女の死が、本当の死じゃないとしても……朝野さんのような魔法少女が、こんな所で死んではいけないわ」


 ……でも。


「でも……このまま、ネガエネミーを放って、関係のない人たちがあの都市伝説に呑み込まれていくのを黙って見ているなんて、そんなの……わたしにはできませんっ」


 ……魔法少女であるわたしたちが戦わずに、関係のない人々が犠牲になって……それで、これからも魔法少女として、胸を張って戦うことができるのだろうか?


「……」


「危険な賭けかもしれないですけど……守るべき人々を見捨てて逃げたりなんてしたら、それは――魔法少女として死ぬのと、変わらないじゃないですか。

 わたしはここで逃げちゃったら、もう魔法少女として……戦えないと思います。それなら、わたしは一人でも戦います!」


 わたしはそう言い切った。勝てる見込みなんてない。……それでも、立ち向かうと。


 そんなわたしの言葉に、八坂さんは――


「……分かったわ。貴方を一人で行かせる訳にはいかないし。それに、朝野さんの言う通りだったわ。人々を守らずに逃げ出す魔法少女なんて、確かに死んだも同然かもしれないわね。

 ……ただ、その前に。――サポポンッ!」


 八坂さんは、叫び――少し離れた所で待機していたサポポンを呼び戻す。彼女のサポポンと共に、ジャムパンの見た目をしたわたしのサポポンも一緒だ。


「……をお願い。朝野さんも、自分のサポポンにやって貰って。身体に負荷を掛ける、諸刃の剣だけど……無謀には、無謀で返すしかないでしょう?」


「それって、昨日言ってた……? ――わかりました」


 昨日、ネガエネミーを倒した時に話していた、コアのエネルギーを自身の魔力に変える――というものだろう。彼女が言っていたとは、まさにこういう時の事だったのかもしれない。


「……サポポン、お願い」


『八坂星羅も言っていたけど、これは諸刃の剣。使いすぎには注意すること。……ちょっと痛いかもしれないから、我慢してね』


 そう言うと、サポポンはコアを一つ取り出し――バキッ! とコアが砕けた。そして、コアから溢れ出した紫色のエネルギーが――わたしの身体へと、入り込んでいく。


「……っ!? ――うぐううぅぅ……ッ!!」


 外から得体の知れないが入り込んでくるという、これまでに経験した事のない未知の感覚に思わず、声を上げてしまう。


 しかし、同時――確かに、身体の中の魔力が、どんどんと高まっていくような……そんな感覚もある。


 これが、より強い魔力を扱える、――


「……私は魔法少女として、とても大事な事を忘れていたみたい。思い出させてくれて、ありがとう。――それじゃあ、朝野さん。行きましょう!」


「……はいっ!」

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