2.

「こむぎー、それじゃまた明日ね〜」


「ばいばーい、つばめちゃん!」


 その日の学校を終えて家路につくわたしたちは、丁度『朝野パン工房』――つまり。自宅の前で軽くあいさつを交わし、つばめと別れる。


 わたしの家はここだが、彼女の家は、ここからさらに歩いたところにある。……といっても、そこまで互いの家が離れている訳ではない。徒歩で少し歩けば行き来できるほどの距離だ。


 手を振り、彼女を見送ると……周囲に人目がないことを確認したわたしは、そのまま家へと入る――事はせずに。隣に浮かぶジャムパン……サポポンへと話しかける。


「それじゃあ、今日も魔法少女の仕事にいこっか、サポポン!」


 誰も見ていないこの状況じゃなければ話せない、魔法少女のサポートをする精霊――サポポンに、わたしはそう告げると、続けて――わたしではないもう一人の自分を呼び起こすかのように。小さく、静かな声でつぶやいた。


 ――『BREADブレッド』――


 わたしに与えられた魔法少女としての名前――通称、『魔法名』を詠み上げる。


 それが魔法少女としての自分を解放するためのキーであり、言葉にすることで、内に秘められたを呼び起こすことができる。


 魔法名を紡いだ直後――周りの風も、空に浮かぶ雲も、街に響く虫の鳴き声も――その全てが、まるで止まってしまったかのように……ゆっくりへと変わる。


 もう何度も、魔法少女になって経験しているはずのこの感覚も……未だ、慣れることはない。そんな、不思議な空間へと変わった世界で――


「……いこう、サポポン。このあたりのネガエネミーを探索して!」


『ここのところ毎日、魔法少女の仕事をしてるけど……身体は大丈夫かい? 今日一日くらい休んだところで、誰も文句なんて言わないよ』


 魔法少女になったあの日から今日まで毎日――と言っても、一週間すら経っていないのだが――倒すべき敵、ネガエネミーと戦っているわたしをサポポンは気遣ってくれているが――


「ううん、これは魔法少女にしかできないことだし、わたしが頑張らないと。それに、早く仕事にも慣れないといけないしね」


 わたしが頑張れば、助けられる命がある。……決して、陰ながら動き、誰に見られている訳でもなく、誰に褒められたりする訳でもないこの仕事も――そう思うだけで、心の底から力がみなぎってくるのだった。


『やっぱり、ボクの目に狂いはなかったみたいだ。……魔法少女として充分な素質、そして――』


「わたしなんか、そんな褒められるほどじゃないよ。今でも、魔法を完全に使いこなせるって訳じゃないし……。

 でも、魔法少女に選ばれた以上は、その役目を果たしたいし……こんな。特別取り柄もないわたしに、人助けなんて大層なことができるのなら……って思っただけ」


 早く魔法少女として一人前になるためにも……初めて魔法少女となった日に見た『黒い魔法少女』のように強くなって、さらにたくさんの人々を守るため。


 魔法少女になってから五日たった今日も、グレーと茶色をした魔法少女の衣装を身に着けて――ぴょんっ、と一飛び。そのまま青い大空へと飛び立った。


『……そういう所なんだけどなあ。確かに魔法の才能もあるけれど……ボクがこむぎを選んだ決め手はそれだけじゃない。とでも言うのかな』


「サポポン、なにかいった?」


『ううん、何も……』


 わたしの前でなにやら、一人でつぶやいているサポポンにわたしは声を掛けるが――まあいいかと、ネガエネミーの反応を辿って、案内する彼へとついていく。

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