2.

「……きっと疲れてるんだよね。久しぶりの学校だったし、仕方ないよ。わたしは何も見えてな――」


『さっきからナニをしているのか、ボクには理解不能だけど――これは夢でも幻覚でもないし、ボクは「魔法少女」のサポートをする精霊、サポポン! よろしく、朝野こむぎ』


 現実逃避をしようと、自分にそう言い聞かせるわたしの声を遮って、普通に考えればあり得ないこの状況を現実だと押し付けてくるように。中性的な声は、わたしに向けて長々と話し始める。


 魔法少女? 精霊? サポポン? 現実離れした単語が、頭の中に一気に詰め込まれていき……今の一瞬だけで、頭がパンクしてしまいそうだ。


「なんか声まで聞こえてきちゃった……。お母さんに言って、今日は休ませてもらおうかなあ……」


『いい加減に現実逃避はやめて、ボクの話を聞いてほしいんだけど……』


 何度目を逸らしたところで、現実逃避を続けたところで、この中性的な声の主であるわたしの作ったジャムパンが目の前で浮かび続けているという、未だ信じられないし信じたくもないこの現実は変わらない。


 ……話が進まない。わたしは渋々、『サポポン』と名乗った、自分でつけた覚えもないのにいつの間にか顔が付いている、不思議なジャムパンの話を聞いてみることにした。


「サポポン……だっけ。これは一体どういうことなの? それに、この状況を誰かに見られたらまずいんじゃない?」


 ジャムパンに向かって真剣な表情で話しかける女の子という、マンガの世界ですら見たことのないようなとんでもない状況を誰にも見られたくはない。


 ……しかし、そんな心配は無用だったようで、


『大丈夫。魔法少女になっている今なら、周りの時間はまるで止まっているかのようにゆっくりと流れる。少し見られたとしても、周りの人には視認さえできないほどの一瞬だから大丈夫だよ』


「へぇ……。って、? なっている……?」


 唐突に出てきた、頭の中に広がるお花畑のようなその単語。当然、訳もわからず聞き返す。


『自分の服を見てごらん。これがキミの、魔法少女に変身した姿だよ』


「えっ? ……な、なにこれ……っ!?」


 わたしは恐るおそる、サポポンに言われた通りに自分の着ている服を見てみると――さっきまでのエプロン姿だったわたしが一変。


 一見、いつも通りの制服とエプロン姿かと思ったが――いつもより、やけにフリフリしている。


 グレーと茶色の、チェック柄をしたシャツとフリルスカートの上から、純白のエプロンをつけた――一応エプロンは付けているものの、とてもじゃないがパンを焼くような格好ではない、どっちかと言えばメイドさんの方が近いような……そんな服装へと、全く気づかないうちに早着替えされていた。


『驚いたかい? これが「朝野あさのこむぎ」、キミの変身した姿――魔法名は【BREADブレッド】さ』


 魔法少女。……その名の通り、魔法で戦う女の子。それに、わたしがなった? いやいや、あり得ないでしょ……。


 でも、確かに――目の前で、ありとあらゆる不思議な現象が次々と起こっているのもまた事実。信じたくはないが……今はこの、全ての不思議の元凶である、このサポポン……ジャムパンに宿った『精霊』とやらを信じるしかない。


『じゃあ、早速「魔法少女」について、色々と教えてあげよう。ついてきて!』


 思わず、サポポンに言われるがままについていきそうになったが……わたしは今、パンを作っている最中だ。仕事を投げ出して、勝手に抜け出してしまえば――お母さんに、ひどく叱られてしまうだろう。


「わたし、家のお手伝いでパンを焼かなきゃ……。仕事を投げ出すことなんてできないよ?」


 たしかに、その気持ちがあるのも本当だが……もう半分の本音は、これを口実にして、この訳の分からない状況から逃げ出したいという気持ちが大きかった。一体これから、何に巻き込まれようとしているのかも分からないのだ。


 しかし、非現実的なこの現実はあまりにも非情だ。


『大丈夫! 魔法少女に変身しているキミ以外の時間は1000分の1――つまり、ボクたちの16分40秒が、周りでの1秒になるんだ』


 そうだ。さっきも言っていた気がする。時間が――まるで止まっているかのようにゆっくりと流れるんだ――って。頭の整理が追いつかずに、すっかり忘れていたけれど……


『それじゃあ行こう。ここじゃ、魔法少女について説明するには狭すぎるからね』 


 そう言うと、サポポンは工房の、開いた窓から――ひょいっ! と、浮かびあがって、そのまま外へと飛び出していく。


「ちょっ、待ってよーっ!」


 わたしは、自分が飛べるからといって、先にさっさと行ってしまった彼(?)を追いかけるため、厨房を出て、玄関へと向かう。


 魔法少女……とやらになったままのわたしは、その元凶らしきサポポンに置いていかれてはならない。こんな訳の分からない状況に、一人残されては困る。

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