第十六話【魔法の杖】

「フィリオ君も知っていると思うけど、私の魔法の得意属性って、実技の授業では向いてないんだよね」

「アムレットは補助や回復の魔法が得意だからな。調べた限り、一年の実技ではやらないらしい、というのは前に話した通りだな」

「うん。だからね。実技に使えそうな杖を色々相談したんだけど、どれも高くて……買えるやつもあったんだけど、それを買っちゃったら、得意な魔法用の杖を買うお金なくなっちゃうから」

「ああ。なるほどな。一年での実技ではなくても、学年が上がればアムレットの得意とする魔法の実技も当然ある。本来ならそっちで本領を発揮するべきだが」

「うん。でも、たぶん杖が無いと私、進級できる自信がない……」


 アムレットの悩みは理解した。

 俺たち貴族であればいくら学園の成績が悪くても、年度が変われば進級できる。

 ところが、アムレットのような平民からの編入生は、進級試験があり、それまでの各学科の成績と当日の試験結果で進級の可否が決まり、複数回落第すると、学園から追放される。

 結果だけ見れば元の暮らしに戻るだけだが、アムレットは当然のことながら進級を目指しているようだ。


「ひとまず今年用の杖を買って、来年用の杖を買うために今から資金を貯めるってのはだめなのか?」

「無理だよ! 杖ってびっくりするくらい高いんだよ⁉ 購入資金の額を確認した時、桁を何度も確認しちゃったんだから! でも、お店に行ったら、それでも安いやつしか買えないって……」

「いったいいくら貰ったんだ?」


 俺の質問に、アムレットは勢いよく開いた右手を前に突き出す。


「五十万ゴルドだよ‼ 凄いよね! これだけあれば、十年は暮らしていけるよ‼」


 何故か鼻息の荒いアムレットを見ながら、俺は思いついた答えを告げる。


「一応先に聞いておくが、それは杖を買うためなら自由に使えるんだな?」

「うん! 勝手に他のことに使えないようになってるみたいだけど、杖を買うならこの金額までなら大丈夫だって! お店に注文して、支払いを学園宛にしてもらえば、代わりに払ってくれるみたい!」

「そうか。じゃあ、明日の魔法の指導は無しにして、俺と一緒に杖を作りに行こう」

「ほんと⁉ ありがとう! ……て、え? 買いにじゃなくて、作りにって言った?」

「ああ。作りに、だ。とりあえず、先に話をつけておかないといけないから、今から向かおう」

「え? え⁉ 今から行くって、どこへ⁉ ねぇ⁉ フィリオ君? 話についていけないよ⁉」

「話は移動しながらだ。あそこの親父は、店を閉めるのが早いからな。今からでも急がないと間に合わないぞ!」


 机に置いてあったものを無造作に鞄の中に突っ込むと、俺はアムレットの返事を待たずに図書館を出て外へ向かう。

 アムレットも状況を呑み込めないままに、後から俺を追ってきた。

 外へ出ると俺は人気のないところへと足を進めた。

 そして、鞄から敷物を取り出し地面に広げる。


「はぁ、はぁ! もう、フィリオ君。早いよぉ。しかも、それ何?」

「歩いて行けるところじゃないからな。これに乗って行く。さっきも言ったが、説明は移動中にする。とりあえずこれに乗ってくれ」

「これに乗れって……乗ったらどうなるの……って⁉ きゃあ‼」


 俺の浮遊の魔法を付与した敷物は音もなく空へと舞い上がる。

 アムレットは突然浮かび上がった自分の身体が転げ落ちないようにと、必死の形相だ。


「大丈夫だ。間違っても落ちる心配はない。それじゃあ向かうぞ。ただ、二人だと重たくなる分、速度が出ないんだよな」

「重いって! 私そんなに重くないからね‼」


 何故か抗議の声を上げるアムレットを無視して、俺は目的の店まで可能な限りの速度で飛んだ。

 きちんと帰りの分の魔力も残さなければいけないから、そこまで速くはできないが、それでも閉店までには間にあうだろう。



 学園から離れ、人里離れた村の一角に、目的の店はあった。

 赤い三角屋根のその店を見つめ、アムレットは俺に答えのわかりきった質問をしてきる。


「これが、フィリオ君の言っていた、凄腕の杖職人のお店?」

「ああ。なかなか癖のある親父だが、腕は確かだ」


 答えた俺に、アムレットは眉間にしわを寄せながら、サラに質問を投げかけてきた。


「なんでフィリオ君こんなところ知ってるの? どのくらい飛んだかわからないけど、学園から随分離れてるよね?」

「あー、それは、その。そうだ! 父親の知り合いの友人から聞いたんだよ!」

「フィリオ君って記憶喪失じゃなかったっけ? 昔のこと覚えてないんだよね?」

「ああ! だから、最近だよ。最近。俺も最近知ったばかりなんだ」


 本当のことを言えば、ここの店は俺が魂の状態の時に訪れたことのある場所だった。

 訪れたのは随分と昔の話だが、杖のことを思い出してから、試しに一度訪れたところ、昔と変わらずにやっていた。

 まさかそんなことをアムレットに言えるわけもないので、とっさに思いついた嘘を言ったが、どうやらごまかせたようだ。

 アムレットはいまだに訝しげな顔つきをしているが、質問は飛んでこない。

 とりあえず、気まずい雰囲気を変えるために、店に入ろうと言おうとした瞬間、触れてもいない扉が勢いよく開いた。


「誰だ! 店の前で騒いでるのは‼」


 開いた扉の奥から俺たちが喋っていた声より数倍大きな声で怒鳴りつけた人物。

 彼がこの店の杖作りの職人の一人だ。

 アムレットは、自分より小柄で髭もじゃなその男性を見て目を丸くしていた。

 そして俺の方に丸い目のまま顔を向け、再び質問を投げてくる。


「フィリオ君。凄腕の職人って……?」

「ああ。彼がガストン。ドワーフなんだ」

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