(二十五)隠しごと

 武官府でりんは皆に囲まれ事の真相を話すよう促されていた。


「で ですから桜花おうか妃様が狐の手袋だと言われたので調べていました。それが毒草だと分かり……桜花妃様は一切出処が不確かなものには口を付けないので、そ そのうち食事にまぜられるのではと心配で……配膳係を見張っていました」


「誰が狐の手袋だと申した?」

「桜花妃様です……」

「…………?」


 そこへ、紫葉しよう皇子が血相を変えて戸を勢いよく開け放つ。


「毒が盛られたとは何事じゃ!?美桜は、無事であるのか!?」

「これは、紫葉殿下、桜花妃なら心配御無用。少し調子が悪く休んでおるだけで……」

「調子が悪い……?此度の毒、誰の仕業か。まさか母上か……」

「紫葉殿下っ突拍子もない、不謹慎ですよ〜もー」

 と菊之輔きくのすけが遮るが、

「なに?慎みを忘れた行いを常にするのが母上じゃ」

「…………」


 ◇


 美桜の部屋


「夕貴殿下、私、隠している事があります」

「なんだ、まだあったか。次は何が出るか……うーん。実は私より年が上か?実は…… 」

「私はそんなに老けておりますか」

「冗談だ。真に受けるな。そなたは美しい」


「夕貴殿下、私は母を亡くした頃から……人の心の声が聞こえてしまうのです。……誰にも言わずこれまで生きて参りましたが……」

「……心の声?考えている事を読むと?」

「……はい 手や体に触れた時だけです」


 半信半疑の夕貴は、美桜の手を握る。

 黙ったままじっと美桜に寄り添うように待つ。


「今、『まさか、私に触れる度この心は全て知られていたのか?真だとすればなんとも恥ずかしいではないか。しかしそんな不思議な力誰が信じよう……』というのが、私の頭を駆け巡った言葉です」


「…………」

「あ!今『蒲鉾食べたい』と考えました」

「はははは まことか……見事だな……本当にこんなこと……。でも、私はそなたと言葉にして心を通わせたい……。ああ、それで此度の毒、その読心術で出処の見当はついたと?」


「女官が漢方茶を運んできた際に、触れて……松前まつまえ妃が運ばせたと知り、口にしませんでした。女官は口では蓮華れんか妃からだと申したので、蓮華妃を訪ねた所、同じ器を竜胆りんどう皇后より渡されたと。

 それから、薬師に触れた際、私に盛られた毒は狐の手袋だと聞こえたのです。」


 止めどなく語られる美桜の話に静かに耳を傾け、考え込む夕貴。


「では、こうか。竜胆皇后と松前妃が組み、蓮華妃が美桜の漢方茶に毒を忍ばせたと芝居を打つが、美桜は気づき、さらに薬師から狐の手袋を使ったと読み取った。これをどう……」


「わかった所で、誰も何も言っていないのですから……どうも出来ないのです」


「いや……立場が弱い者を責めたくはないが、ここは押し切るしかない。放っておけばまたそなたが狙われる。」


 ◇


 武官府


「では、今後、皇后、皇子、妃達が口にする物はみな同じ様に盛り、誰がどの膳を口にするか伏せようではないか。なんなら余が美桜の膳の毒味をしても良い」


「紫葉殿下っ!どこにそんな皇子がおりますかあ……第一どの女官が悪党か分かりもしませんのですよ」

 とまた菊之輔は呆れたようにため息をつく。


「紫葉殿下、私が今から関わった女官、薬師の取り調べを行います。鈴!美桜の口にする物は今日から武官府で用意しろ、いいな?毒味は私がする。」

 とやって来た夕貴が淡々と話す。


 さらに「毒味は私が」と言ったのは呼ばれた侍従武官のおうぎであった。

 龍人りゅうじんも共に立ち「扇!いい御膳食いたいだけだろう?」と言う。


「なんと……桜花妃は大層立派な多くの毒味係がいること……」と桔梗妃は笑みをこぼすのであった。




 ◇


 武官府 取り調べの部屋


「本当に?夕貴殿下直々に取り調べされるのですか?」

「はい」


 武官長も扇も龍人もみな言葉を失う。止めるなどしようもんなら斬られそうな殺気に皆、後ろへ下がる。


「薬師、荒巻あらまき殿 学のある薬師ともあろう方が何故我が妻、皇子の正室に狐の手袋を?」

 狐の手袋と聞いて、冷や汗を滲ませ狼狽える薬師 荒巻。


「何か、褒美をちらつかせられたのか?」

「まさか…… 褒美など。」

「では、脅しか?知りうる限り全てを申せ。薬師として唯一やり直す最後の手だてだ。宮中の皆が負の呪縛から脱却する為なのだ、協力してはくれんか?」


 荒巻は夕貴を見据え腹をくくったように口を開いた。


「松前妃様付の女官が狐の手袋を持って来ました。体を温める漢方茶に混ぜろと……狐の手袋が何か私はすぐに気づき女官に出来ないと告げました。すると、同じ毒草を濃くしたものを私の女房、息子に飲ますと言われたのです……。話を聞いてしまった為断ることも許されず、私は……申し訳ございません……殿下。……私は殿下の奥方より自分の妻と子を……」


「……当たり前だ」


「…………」


「男たるもの、まず己の妻と子を守るのは……当たり前だ。だが、私に言ってほしかった……同じ男として、守るべき者を失うなどあってはならないだろ……」


「夕貴殿下……」


「すぐに荒巻殿の妻と息子を保護する。今の証言、裁きの場で使わせて貰うぞ。良いな?」


「はい 殿下」


 夕貴は、武官長に薬師 荒巻の妻子を保護する命を出し、さらに女官達も、薬師が吐いたと言われ全てを語ったのである。


 その夜、また武官見習いの佐助さすけは高台寺の丸栄まるえいの元へ走らされるのであった。

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