(十一)侍従武官の務め

 翌朝 夕貴ゆうきは第二皇子として、叔父の永安ながやすに連れられ皇帝が未だ回復の兆しがない中、会議の為御殿へと足を運ぶ。


 美桜マノスケおうぎは残された為久々に訓練をしようと武官府へ行こうかとしていた所であった。


 そこへやって来た武官の五名が目の前に立つ。


「おはようございます 先輩方」と扇は挨拶をするが相手方は険しい顔である。


龍人りゅうじん様がご納得行かなくてな」

「龍人様……」

 龍人とは武官府の若手の精鋭であった。多くの者が子分のように龍人を慕っていた。


「おめえら二人が宮中の殿下専属武官なんて力量あんのかってよ」

「そ、それは夕貴殿下が決められた事で……」

「ほら、どうせ立ってるだけのお役目。たまには稽古が必要だろ」


 と木刀を振りただ立っていた扇の足をパシリと叩く。

「いってえっ」


「おい、ここは夕貴殿下の部屋前。無礼である!」

 と美桜が言うも

「ははあ、雑魚が。すっかり上官気取りか。これは稽古だ。先輩の心使いだ」


 美桜は刀を抜かず、木刀を振り上げて走ってきた者に向かい砂埃を立ち上げながら滑り込み転がした、とともに木刀を奪い次から次へ相手をする。その立ち回りは無駄がなく可憐であった。


 その様子を呆気にとられて眺める扇の後ろから一人が木刀を振り上げ、後頭部をパーンと叩く、よろめいて突っぷした扇に、駆け寄る美桜

「扇!おいっ起きろっ」

 そして、あっという間に二人は五人に囲まれたのだ。


「おい、謝れ」

「何を謝るのですか」

「先輩方に無礼を働いたことだ。無能なくせに媚び諂って夕貴殿下の侍従武官になった事をだ」

「……断る」

「あ?」

「無闇に媚びぬ、無闇に詫びぬ」


「何言ってんだ……女みてえな顔で」

「女じゃねえのか?」

「見てみるか」と悪戯に美桜を押さえつけ袴を脱がそうとする先輩達。

「離せっ離せ」


 その声に気がついた扇は静かに立ち上がり、真剣を抜いた。

「離せ 斬るぞ」


 先輩方はさっと立ち上がり木刀を落とす。

 しかし、それは扇の背後からやって来る夕貴と永安を見たからであった。


「何事だ!」

「何をしておる、武官府の者が」


 地面から砂だらけで踏みつけられ衣も乱れた美桜が起き上がったのを見た夕貴は目を見開いて驚く。


「いえ、私達は稽古を。失礼いたしました。夕貴殿下」


「跪け」

「え」「「…………」」

「跪けと言ったのが聞こえぬのか」


 並んで膝をついた五人


 その背後に回った夕貴は、背中を蹴りうつ伏せに倒す。

「尻を出せ」


 木刀で尻を叩く。

 バチン バチン バチン バチン バチン


「扇、この者らの名を控えておけ。降格する」

「……はい」


「マノスケ、来い」

 夕貴は部屋へと入る。

 身なりを整え砂を振り払いながら夕貴に付いていく美桜。


「どうしてやられた?」

「あ、いえ。それは武官見習いと先輩方のよくあるものでして」

「何がどうなれば、あのように袴を下げられる?」

「それは……女みたいだと、確認をしようとした……ためです」

「……はあ」

 夕貴は溜息を付きながら額に手を置く。


「扇は何をしておった?」

「あ……のびておりました」


 なんとなく事情を理解した夕貴は部下の不甲斐なさにまた溜息を一つついた。


「今度 何かあれば刀を抜け」

「……しかし」

「刀無しで勝てると自惚れるな。それと、男に力で勝てない事を忘れるな。わかるな?」

「……はい」

「次また何かあろうものなら、女官にする」

「はい」


 部屋の前で声に耳を傾けるうちに入るに入れず、立ち聞きする事となってしまった扇は足が竦み動けずにいた。

「男には勝てない?……女官?」


 そこへ出てきた美桜は扇を睨む。


「もう、扇が後取られたからだぞ」

「……ご ごめんなさい」

「え?」

「あ、いや。ん そうだ!鈴ちゃんの様子見に行こう」




 その晩のこと


「扇、マノスケ」

「はい。まだ眠れませんか」と返事を返したもの、武官のような出で立ち、藍染服の夕貴に呆気にとられる二人。


「夕貴殿下……?」

「外へ参る」

「え?!」

「近々正室とやらを迎える。その前に、外の空気を吸いたい」

「ああ」

(そうかあ、夕貴殿下もやはり女関連には緊張されるんだ。ここは我ら部下が共に……いや私は一応女、でも扇は知らないことだ。)


 三人は、音を立てずまるで忍者の如し塀を飛び越える。


「忍法 殿下脱走の術」

「こらっ扇」

「今からは夕貴と呼べ」

「えー無理です」

「命令だ」

「分かった 夕貴」

 と素直に呼ぶ美桜の頭をこつりとコツいた夕貴は先に歩き出した。


 その懐かしい一本に揺れる髪を眺める美桜。


「妓楼にでも行くか」

「「え」」

 女の美桜も、美桜が女かと悟った扇もその突拍子もない案にたじろぐのであった。


「嘘にきまっておる。さ、何が良い?酒かおでんか、蕎麦か」

(なんだ、皇子のくせに質素だな。贅沢を知らぬ皇子だから仕方がない。私だって贅沢、何が贅沢か、天ぷら?)


「じゃあ酒ですね」

「扇の酒癖は困るんだけど」

「大丈夫だ そんなに飲まないって」


 酒屋へ入ってしばらく、扇は酒癖が悪いのではなく酒に弱いだけであった。


「はあ……扇、まだニ杯だぞ。たったのニ杯。」

「マノスケ、お前は何杯目だ?」

「飲んでません」

「あ そうか じゃ飲め」

「いや もし刺客でも来たら」

「大丈夫だ。私がいる。その時は扇が夕貴だ。」

「ひっ酷いですね〜」


「お前、猪口ちょこの持ち方まで……」


 男みたいだなと言いかけてやめた夕貴。美桜の仕草は男らしいのであった。肘を上げぐいと酒を飲み干し、夕貴の前に座っている美桜。足だって開いている。だが、その上品に整った顔が女と知れば女以外の何にも見えないのであった。

 時々席を立ったり出入りする客に鋭い目を向ける美桜をじっと見ながら夕貴は、話しかける。


「一度はお前が笑うのを見てみたいな」

「え、笑いますよ 普通に」

「いや、笑ってない。気を抜け少しは、せめて私が居る時は抜いても良い」

「夕貴殿……あ、夕貴。違うでしょう。あなた様が居るから気が抜けない。」

「そうか私が邪魔か。では、見習いに戻すか」


「お前のケツはつるつるだったな」

「…………っ?」

 酔いが回ったような扇がポツリとこぼした。


(ケツ つるつる?あ!まさか、あの道場の風呂場ズッコケ騒動……なんで今更……やめて。その話。夕貴殿下、無視で頼みます)


「ケツがどうした?」

(あ、聞いてしまった)

「は、マノスケが道場の風呂でケツだしたんですよ。それをたまたま見ちまって、んでにゃら は」


 美桜に足先をぐりぐり踏まれ言うのをやめた扇であった。

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