(六)団子屋でひと騒動

 宴どころではなくすっかり日も暮れ、急いでりんが炊いた飯に漬物と汁となった。


「皆、用心しろ。私も今日からここで寝泊まりする」


(え、夕貴殿がここに?)

「…………」

 皆言葉を失ったようだ。


 襖で区切られた横つなぎの部屋に布団を並べ皆首を傾げる。とりあえずは一、四、五とした。一人部屋は一番奥の小部屋、鈴である。


 晩のこと、夕貴ゆうき美桜マノスケを四の奥にし、その隣へ寝るらしい。枕元には夕貴の刀が置かれている。


 なんとも言えぬ緊張感に眠れるか不安な美桜であった。

 ちらちらと目の玉だけを動かしては、様子を確認する。


 しかし、直ぐに佐助の大きないびきが響き渡り布団へ潜りいつの間にやら眠ったようだった。



 ◇◇◇


 三日後、試験に合格したおうぎが道場を去り宮廷へ訓練の為移る前夜、あれ以来浪人も現れない為気を抜いたのかちょっとした宴を開く運びとなった。


「ほら 鈴ちゃん酒 ついで〜」

「おいっ鈴ちゃんは芸子じゃない!」と美桜が代わりに酒を注いで回る。が調子にのり酔っ払う扇には頭から酒を振りかけたのだった。


 そんな美桜を見て鈴は微笑む。まさか美桜が女だとは残念であろう。


「何すんだ マノスケ!こら」

 と美桜を追い回す扇を、夕貴も微笑ましく見守る。そんな夕貴は酒は一口だけ口にしただけであった。やはり気は抜けないのである。


 美桜は、先に鈴と寝間へ行く。ただ単に夜も深まったからだ。だがそれを見た佐助が騒ぐのであった。

「あー!マノスケ!鈴ちゃんに手を出すなよ!」

(まったく、しょうもない うるさいやつだ)


「そんなわけ無い 誰か鈴ちゃんの部屋に行くもんならこのマノスケが斬る!」

「はははははっ」


 布団に入り美桜は物思いにふける。

(あの浪人は気になるが、早いとこ皇太子をどうにか……皇位継承者は他にいたか?正室の子はあの皇太子だけ。側室に姫が数人……刺客の言った隠し子は男……では、皇太子が消えたら……あ あの人そんな重要人物なのか?!)


 ふと、妖艶で白い髪飾りをした紫葉しよう皇太子の顔が浮かびなんとも言えない気分になる。

 しかし、この道場の者達に情がうつらぬうちに敵討ちをしなければと気が急っていた。

 もうとっくに情があるように見えるのは気のせいか。芝居で間抜けな仲良しごっこをしているのだろうか。


 そこへ勢い良く襖をバーンと開け、歩いてくる足音。


(誰だ酔っ払いか!鈴ちゃんに近づいたら許さない)と起き上がろうとした時、美桜に覆いかぶさるように倒れ込んだのは、扇であった。


「おいっ。扇 どいてくれ 重たいのだ」

 傷にだって当たって痛いのである。まあ痛みにはなれている美桜だが、やはり男が覆いかぶさってくるのは慣れていない。背が高く酒臭い男である。


「扇!」

『んー……マノスケ……俺がいなくて 大丈夫か……かわいいマノスケ……俺はお前が心配だ……今度浪人が来たら逃げるんだぞ』

「ん?」

 酔っ払い布団の中へ入り込み美桜にへばりつく。

「おいっ」と美桜は蹴り押し出すと共に誰かが扇を引っ張り飛ばした。


「なんだお前たち、そういう仲か」

「違いますっ。」

「あ そういう趣味か」

「違います!」


 白面しらふの夕貴である。

 改まったように美桜の布団の横に正座する。美桜もさっと座り身を正す。


「この道場には、親の居ないものが多い。みな訳あって特殊な生い立ちだ。あの浪人が探す者が本当にここに居るのやもしれん。」


「……はい」


「その時は全力で守りたいと思う」


「はい 夕貴殿」


 皇帝の隠し子が居るかもしれないという、そしてその隠し子は命を狙われているであろう。


(皆の生い立ちは分からない……本当にいるか。こんな脳天気な男達の中に?)



 ◇


 翌朝、扇を宮廷に連れていく夕貴は美桜も連れていく。


「やあ 嬉しいよ。マノスケまで送ってくれるなんてよ」


「頑張れよ 扇」


 いつまでも手を振る扇に早く行けと合図する美桜だった。



 帰り道、「少し寄り道だ」と夕貴は物売りが出店を並べる道を行く。

 美桜は団子屋か蕎麦屋にでも行けるかと期待するが、足を止めたのはべっ甲の簪屋。


「お侍さん、贈り物ですか?」

「ああ。たくさんあってこれは困るな、マノスケお前はどれが好みだ?」


 一つ選ぶこととなる。


 夕貴は一番装飾が少ない平打簪を手に取る。表面に花鳥風月の模様があしらわれている。


 並んだ様々な模様には桜もある。

「えーっと では」

 とやっぱりの桜を選んだ。


「へえ。桜はいいよね。最近じゃ梅より人気ですよ」


「ありがと おやっさん」

 夕貴は代金を払い簪を懐にしまった。




 川にかかる橋にも人がひっきりなしに行き来し砂埃が立ち込める。美桜は春、その川を屍のように流れた日を思い出す。今はもう桜の木も赤や黄色の葉を彩る季節になっている。こんな季節は桜紅葉を見ながら団子に尽きると美桜は団子屋ののぼりに目を向ける。


「マノスケ、団子食べたいか?買って帰るか皆に」

「…………」


「なんだ、どうかしたか」

 美桜は、夕貴の後に身を隠すように回り込む。

 橋の向こうから歩いて来るのは、道場に押し入った二人組の浪人である。


「夕貴殿、あいつら、あいつらです」

「豆と芋か」

「はい」


 夕貴はすれ違った二人にくるりと踵を返し付いて行く、その背後に身を隠したまま美桜も続いた。


 しばらく歩くと男らは茶屋へ腰を掛けた。

 反対側の茣蓙に座り盗み聞きを試みる夕貴。美桜は顔が割れている為腰を低くしながらそわそわしながら夕貴の奥へ座る。


「団子二本」

「はーい よもぎか?お醤油?」

「マノスケ」

「あ はい、よもぎで頼みます」

「串よもぎ二つね〜」


「結局、こんだけ這いずりまわってもみつかりゃしないっ」

「そら名前がな。生まれ年は皇太子と同じだ。蛇か?」

「まあ、近々謀反の疑いで、桔梗ききょう妃は罰されるだろ。嫌でも見つかるさ」

「皇子を隠した罪か」



「はい おまちど」


 美桜がてっぺんの団子を口に入れた途端、夕貴が立ちあがる。

「え」

(夕貴殿……な なにをする気……?)


 左足に重心を置き右足を上げる夕貴


 ドーーーン


 茣蓙に座り茶を唆る浪人を背後から蹴り飛ばしたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る