(二)手合わせ稽古

 夕貴ゆうきの手合わせ稽古が始まった。

 夕貴は武官として指導を任されている。


 武官見習い八名が並び己の番を待つ。試験を受けられのは今回は五名。

 やる気ない美桜マノスケは無論出遅れ最後尾となるが、他はみなやる気満々である。


 一番乗りはやはり佐助。

 自分でハサミを入れて手入れしていると言うオカッパとも呼べる童のような頭を振り、一直線に夕貴に向かう。しかし刀が触れ合うことなく夕貴は頭の位置を大きく変える様子もない。一つに結ばれた長い髪は少し揺れ動く程である。振りかざす一刀一刀をかわされる。

 そして、刀を叩き落され頭に一発食らうのだった。


「あ ああーいてーっ」


「次!」


 皆が敗れさり最後はマノスケこと美桜だ。

「ははっ惨敗だな俺たち」とみなお開きのように笑う。さよう、誰もが美桜マノスケが夕貴相手に歯が立つわけがないと考える。


「さ、マノスケ。来い」


 端正な顔がじっと睨む。

(わあ、眼力強い……なんて言ってる場合でない。多少本気で行かねば、この道場に対して無礼であると怒られる。)


「ヤーーーーッ」とドスが効かない腑抜けな声を出し、立ち向かうもバンバン弾かれ地面に肩から顔も叩きつけられる。しかし美桜の負けず嫌いがいつも彼女の原動力だ。


 小さい頃から踊子の母に舞を習っていた美桜は飛ぶのにも長けている。

 夕貴めがけ走り寄り、ぎりぎり刀が届かない辺りを狙い足を踏みしめ飛んだ。身を縮め伸ばしながら、空中で体をねじり木刀を振り下ろす


 トンッ


 力はないが、その刃先がストンと夕貴の肩に入った、いや入ってしまったのだ。

(あっしまった……)

 真顔で立つ夕貴、他の者もみな静寂に包まれた。


「見事であった。マノスケ、お前を試験に推薦する。

 皆、聞け。無闇乱暴に振れば良いものではない。マノスケのように、舞うように斬るのだ。相手が予期せぬ方へ動け。見て盗むが良い。」


「あ、あの推薦って?これは稽古では」


 夕貴はふっと笑って肩を叩いて去った。

『おまえはやはり筋が良い まるで女かと思ったが大した男だ』


(ああ しまった……。試験を免れなければ身体検査を受けられないのに。夕貴殿に期待されちゃってる……)


「おいっ。お前は運がいいな。あんな頼りない一刀で推薦だとよ」

「ちょいと夕貴殿は贔屓にしてるんじゃねぇか」

「マノスケは可愛いからな。女みていな顔しやがってよ」

「はあ」

「なんだよっ。ため息つくなら代わるぞ!」

(是非とも変わってほしい。)


「…………」無言で佐助が睨むのであった。



「あっ鈴ちゃんだ!」

「鈴ちゃーんっ!!!」

 洗濯を干す、洗濯や掃除をこなす下働きの女の子 りんである。


「鈴ちゃん、手伝うよ」


 美桜が話しかけたときだけは笑う。男どもみたいな下心が無いからか、たまに手や肩に触れ鈴の心を読んでいたからだろう。


「俺もーっ」

「駄目だおうぎはややこしいっあっちいって!!」

「なんだよっマノスケ」


「鈴ちゃんこの間饅頭ありがとう!みんなで食べたよ」


 また笑う。鈴は言葉を話さない。何故かは分からないが声を出さないのだ。




 ◇



「マノスケー!風呂っお前の番だぞ」

「あっはい!」


「ったく何で一人で入るんだよ。たまには兄貴分の背中くらい流してくれよ」


「やだねっ。そんなベタベタしそうな背中。潔癖症なんだ!生まれつき」

「なんだそれ。お前ー!もしや見られちゃまずいくらいお粗末なんだろ?」

 とからかった扇は美桜の股に、手を伸ばす。


「やめろ!急所蹴り上げるぞ!」

「やれるもんならやってみな~」

「寝込みを襲って踏み潰してやる!!」

「……こわ」

 お粗末どころか無いのだ。


 離れの風呂に向う途中


「残酷ね〜残酷ね〜」


 紅色の着物で岩に石を落とし打ち付け呟くのは麗麗。


「何してる?」

「ん 虫の観察」

「え?……はあ 早く帰りなよ」


 麗麗は少し変わっている。いや随分と変わっている。美桜に絡むためかいつもここらをウロウロしている。

 たしか武官道場は外からの女人禁制。けっこう緩いのだ。


 丸い檜の風呂に浸かる。

(あ~極楽。極楽。)


 ギーー


(え?何誰か入ってきた……。)美桜はとっさに肩まで浸かる。刀傷が見えてはまずいのである。


「マノスケっ!そんな華奢な体で武官試験なんて大丈夫?ほっそいね~」

(な、麗麗、人の風呂に入って来るとはなんて子)

 振り向かずに「もー悪趣味だな。見ないでおくれー」とごまかし、シッシッと手を振った。



(はあ また誰か来る前に出よう。)蛇腹の仕切り板に掛けた布に手を伸ばしたその時


 ギーー



「マノスケ!」


(これは、扇!!)


「鈴ちゃんがマノスケ着物忘れていったって言ってたみたいでこれ」


「あ゛ーーーっ」


 美桜マノスケは蛇腹の仕切りに手をつき見事にずっこけた。

 痛みなんぞ感じない。大事なところを隠そうと必死である。


「おいっ大丈夫か」



 うつ伏せで倒れた美桜の上に布が落ち背中は覆われたものの、尻だけは丸見えであった。

 動くわけには行かない。とりあえず顔すらも伏せたままである。


「だ 大丈夫。そこに置いて、置いといて」

「あ、分かった」



 ギーー


「あ、立てるか?マノスケ」

「立てるからー!!出ててー!!!」

「あいよ」


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