第四話 見かけじゃないんで、そこんとこ夜露死苦

 失恋しても嫌なことがあっても時間は流れてゆく。ぼんやりしていた昼休みに、珍しく三年生の男子が何人かどやどやとやって来た。


「麗子せんせー、身長計ってもいいっすか?」


「いいよー」


 いつも明るく! がモットーの麗子だ。

それに男子のこういうところは可愛いなと思って見ている。


「先生」


 測定待ちをする秋元拓也が話しかけてきた。


「何?」


「どうして……」


「『どうして』? あー、もしかして鼻炎のこと?」


 まったく見当がつかず、麗子は首を傾げてたずね返してみた。


「どうして、あれ……白衣とか着てないの?」


 麗子は思わず吹き出し、ガハハと豪快に笑ってやった。


「何? 白衣着てほしいわけ?」


 するといつも生意気そうな拓也が顔を真っ赤にした。


「いや、別にそんなんじゃなくて」


「拓也~、何想像してんの~」


 友人に突っ込まれ笑いが起きる。こういうくだらない会話も人間らしくて大好きだ。


 そんな生徒たちの中に優太をいじめたとされていた大川湊の兄、蒼がいたことに気がつき麗子は何の気なしに質問をしてみた。


「大川君、湊君と袴田優太君の話のことなんだけど」


 そこまで言っただけだったのに、葵は途端にキレてしまった。


「何? 麗子先生も湊がいじめたって思ってんの? ムカつくんだけど」


 そう言って出て行くと、他の生徒も麗子に冷たい視線を送り、「マジ最低」と言って保健室を後にしていった。


 ――何やってんだ、私は……。


 頭を掻いて顔を上げると、白衣のことを質問してきた拓也だけが残っていた。


「ごめんね、雰囲気悪くしちゃって」


「麗子先生。湊はいじめてないよ。絶対に」


「へ?」


「優太ってやつは親をかばってんだよ。親に叩かれたりしてるらしいし。それにお風呂も入ってないみたいだからさ。夏は臭くて近寄れないらしいよ。廊下ですれ違っても臭いしさ」


――ネグレクト……ってことか?


「いじめっていうけど、みんなが臭いって言ってるのにさ、たまたま湊が「お風呂入ってるのか?」って聞いただけ。それなのに……」


「わかった。色々教えてくれてありがとう」


 拓也はうなずくと、


「先生、好きな人いますか?」


 照れくさそうに質問してきた。


「いないよ」


 拓也は目を合わさず、又うなずくと、


「さっきの話、誰にも言わないでください。チクったって言われるし」


「絶対言わない。こう見えて口硬いし」


 笑顔で返すと、拓也も少し笑顔になった。


「それと、今のことも……」


 オッケーサインを指で作って見せると、拓也は小さく頭を下げて保健室のドアを閉めた。


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