聖女列伝 ~聖母となるべく創られた少女~

ももち ちくわ

序章

プロローグ:慟哭

――神聖マケドナルド帝国歴4年 11月3日 インディーズ帝国:国境において――


 神聖マケドナルド帝国軍は、この日、エイコー大陸中央部にある周辺国家群を掌握している『インディーズ帝国』の国境線に到達していた。神聖マケドナルド帝国軍を率いるは、現在34歳という若さでありながらにして、エイコー大陸の西側全ての国を手中に収めたレオン=アレクサンダー帝であった。


 天界から派遣された熾天使セラフィムのアンドレイ=ラプソティはレオン=アレクサンダーを好ましいおとこに育てることができたものだという自負を抱いている。レオン=アレクサンダーはマケドナルド王国で先王の長子として産まれたが、先王から忌み嫌われていた。


 しかしアンドレイ=ラプソティの働きにより、先王が崩御した際にレオン=アレクサンダーをマケドナルド王国の国主の座へと就くことに成功する。マケドナルド王国の軍権を手に入れたレオン=アレクサンダーは国内の反抗分子をことごとく捕縛し、さらには処刑台で首級くびを刎ねに刎ねた。


 その甲斐もあって、レオン=アレクサンダーは国主になってから半年もせずにマケドナルド王国の全権を手中に収める。その過程において、自分の右腕として活躍したアンドレイ=ラプソティに地上界での確かな地位を与える。だが、アンドレイ=ラプソティはそんな地位など必要としなかった。


 アンドレイ=ラプソティは『天界の七つ星』、または『天界の十三司徒』と称されるほどの高位天使であったが、創造主:Y.O.N.Nの御言葉に従い、産まれたばかりのアンドレイ=ラプソティにとっての守護天使として、天界から地上界へと派遣されていた。アンドレイ=ラプソティは乳母としての役目を果たし、レオン=アレクサンダーを立派なおとこへと育てたのだ。


 そして、それがついに実を結ぶことになる。国内の反乱分子のほとんどを誅殺し終えたレオン=アレクサンダーが次に眼を向けた先はマケドナルド王国の南に広がる神聖ローマニアン帝国であった。彼我との国力差は100倍である。しかし、レオン=アレクサンダーは幼少の頃より戦友ともであったアドラー=ポイゾンとアルバトロス=ダイラーを大将軍の地位に就ける。


 彼らはレオン=アレクサンダーと共に先王から冷や飯を食わされていたが、ここでも暗躍したのがレオン=アレクサンダーの守護天使であるアンドレイ=ラプソティであった。地方の守護役として派遣されたアドラー=ポイゾンとアルバトロス=ダイラーであったが、何かあれば、両名が配下としている兵士や幹部たちをレオン=アレクサンダー派へと入信させていたのである。


 守護天使:アンドレイ=ラプソティはニンゲンの才を見抜くという才に長けていた。そして、その人物の才がレオン=アレクサンダーにとって、どれほど有益なモノであるかをよくよく精査した。その甲斐もあって、神聖ローマニアン帝国とマケドナルド王国とが戦うことになった折には、マケドナルド王国は強固な1枚岩と化し、国力差100倍と言えども、マケドナルド王国の兵士たちは臆することなく神聖ローマニアン帝国の領土を燎原の如くに突き進む。


 開戦から1年半の歳月が流れる。レオン=アレクサンダーが率いる軍隊は神聖ローマニアン帝国の首都を取り囲み、無血開城させるに至る。これがレオン=アレクサンダーの全てを狂わせたと言っても良い事態となる。運命の歯車はこの時点で狂っていたのだ。


 歴史に『IF』は無いとあたまでっかちで偏屈な歴史学者はたびたびそのドブのような臭い匂いを放つ口から、森羅万象を知っていると言いたげにそう述べる。だが、歴史に『IF』は存在するのだ。そして、その『IF』を深く考えることが出来なかったアンドレイ=ラプソティもまた、破滅への道へと歩み出す。


「大王。この度の遠征、まことにお見事です。私の計算ではもう1年ほどかかるはずでしたが」


「ハハッ! 言ってくれる。こうなることは予想済みだったのだろう? レイが見抜けぬことなど、アドラーやアルバトロスでも無理に決まっている」


 レオン=アレクサンダーは上機嫌であった。無血開城されたローマニアン帝国の首都へと足を踏み入れ、さらにはその首都の中央部にある宮殿へと歩を進める中、隣に並ぶアンドレイ=ラプソティを『レイ』という愛称で呼ぶ。アンドレイ=ラプソティは苦笑しつつも、そんなことは無いと答える。神聖ローマニアン帝国の首都は出来る限り損害を与えぬように包囲を続けようと進言したのは確かにアンドレイ=ラプソティである。だが、たいした抵抗も見せずに神聖ローマニアン帝国のみかどは首都を蛮族と揶揄していたマケドナルド王国の国主に明け渡したのである。


 宮殿へ入ったレオン=アレクサンダーは神聖ローマニアン帝国の文官たちがおどおどとしている中、横柄な態度のままにみかどが座るべき玉座にどっかりと座り、ぞんざいに足を組む。


「ふぅ……。なかなかに座り心地が良いじゃないか。この座り心地の良さに免じて、我が国に臣従する神聖ローマニアン帝国の武官、文官たちにこれ以上のとがを問わないことを約束しよう」


「それは良い案です。しかし、締めるべきところはしっかりと締めてくださいね」


「ああ、わかっている。みかどは市中引き回しの上で縛り首にしろっ!」


 レオン=アレクサンダーは神聖ローマニアン帝国のみかどを絞首台送りにすることで、神聖ローマニアン帝国のあるじが代わったことを帝国民たちに教える。帝国民たちが集まる大広場の中央に設置された絞首台にてみかどは辞世の句を残す。それと時をそれほど置かずに、レオン=アレクサンダーは生国を元に、神聖ローマニアン帝国を『神聖マケドナルド帝国』と改名する。さらにはこよみも『神聖マケドナルド歴』と改定し、レオン=アレクサンダーがエイコー大陸の覇王であることを宣言するに至る。


「国王。いえ、今は殿下と呼んだほうがふさわしいですね」


「ハハッ! 一時は小国の小心者から国外追放だと命じられそうだった俺が今や『殿下』だ。これが笑わずにいられようか?」


 レオン=アレクサンダーは神聖ローマニアン帝国を手に入れてからは終始ご機嫌であった。生地であるマケドナルド王国の国主という地位がどれほどちっぽけな存在であったことを否応なく知るレオン=アレクサンダーであった。彼が配下の者たちに一言命じれば、元神聖ローマニアン帝国に所属していた武官、文官たちは首級くびを縦に振るだけのブリキ人形そっくりに変貌していた。


 誰もがレオン=アレクサンダーの命に忠実であり、神聖マケドナルド帝国と改名したことに反発心を抱いた元神聖ローマニアン帝国の属国は一斉蜂起を起こすことになるが、レオン=アレクサンダーが一言『祓え』と配下に命じると、ひと月もせずに反乱を起こした属国はレオン=アレクサンダーに対して白旗を振ることになる。


 神聖ローマニアン帝国が神聖マケドナルド帝国と代わってから、レオン=アレクサンダーが反乱が起きた戦地へと直接赴くことは無かった。それほどに楽勝に次ぐ楽勝で反乱国を鎮圧し続けたのだ、アドラー=ポイゾンとアルバトロス=ダイラーの両将軍が率いた鎮圧軍は。レオン=アレクサンダーが神聖マケドナルド帝国のみかどとなってから約2年後、エイコー大陸の3分の1は彼の思いがままとなる。


「反乱国の国主たちを見せしめに縛り首にしたのが良かったと言えましょう。つくづく殿下の差配には頭が下がります」


「ハハッ! 何を言ってるんだ。レイがやれと言ったから、俺はそれを実行したまでだ。本当にレイは悪い奴だ。レイが俺の守護天使であることを創造主:Y.O.N.N様に感謝したい」


「それならば、子羊を捧げることをお勧めします。古今東西の子羊の丸焼きを天界に送ってほしいと創造主様から言付かっておりますので」


 レオン=アレクサンダーはアンドレイ=ラプソティの進言通り、古今東西から集めた子羊を丸焼きにし、それを天界に送るための盛大な祭りを神聖マケドナルド帝国の首都でおこなう。元神聖ローマニアン帝国の住人たちもみかどであるレオン=アレクサンダーの手腕には脱帽せざるをえなかった。神聖ローマニアン帝国の西にはフランクリン帝国が今より30年ほど前に樹立し、神聖ローマニアン帝国に所属する属国を解放するいくさをたびたびおこなっていたのである。


 しかし、レオン=アレクサンダーが神聖マケドナルド帝国を興すと、フランクリン帝国もまた、その勢いに飲み込まれ、神聖マケドナルド帝国の属国のひとつへと堕ちる。元神聖ローマニアン帝国の住人たちにとって、フランクリン帝国は眼の上のたんこぶであった。レオン=アレクサンダーがそれを為したことで、ついに旧神聖ローマニアン帝国の住人たちは心からレオン=アレクサンダーに屈服することになる。


 ニンゲンは反抗心を抱いている時は、いくらあるじが色々なイベントを催したとしても、それに協力的な態度を取ることは無い。ひねくれ者のように振る舞い、あるじがすることに対して、重箱の隅を突くように非難の声をあげる。だが、レオン=アレクサンダーが創造主:Y.O.N.N様のために古今東西の子羊を集め、首都の大広場で丸焼きの祭りをおこなった時には、人々はレオン=アレクサンダーの偉業を讃え、レオン=アレクサンダーと共に飲めや歌えやの大宴会を楽しむことになる。


 レオン=アレクサンダーは民たちと共に肉を喰らい、酒を喰らい、さらには女を抱いた。酒池肉林とはまさにこの状況のことを指すと言っても過言では無かった。レオン=アレクサンダーがこの大宴会で抱いた女の数は1000を超える。さすがに女を抱き飽きた様子であったが、それでも性欲が止まらぬレオン=アレクサンダーは可愛い男の娘をエイコー大陸中から集め始める。


「そんな怖い顔をするな、レイ。女を抱けば、子が産まれてしまうが故の対策よ。男の娘であれば、もし、俺に何かあった時にレイが困ってしまうことにならないための処置だ」


「殿下ほどの性欲があれば、男の娘でもケツ穴で妊娠してしまいそうですがね?」


 アンドレイ=ラプソティがそのような嫌みを言ってしまうのも致し方なかった。レオン=アレクサンダーはどっちもイケる口であることをアンドレイ=ラプソティは昔から知っている。現に幼少時から付き合いがあり、今や神聖マケドナルド帝国の双璧と呼ばれるアドラー=ポイゾン、アルバトロス=ダイラーはレオン=アレクサンダーとはお尻愛の仲なのだ。


 『血は水よりも濃い』というコトワザがあるが、それは半分当たりであり、半分間違いである。『遠い親戚よりも近い他人』というコトワザのほうが現実的なのである。レオン=アレクサンダーの守護天使であるアンドレイ=ラプソティは裏切らない味方を作るべきだと大昔から考えていた。そして、レオン=アレクサンダーの性的指向を一切省みずに竹馬の友を抱けと進言したのだ。


 しかしながらアンドレイ=ラプソティの危惧とは裏腹にレオン=アレクサンダーはアンドレイ=ラプソティに告白する。数えで10になる前後にレオン=アレクサンダーはアドラー=ポイゾンとアルバトロス=ダイラーのケツ穴を精通もしていないお肉棒で蹂躙してしまっていたのである。


 こればかりはアンドレイ=ラプソティもポカーンと顎を思いっ切り下へと落とすほどの間抜け面を晒す他無かったのである。逆に俺は女を抱けない性的指向かもしれないと相談されたほどである。


 性的指向に関しての悩みは他人が思うほど以上に本人は思い悩むものである。アンドレイ=ラプソティは一計を案じ、レオン=アレクサンダーが女性相手でもお肉棒を固くできることを証明させることになる。


「久方ぶりにシエルを抱きたくなったな……。なあ、レイ。シエルは今、どこにいるんだ?」


「彼女は天界の住人です。それ以上に私は殿下の親戚になる気はありません。あなたほどの性欲があれば、天使と言えども妊娠してしまいそうなので」


「すまんすまん。お前の妹ならば、俺の妃のひとりにしても良いと思ったまでだ。レイが嫌がるのならば、そういうことはしたくない」


 レオン=アレクサンダーは知らなかった。天使は性別的に『無』であり、同時に『両性具有』であることを。レオン=アレクサンダーが性的指向に悩む年頃になった時、アンドレイ=ラプソティは自分の雌性を強くさせ、女性の姿となる。そして、レオン=アレクサンダーには自分はアンドレイ=ラプソティの妹であると告げ、一晩を同じベッドの上で過ごしたのだ。


(今の殿下の性欲に飲み込まれたら、私はアンドレイ=ラプソティの形へと二度と戻れなくなるでしょう。殿下には申し訳ないですが、二度とシエル=ラプソティとして、殿下の前には立てません)


 レオン=アレクサンダーが深いため息をつくが、対照的にクスクスと笑みを零すアンドレイ=ラプソティであった。しかし、すぐさまシエルへの思いを振り切ったのか、レオン=アレクサンダーは腰を前後に振りだし、パンパンパパパン! という音を奏でて、今現在、抱いている男の娘の尻穴の感触を味わい尽くすのであった。


 レオン=アレクサンダーがエイコー大陸の3分の1を掌握してから、さらに1年の月日が流れる。この時には既にエイコー大陸に存在する国々ではレオン=アレクサンダーのことを『終末の大王』だと揶揄する言葉が見受けられるようになる。それもそうだろう。帝国内が安定すればするほど、周辺国は神聖マケドナルド帝国が次の動きに注目せざるをえなくなってしまう。


 そのまま、神聖マケドナルド帝国内に留まるのならば良いのだが、そんなことは起きえない。全ては神聖ローマニアン帝国が首都を無血開城させてしまったのがいけなかったのだ。大帝国の首都がその機能を停止せざるをえないほどの大損害を被っていたならば、復興と同時に、帝国に対して反旗を翻した属国が数十年以上に及ぶ内乱を起こしてくれるはずであった。


 もう1度言おう。いや、何度も言おう。大都市と呼ばれるほどの人口密集地帯が侵略してきた敵に対して無血開城をおこなうのは、その周辺にとっても大迷惑なのである。数十年単位で足止めを喰らうはずだったレオン=アレクサンダーがたった数年でエイコー大陸の3分の1を掌握できたのは、神聖ローマニアン帝国のみかどが悪いという一言で済むほどなのだ。


 そして、レオン=アレクサンダー帝が神聖マケドナルド歴4年を迎えた時に東進を開始したのは、どうしようもないことであった。神聖マケドナルド帝国はエイコー大陸中央部へと侵攻を開始し、象が蟻を踏みつぶすが如く、エイコー大陸中央部へと突き進んでいく。


「ハハッ! まるでヒトがゴミのようだっ!」


「殿下……。蟻のようだとまでは許しますけど、ゴミとは言い過ぎです」


「むむっ……。俺がいくつになっても、どれほどまでに偉い地位に就こうが、レイは俺に諫言をするかっ!」


「はい。殿下はお調子者ですので。髪に白髪が生え始めたのです。それにふさわしいおとこになってもらわないと困ります」


 レオン=アレクサンダーはこの東進において、久方ぶりに最前線で軍の全体指揮を執っていた。それゆえに気持ちの昂りを抑えきれずに暴言の数々をその口から発してしまっていた。それを咎める形となったのがアンドレイ=ラプソティであった。おとことなったレオン=アレクサンダーであったとしても、精神の幼稚さを言葉で表してしまっている。そんな彼だからこそ、いつまでも側に居なくてはならないと感じてしまうアンドレイ=ラプソティであった。


 しかし、アンドレイ=ラプソティのその願いにも似た感情は時を置かずガラスが割れ砕ける音と共に弾け飛ぶ。


 エイコー大陸の中央部から東へ抜ける最後の関門となっていたインディーズ帝国との最終決戦が台地で繰り広げられていた。レオン=アレクサンダーは神聖マケドナルド帝国の双璧と称されるアドラー=ポイゾンとアルバトロス=ダイラーの両将軍に『踏みつぶせ』と命じる。


 両将軍はそれぞれに10万もの兵士たちを引き連れて、インディーズ帝国軍の両翼を薙ぎ払っていく。レオン=アレクサンダーもまた、中央部へと突貫するために左脇に抱えていたクローズ型フルフェイス兜を頭へと被ろうとする。


 しかし、その兜を装着し終える前にレオン=アレクサンダーは口からタラりと一本の紅い筋を垂れ流す。レオン=アレクサンダーは最初、喜びの余りによだれが口から零れ落ちたのかと思った。そして、次に彼がその黄金こがね色の眼で見たのは左胸のやや下から飛び出している真っ赤な細い腕であった。


 その真っ赤に染まる細い腕の先にあるのはドックンドックンと脈打っている心臓であった。レオン=アレクサンダーはその心臓が誰のモノなのかと思った。しかし、それが自分の心臓だと気づく前に細い指で鷲掴みされ、さらには握りつぶされてしまう。心臓を握りつぶされたレオン=アレクサンダーはゴフッ! と盛大に口から紅く染まった虹を吐き出すことになる。


「殿……下!?」


 レオン=アレクサンダーの守護天使であるアンドレイ=ラプソティが守護対象であるレオン=アレクサンダーに異変が起きたことに気づいたのがこの時であった。レオン=アレクサンダーは口元を真っ赤に汚して、パクパクと金魚ゴールデン・フィッシュのように開閉させている。レオン=アレクサンダーの黄金こがね色の眼からは光がどんどん失われていく。アンドレイ=ラプソティは、ああ……ああ……としか声を出せなかった。


「守護天使No.0013:アンドレイ=ラプソティ様。創造主:Y.O.N.N様からの伝言デス。天命をとうの昔に過ぎたはずのレオン=アレクサンダーにエラーが起きたゆえにアリス=アンジェラが処置をおこないマス」


「貴様っっっ!?」


 レオン=アレクサンダーの左胸を貫き、さらにはその手で心臓を握りつぶしたのは片翼の天使であった。アンドレイ=ラプソティはそれを為した人物を斬り捨てようと、腰の左側に佩いていた銀色の鞘から、これまた銀色に光り輝く長剣ロング・ソードを抜き出そうとする。しかし、片翼の天使はこれさいわいとばかりにアンドレイ=ラプソティの両手を右足で蹴り上げて、アンドレイ=ラプソティからその銀色の長剣ロング・ソードを奪い取る。


 そして、その長剣ロング・ソードを横薙ぎに振り払い、あろうことかレオン=アレクサンダーの背中側から彼の首級くびを跳ね飛ばしてしまうのであった。ドスンというまるでスイカが地面に落ちたかのような音を鳴らして、ゴロンゴロンと砂地の地面を転がる首級くびであった。アンドレイ=ラプソティは膝から崩れ落ち、地面を転がり終えたレオン=アレクサンダーの首級くびを両手で拾い上げ、大事そうに抱えこむ。


 そんなアンドレイ=ラプソティの横へと銀色に輝く長剣ロング・ソードを放り投げた片翼の天使は、握りつぶしたレオン=アレクサンダーの心臓をゴックンと喉奥に押下する。その後、片翼をバッサバッサと羽ばたかせ、大空へと徐々に浮き上がり始める。


「守護天使No.0013:アンドレイ=ラプソティ様へ創造主:Y.O.N.N様からの伝言を再度伝えマス。貴方の役目はとうの昔に終わっていマス。天界に戻り、次の指令を待つようにとのことデス」


 片翼の天使はアンドレイ=ラプソティにそう告げるとどんどん上空へと昇っていく。まるで自分は何一つ間違っていないとでも言いたげであった。創造主から与えられた使命を全うしたことをさも誇らしげにしているかのようであり、その態度がアンドレイ=ラプソティの心にどうしようもない『憎しみ』の感情を抱かせた。


「創造主:Y.O.N.N様がそんな命令を与えるはずがないっ!」


「いえ。創造主:Y.O.N.N様は間違いをおかしまセン。間違っているのはアンドレイ=ラプソティ様のほうデス。天命をイタズラに操作したアンドレイ=ラプソティ様は天界にて裁判が待っていマス」


「私が天界裁判にかけられる!?」


「ハイ。アンドレイ=ラプソティ様が釈明する機会を与えるための天界裁判デス。その判決結果次第で、あなたはリセットされマス。アリスには理解できまセン。『天界の十三司徒』とまで称されるアンドレイ=ラプソティ様がそんなことをするはずが無いと、アリスが弁明しマス。さあ、帰りまショウ」


 片翼の天使であるアリス=アンジェラは大空に浮かびながら、アンドレイ=ラプソティに向かって右手を差し伸べる。しかし、その右手はレオン=アレクサンダーの左胸を背中側から突き破り、さらには心臓を握りつぶしていたために真っ赤に染まり切っていた。


 アンドレイ=ラプソティは差し伸べられた真っ赤な右手を見せつけられれば見せつけられるほどに、怒りと憎しみという天使が持ってはいけない感情で心が塗りつぶされていく。そして、その怒りと憎しみという感情がアンドレイ=ラプソティの身体全体から弾け飛ぶように周囲へと伝播されていく。


 アンドレイ=ラプソティから発した衝撃波はあるエネルギーを持っていた。そのエネルギー波を喰らった者はその身を包む鎧ごと一瞬に白く染まる。そして、白く染まるや否や、自重に耐えきれず、砂のように崩れ落ちていく。


 そう。アンドレイ=ラプソティは辺り周辺の全てを『塩の柱』とへと変えていく。アリス=アンジェラはアンドレイ=ラプソティが放つ光のエネルギー波をうっとりとした表情で見る。


「さすがは『天界の十三司徒』なのデス。かつて、ソドムとゴモラの街を塩の大地へと変貌させたと言われる方々なのデス。そんな神力ちからを持つアンドレイ=ラプソティ様が間違いを犯すわけがないの……デス」

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