第7話 【蝦夷(えぞ)共和国】と【玖球(クーゲル)帝国】

 世界の概要説明の続き。


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「この世界の造物主は、表の世界の複製として、裏の世界を創造したのでしょうか?」


「カオス理論には、バタフライ効果といって、同じ方程式に従う現象であっても、初期条件の僅かな差異によって、全く別の現象に見えるという話があるだろう?造物主の存在を仮定するのが非科学的だと思うのなら、無数のバタフライ効果によって、分岐した並行世界と考えればいい。」


 そう、「カオス理論」には、「バタフライ効果」というものがある。同じ方程式に従う現象であっても、初期条件の僅かな差異によって、全く別の現象に見える、というものだ。 諺の「風が吹けば桶屋が儲かる」みたいに、ブラジルで1匹の蝶が羽ばたいたら、テキサスでは竜巻になるかもしれない。


 このような物理現象の例としては、「二重振り子」、「ロジスティック写像」、「ファン・デル・ポール方程式」、「ロトカ・ヴォルテラ方程式」、「ローレンツ方程式」、「グモウスキー・ミラの写像」等が挙げられる。


「量子力学の多世界解釈では、別々の未来に分岐する世界線は、巨視的トンネル効果を仮定しない限り、互いに行き来できないはずです。」


 物理学科で量子情報を学んだ、郡山青年が反論する。確かに、「量子力学」には、「多世界解釈」というものがある。「多世界解釈」とは何か?


 今、例えば、目の前に電信柱があるとき、その左側を通った場合と、右側を通った場合の、別々の未来に分岐する世界線が混在しているが、通常は、一方の世界線を選択したら、他方の世界線へは行かれないのである。


 但し、「巨視的トンネル効果」を仮定すれば別だが、再現性は低い。そして、科学では、再現性の低い現象は、科学の対象にならない。

 歴史上の英雄がもし非業の死を遂げなかったら、等という「たられば」は存在しないのだ。

 勿論、小説の中だけなら、無数の「バタフライ効果」によって、分岐した並行世界を「巨視的トンネル効果」で転移したり、現実世界では、半減期が短すぎて観測できない素粒子の存在を「魔素」として仮定したり……、といった似非科学が存在しても構わないのだろうが。


「現代の科学が全ての自然現象を説明できるわけではない。一流の科学者でも、神というか、超自然的な超越者の存在を信じる者は多い。神の存在に関して、表の世界では数多の議論がなされているようだが、一神教であろうと、無神論であろうと、多神教や汎神論であろうと、解釈の違いに過ぎないことを、量子力学的な感覚で説明できる。」


「再現性の低い現象は、科学の対象外では?」


「では、あくまで思考実験として捉えてほしい。神の存在を信じる者の脳には、神は存在し、神の存在を信じない者の脳には、神は存在しない。そのどちらかは、脳波を読み取る機械か、或いは、その脳を解剖するなどすれば、確実に判定できる手段がある、と仮定する。目の前の人物が、神の存在を信じる者か信じない者かは、判定するまで分からない。しかし、判定した瞬間に、その脳は神が存在するか否かを示す。」


「シュレーディンガーの猫?」


「その通り。判定前の状態が多神教や汎神論、判定後に収束した状態は、神が存在するか否かのどちらかを示す。前者を一神教、後者を無神論と呼んでいるに過ぎない。」


「…………。」


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「結局、裏の世界は、表の世界の複製と考えて構いませんか?」


「二つの世界には、共通点と相違点がある。まずは世界地図を差し上げよう。」


 譲渡された地図には、日本列島と樺太と台湾の位置に似たような島が描かれているだけで、それ以外は、殆ど全部海。


「裏の世界は、表の世界における日本以外全部沈没した世界と思って構わない。実際には、五大陸はあったのだが、土・水・風・火の【四元素災害】と、核属性や毒属性に染まった魔素によって、放射線や疫病によって滅んだ。『土』は隕石や地震、『水』は洪水や津波、『風』は台風や竜巻、『火』は火山の噴火などだ。これらの大陸は沈み、八百万やおよろずの神々の加護の下にあった日本列島とかつて日本の統治下にあった歴史のある、樺太と台湾、日本語を公用語にしているパラオ、基地のある南極大陸といった地域のみが残った。」


「つまり、この世界にある唯一の国が、【荒脛巾アラハバキ】……。」


「いや、正式名称は【荒脛巾アラハバキ皇国おうこく】で、それ意外にも二つの国がある。北海道や樺太は【蝦夷えぞ共和国】、九州・琉球と台湾は【玖球クーゲル帝国】だ。【蝦夷えぞ共和国】は、表の世界におけるアイヌ民族やニヴフなどの代わりに、【蝦夷えぞエルフ】という者達が統治している。【玖球クーゲル帝国】は、理外の民とも呼ばれる、複数の【魔族】からなる連合国家だ。『玖』は、『九州』の『九』の大字。『球』は、『琉球』が由来。

𝕶𝖚𝖌𝖊𝖑クーゲル』は、独逸ドイツ語で『球』という意味だ。この国名は、ブルクドルフ殿の命名だ。」


 【荒脛巾アラハバキ皇国おうこく】に、【蝦夷えぞ共和国】と【玖球クーゲル帝国】。裏世界の国の勢力図は、三国時代の要素を呈していた。


「国家間の貿易とかは?」


「貿易は勿論、留学などもあるが、どの国も一枚岩ではないから、地方の領主同士で戦争をすることもある。但し、互いに国家間での全面戦争だけは避けている。」


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「そういえば、この世界には特に名前がついていないようですが?」


「ラテン語で『逆もまた真なり』という意味の【viceヴァイスversaヴァーサ】とか、アイヌ語で『冥界への入口』という意味の【ahunruparアフンルパラ】等と呼ぶ者がいるが、確かに特に名前が決まってるわけではない。各自が自由に呼んでいる。それと、地図にはないが、太平洋上に表の世界にはない無人の大陸が存在している。」


「ムー大陸?」


「これも特に名前が決まってるわけではない。表の世界では既に絶滅した古生物などが生息しているが、調査は進んでいない。あとは、南極や月やテラフォーミングした火星に基地を設置する計画もある。」


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「そういえば、着物が左前なのは?」


「昔は左前が正装だった。しかし、時を経て現代ではそれが逆になり、気がついたときには、いつの間にか、左前は死者の装束になっていた。われは、2600年前の記憶があるから、当時の正装を遵守しているに過ぎぬ。【大臣おおおみ】と【大連おおむらじ】は、現代の装束に倣っているがな。」


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質疑応答を終えると、もう夕方だ。


「蝙蝠山卿、君には是非この国を満喫して貰いたい。本来は、われが自ら案内したいところではあるが、外せない執務があるゆえ、明日、君に国内を案内する者をこちらで用意しよう。今日は疲れたであろう。後で地図を渡すが、ここから歩いて20分から30分程度の場所に【神代古書店街】がある。そこの宿で休まれると良かろう。ところで、君は表大和おもてやまとから来たのであったな。何か表大和の珍しい品でもあれば、高めの値段で買い取ろう。宿代の足しにでもするといい。」


「所持品は、これぐらいしかありませんが……。」


 転移前に購入した、「量子力學・壱」の古書を取り出す。【大皇おおきみ】は、金貨1枚と銀貨10枚で買い取るという。こちらの世界にない本。その価値は原価の10倍ぐらいだろうか?悪くない取引だったので、「量子力學・壱」の古書を納品し、金貨1枚と銀貨10枚を受け取った。


「明日、君を案内する者がこの本に強い興味を持つだろうから、君を案内する報酬としてこの本を渡しておくことにしよう。」


 最後に地図を貰い、【荒脛巾アラハバキ】首都にある屋敷を出るのであった。

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