V スポットライト
第12話 はじめての登校!
場所:都内某ライブハウスの楽屋
服装・人物:ライブ衣装の上に外套を羽織ったスマイリーMのメンバー4人
場面:スマイリーMとしてライブを演ったナナ、アイコ、キリエ、アカリの4人は、アフターの握手会を終え、楽屋の荷物を持ち帰ってあがるところだった。その日はちょうど長きにわたって不登校だったマヤが中学校へと登校する日である。その話題をしていると、4人はマネージャーの傘山から大事な話があると告げられる。
「スマイリーMはプロジェクトを根幹から変えなければこの先生きのこれない」と宣告され、そこでマヤを新メンバーに見据えてレッスンを付けるアイドル育成計画、マヤを編入オーディションに合格させて5人組による新グループの再編成を目指す『エクセルシオール計画』の開始を知らされるのだった。
ナナ:まったく訳がわかんない
アイコ:何かあった? ナナ。心配そうな顔して
キリエ:ほら、今日はマヤちゃんが学校に行った日じゃないの
アカリ:それはそうでも、ナナが言ってるのは握手会のことじゃない?
ナナ:そ! アカリが正解。なんか日に日に短くなってない!? まだ日も暮れてないうちから帰れるとか
アイコ:一年前と比べて、会場の規模がそれほど大きくなってないのも寂しいね。でも早く帰れるならラッキー。今夜はマヤちゃん家に泊まろうかな。今なら夕ご飯に間に合うし
キリエ:羨ましい、いえむしろ図々しいことね
アイコ:うるさいな。キリエには公営団地があるよね。あんなタワーマンションの親戚みたいなとこに住んでて、あたしに嫉妬する?
アカリ:アイコちゃん。お家に遊びに行くなら、もしマヤちゃんがサガってたら慰めてあげてね。久しぶりの学校で精神的に疲れてるかもだから
アイコ:まかせてよ。あたしがいれば2人前食べるから。もしマヤちゃんが心労でご飯を残しちゃっても、問題ないよ
アカリ:そうじゃない!
アイコ:ジョーク。ジョーク。もう、アカリってば心配しすぎだね
(支給された仕事用の端末が鳴動する)
キリエ:あれ、マネージャーさんから呼び出しが……
ナナ:ふうん、なに?
アイコ:近くの駐車場に集合だって。行ってみようか
米
スマイリーMの4人は駐車場へと集合した。彼女たちのマネージャーをつとめる傘山
彼は中年よろしく深い皺を顔に刻んでいた。その顔に眼帯はみせかけの迫力を醸すが、風貌はいたって穏やかなもので、こまかな動作は柔和に過ぎず、敵愾や不服の相などは見つけられない。きわめて当たり前のように紳士然とした姿で駐車場に佇んでいた。
「今日もよく頑張ってくれた」
傘山は紋切型のねぎらいをアイドルたちに優しくかけた。
「どうも」
スマイリーMたちはこのブリーフィングが大したものでないとタカをくくっていた。ライブのできがよかったのもあるし、ともかく早く帰りたい日だったからである。ところが傘山の口から告げられたのは
「遺憾ながらスマイリーMは数カ月後に解散する」
という重大な言葉だった。彼女たちは揃って絶句した。
「しかし希望を捨てるな。解散するというのは、このグループにはちょっと縁起の悪い節があるということで作り直すというだけで、君たちが事務所から放り出されるわけではない」
「「「チャンスはまだあるんですね!?」」」
「……詳しくは車で話す」
彼は赤黒いバンのドアを開け、運転席に乗り込んだ。それを追ってスマイリーMの面々も続々と車に搭乗したのだった。
米
こんにちはマヤです。おひきこもり様だったわたしですが、ついに。ついに紆余曲折をへて(注:前章 「XI オープニング アクト」参照)今学期はじめて登校しました。クラスメイトの顔も名前も殆どわからない真新しい気持ちで、わたしがおっかなびっくり教室に入りますと、まずいきなり
-教室中のクラスメイトから祝福されて万雷の拍手で迎え入れられました-
このことから分かる通り、まるで絵画の中に登場するかのような素晴らしいクラスと思います。
たしか……秋野さん? だったか名前に秋の字のはいった女の子がわたしの隣の席にいました。必死にわたしとコンタクトをとろうとしてくれて、たぶん左右の三つ編みでした。おそらく。こまかい顔はおぼえていません。そのうちHRがはじまりました。
「学校に来れてえらい!」
担任の上岡教諭は、まるでわたしのことを全国作文大会で優勝した生徒かのように激賞しました。その次に校内行事としてのきたるべき合唱コンクールに向けて、クラス一丸となって練習してゆく決意を生徒たちに促し、感極まって奇声をあげるのでした。
「これでクラス全員揃った! 2組、いくぞおおおおおおおお!!!!!!」
あら合唱なんて面倒くさい、とおもって辺りを眺め回したのですが、なんとその場にいた全員が喊声をあげすさまじいやる気アピールで返したのです。たったひとり、わたしだけが無言の置いてけぼりでした。少々確認したいのですが、このクラスに人間はわたしひとりだけですか?
「合唱コンクール、楽しみね!」
'|秋.|'さんが言いました(名前が分からないので不本意ながら正規表現にさせていただいております)。
「うわあぁ、合唱コンクールなんて楽しみだぜぇ!」と日焼けしたサッカー部っぽい筋肉質な男の子が言いました。
「パソコン部の活動に、塾の全国模試に、合唱コンクールも全部頑張らなきゃいけないなんて、いったい時間の使い方をどうすればいいんだ!」と瓶底眼鏡のガリ勉ちっくな男子が悩んでいます。いやあなたは”ふっ合唱コンクールなんかつきあってられないね”って嫌味っぽく言ってから勉強に専念しなさいよ、と心の奥底でツッコみました。
さらに続きます。熱血教師上岡曰く、
「知っての通り、今度の合唱コンクールでは各クラスかならず独唱パートを入れる規定になっている。そこでこの独唱パートだが、ほかに希望がなければマヤさんにやってもらいたい! 異存はないか!」
ワアアアアアアアアアア
汝らオリンピックのサポーターか、と言いたくなるような怒濤の歓声が沸き起こりました。間髪入れず、教室を揺らすくらい。流石にこれはおかしい。そもそもわたしが上手に歌えるなんて根拠は1ミリもないのです。流石に何かがおかしいと、後ろの生徒も確認するため振り返ったら、
教室の最後方でカメラが回っていました。側にはカメラさんと音声さんがふたり。それを見つけました。いつのまに、ちゃっかりしたことで。
なるほどそういうことですか。お茶の間を意識した演出だったのですね。シナリオは用意され、こうやって駒を動かしてゆくのです。感動のシーズン2をつくりたい商売魂はわかりましたから、わたしのことはもう路傍の石のように放っておいてくれませんか。いえ、石なんてちょっと凡庸ですね。高望みしていいなら――わたしは貝柱になりたい。
( はじてめの解散! に続く)
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