第17/23話 危機回避

 品辺競一は、リストバンドのケースから出した、いくつかのラムネを、ぽり、ぽり、という音を立てて、噛み砕いていた。

(さっきのラウンドでは、せっかく、強い役が出来たというのに、赫雄に【フォールド】されてしまった……やつの役は、【①112】だった。それくらいの強さなら、【コール】してもよさそうなもんだがな……。

 ……まあいい、済んだことだ。勝ったことに、変わりはないんだしな。今は、このラウンドのことを考えよう)

 競一は、そう結論づけると、《運動予測》を行使して、トリガーを弾く前、それを押し込んだ時の深さに対応する、サイコロの出目を予測した。結果、【深】は【⑤234】、【中】は【①345】、【浅】は【①245】だった。

(うーん……どれも弱いな。だが……問題ない。おれには、さっきのラウンドで思いついた、あの作戦がある。感謝するぜ、赫雄……お前のおかげで、閃いたんだ。

 ま、とりあえずは──最も強い、【深】でトリガーを弾くことにするか)

 それから、競一は、考えたとおりに行動した。サイコロが、ごろんごろん、という音を立てながら、ケースの中を、転がり回り始めた。

 やがて、それらのうち三個が止まった。出目は【125】だった。残り一個は、まだスピンしている。

(──今だ!)

 競一は、どん、と、テーブルの表面、マシンの真ん前あたりを、叩いた。

 残り一個のサイコロが、こと、という音を立てて、止まった。

 それの出目は、【②】だった。役は【②125】だ。

(やった!)競一は顔を輝かせた。(サイコロが転がっている間に、テーブルを叩くことにより、わざと、予測した出目と実際の出目を違わせる、という作戦……上手く行った!

 それに、出目の合計値は10……【リロール黒】を手に入れられる!)

 その後、彼は、マシンをサークルに置き、カバーを被せた。森之谷が、「それでは、ベットタイムを開始します」と言った。「お二人とも、アンティをベットしてください。アンティは4CPです」贔島が、衝立を取り外した。

 競一は、所持チップの山から四枚を取ると、自陣のサークルに置いた。赫雄も、同じ行動をとった。

「それでは、轟橋さま。アクションを決定してください」

 そう森之谷が言ってから、十数秒後、赫雄は「【コール】」と言った。

「それでは、品辺さま、アクションを決定してください」

(うーん……おれも、【コール】しようかな。おれの役は、【半ゾロ】とは言え、ゾロ目値は【2】、非ゾロ目最大値は【5】……あまり強くない)

 そう考えると、競一は「【コール】」と言った。

「それでは、ショーダウンを行います。お二人とも、役を開示してください」

 競一は、マシンからカバーを取り去った。テーブルの上、敵陣に視線を遣る。

 赫雄の役は、【①156】だった。

(よし……おれの勝ちだ!)

 競一は、赫雄に見られないよう、テーブルの下で、小さくガッツポーズをした。その後、彼は、森之谷に言われたとおり、チップを獲得した。

「現在の所持チップ額は、品辺さまが52CP、轟橋さまが49CPです。なお、さきほどのラウンドにおける、品辺さまの役について、出目の合計値が10だったため、品辺さまには、【リロール黒】を贈呈します」

 その後、礎山が、競一にカードを渡してきた。見た目は、【リロール白】のカードとよく似ていたが、表面には「REROLL BLACK」と書かれていた。

「それでは、ラウンド4のロールタイムを開始します」そう森之谷が言った後、贔島が衝立を設置した。

 競一は、マシンを、カバーにより覆われたままの状態で、テーブルの上、自分の体の前に移動させた。その後に、カバーを、手で払うようにして、前へと滑らせた。それは、マシンの左斜め前あたりに、ケースに凭れかかるようにして、ずり落ちた。

 それから、競一は、《運動予測》を行使して、トリガーを押し込む深さに対応する、サイコロの出目を予測した。結果は、【深】が【②253】、【中】が【②266】、【浅】が【④635】だった。

(ここは、出来る役の最も強い、【中】でトリガーを弾くべきだな……)

 そして、競一は、考えたとおりにロールを開始した。サイコロが、ごろんごろん、という音を立てながら、ケースの中を、転がり回り始める。

 しばらくして、それらのうち三個が止まった。出目は【②35】だった。

(ぐ……よくて【半ゾロ】、悪くて【無ゾロ】か……)競一は歯を強めに噛んだ。(最後のサイコロが、【2】【3】【5】のいずれかを出してくれれば、助かるんだがな)

 そこまで考えた次の瞬間、最後の一個が止まった。

 出目は【4】だった。役は【②354】だ。

(けっきょく、【無ゾロ】かよ……)競一は溜め息を吐きたくなった。(なら、さっそくだが、【リロール黒】を使うとするか。どうせ、この後のラウンドは、5・6だけ……出し惜しみしていては、けっきょく、使わずにセットが終わってしまうかもしれない。それだけは、避けたい)

 そう考えると、競一は、【リロール黒】のカードをボックスに投じた。マシンの台座側面に付いているツマミの位置を、「BOTH」から「BLACK」に変える。

(【③】【④】【⑤】のいずれかが出てほしい……そうなれば、役が【半ゾロ】に昇格する。

 それが駄目なら、【⑥】だ。【⑥】が出れば、役の非ゾロ目最大値が、【5】から【⑥】に上がる。

 それも駄目なら……【②】だな。役の強さは、まったく変わらず、【リロール黒】を使った意味がなくなるが……それでも、【①】よりマシだ。【①】だと、役が、わずかとは言え、弱くなってしまう。

 さて……《運動予測》を行使して、黒いサイコロの出目を予測するか)

 その後、競一は、考えたとおりに行動した。結果、【深】は【①】、【中】は【②】、【浅】は【②】となった。

(ぐう……【①】と【②】しかないじゃないか……!)競一は顔を顰めた。(こうなったら……【深】でトリガーを弾くしかないな。

【中】【浅】で予測されている目は、【②】……なら、それの真反対に位置する【⑤】は、まず、出ないと考えられる。それは、すなわち、出来る可能性のある役のうち、【半ゾロ】である三パターン、【③354】【④354】【⑤354】から、一パターンが削られてしまう、ということだ。

 その点、【深】で予測されている目は【①】……真反対に位置する目は【⑥】。【③】【④】【⑤】が出て、役が【半ゾロ】に昇格する可能性は、少しも減っていない。

 もちろん、出る確率が最も高いのは、【①】なんだが……どうせ、もともとは【②354】なんだ。それが、【①354】になって、役が弱くなったところで、わずかな差だ)

 そう考えると、競一は、トリガーを、【深】で、ぱちん、と弾いた。黒いサイコロが、ごろんごろん、とケースの中を転がり回る。

 それは、しばらくして止まった。出目は【④】だった。役は【④354】ということになる。

(よし!)競一は歓声でも上げたくなった。(役が【半ゾロ】に昇格したぞ……!)

 その後、彼は、マシンをサークルに置き、カバーを被せた。森之谷が、「それでは、ベットタイムを開始します」と言い、贔島が、衝立を取り外した。

「お二人とも、アンティをベットしてください。アンティは4CPです」

 競一と赫雄は、それぞれ、所持チップの山から四枚を取ると、自陣のサークルに置いた。

「それでは、轟橋さま。アクションを決定してください」

 赫雄は、じーっ、と、ベットされているチップ八枚を見つめ始めた。といっても、脳の処理は、もっぱら、眼球から送られてくる情報の認識ではなく、選ぶべきアクションの検討に割かれているに違いなかった。

 そのうちに、赫雄の残り時間は七分を切った。その頃になって、ようやく、彼は「【コール】」と言った。

「それでは、品辺さま。アクションを決定してください」

 競一は、数十秒、考え込んだ後、「【レイズ】、14CP」と言った。所持チップの山から、十枚を取ると、サークルに加える。

(セット1ラウンド4の時と、同じ作戦だ。もし、14CPの状態で、ショーダウンが行われ、おれが負けたら、お互いの所持チップ額は、おれが38CP、赫雄が63CPとなる。その場合、赫雄は、ラウンド5・6の両方で負けたとしても、失うチップがアンティ分のみなら、最終的なお互いの所持チップ額は、おれが50CP、やつが51CPとなる。ひいては、セット2は、1CP差で、赫雄が勝つ。

 ならば、ラウンド5・6の両方において、おれが【レイズ】したら、赫雄は、必ず【フォールド】するだろう。なにせ、ペナルティロールは、一度、受けただけでも、じゅうぶん、死ぬ可能性があるんだ。それなら、おれの【レイズ】に対して、【コール】または【レイズ】を行って、アンティ分より多い額のチップを失うリスク、ひいては、セット2で負けるリスクを抱えることなく、【フォールド】して、確実に勝つに違いない。

 おれは、ペナルティロールを食らう羽目になるが……一回だけだ。一回だけなら、まだ、なんとか、耐えられるかもしれない)

「それでは、轟橋さま。アクションを決定してください」

 その後、赫雄は、再び考え込み始めた。そして、残り時間が二分を切った頃になって、ようやく、言った。「【フォールド】」

「轟橋さまの【フォールド】により、品辺さまの勝利です。それでは、お二人とも、役を開示してください」

 競一は、ロールマシンからカバーを取り去った。テーブルの上、赫雄の陣地に、視線を遣る。

 彼の役は、【①255】だった。

(【半ゾロ】で、ゾロ目値は【5】……!)競一は両目を瞠った。(おれの役より、強い。もし、ショーダウンを行っていれば、負けていた……赫雄が【フォールド】してくれて、本当に助かった)

 その後、彼は、森之谷に言われたとおりに、賭けられているチップを獲得した。

「現在の所持チップ額は、品辺さまが56CP、轟橋さまが45CPです。それでは、ラウンド5のロールタイムを開始します」

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