003:ハンター登録

 英明学園の入学式当日。

 俺は中学と同様に、美湖と一緒に通学――するのではなく、一人で早歩きしながら学校へ向かっていた。


 なぜそんなことになったかというと、昨夜に『明日も一緒に行こうぜ。いつもの場所に7時30分集合ね』と、チップアプリのNINEでメッセージを送るも、返信どころか既読にもならなかったのだ。


 ちなみにチップアプリとは、頭の中に入れたチップにインストールするアプリケーションのことだ。

 以前はスマートフォンと呼ばれるデバイスを使って、メッセージを送ったり、電子マネーでの支払いなどを行なっていたようだが、現在の日国ではそんな人は絶滅危惧種で、ほとんどの人がチップを使用している。


 昔はスマホってやつで、わざわざ手でテキスト作ってたんでしょ?

 それって、めちゃくちゃ面倒臭いよね……。

 そう考えると今は、頭の中で考えたことを、そのまま相手に送れるからめっちゃ楽になったよな。

 チップを開発してくれた人本当にありがとう。


 なんて、誰か分からないチップ開発者に、感謝の言葉を伝えている場合ではないのだ。だって俺は今遅刻しそうなのだから。


 結論から言うと、美湖は俺からのメッセージを既読にすることはなかった。

 しかし、念の為と思って待ち合わせ場所で遅刻ギリギリまで待機していたのだ。


 いくら学力さえ伴っていれば、色々なことに目を瞑ってくれる校風だったとしても、入学式から遅刻なんてしてしまったら、学校はともかくクラスメイトから冷ややかな目で見られてしまうじゃないか。


 俺は中学時代にやらかした失敗を、高校には持ち込みたくなかったので、とにかく一生懸命に早歩きをした。

 その結果、なんとか遅刻は免れたのだが、「ゼェハァゼェハァ」と一人で息を荒くしていて、なんだかとてもダサかった。


 俺は自分の席に着席をして、とりあえずクラスをグルリと見回してみると、美湖が中学時代からの親友、真田万歌那さなだまかなさんと一緒に、見知らぬイケメン男子生徒2人と楽しそうに会話をしていた。



(あいつ、俺のメッセージ無視してるのに、友達をもう作って楽しそうに笑ってるのか……)



 クラスに入っても、俺に一瞥もくれず楽しそうに話している美湖を見て、心がズキリと痛んでしまった。




 ―




 入学式は滞りなく終了したが、新入生代表の挨拶を美湖がしているのを見て驚いてしまった。

 美湖からそんな話を一切聞いていなかったからだ。


 中学の卒業式が終わってからは、美湖に全然会うことができなかったから、話すタイミングがなかったのは事実なのだが……。


 それにしても、英明の新入生代表の挨拶をするって凄いな。

 この学力至上主義の学校の入試で、恐らく美湖はトップの成績で入学することができたのだろう。


 英明の成績トップということは、つまり日国にいる同年代の中で一番勉強ができるのと同義と言っても過言ではないのだ。

 美湖のことを凄いとは思っていたけど、まさかここまでだとは正直思ってもみなかった。


 そして、帰りのSHRが終わったので、俺は美湖の元へ行って話し掛けようとするも、俺のことを完全に無視して、朝に話をしていたイケメン男子の元へ行ってしまう。


 ――俺は美湖に嫌われるようなことをしてしまったのだろうか。


 正直本当に身に覚えがなかった。

 中学の卒業式では、第二ボタンが欲しいと言うから渡したし、下校もいつも通り一緒に帰った。


 なんだったら、美湖の方から「まだいいかな?」と言って、途中にある公園に寄って中学時代の思い出を語り合ったりもしたのだ。


 春休みの間に何かあったのか?

 美湖の突然の変化に俺はついていくことが出来なかった。




 ―




 家に帰った俺は美湖にメッセージを送ってみるが、やはり既読になることはない。


 ちょっと身に覚えがなさすぎて辛すぎるのだが……。


 正直美湖の心境の変化は俺には何も分からなくて、考えてしまうと陰鬱な気持ちになってしまう。

 なので、俺は無理やり楽しいことを考えるようにした。


 楽しいこと。


 それはハンター登録をすることだ!

 俺は今日無事に高校へ入学したのだから、ハンター登録をする資格を得たことになる。


 早速俺は、チップにハンター協会が運営している公式アプリの『ハンターギルド』をインストールする。


 このハンターギルドには、ハンター登録以外にもさまざまな機能が搭載されているのだ。


 例えば、自分のランクにあったオーダーを探せたり、パーティメンバーの募集や応募もできる。

 さらにフレンド登録した人やパーティメンバーとは、SNSやNINEでやり取りをしなくてもこのアプリを通して行うことができる。


 ハンターランクが上がるとハンター協会からの信頼が溜まって、指名オーダーも来るようになる。この依頼が来て初めてハンターとして1人前になるというのが一般認識になっているのだ。


 このアプリが登場したのは今から10年前で、それ以前は全てハンター協会に足を運んで、アナログでやり取りをしなくてはいけなかったらしい。


 さすがに面倒すぎる。


 また、ハンターギルド以上に革新的だったのが、『ロックアップ』の登場だ。ロックアップは昔使われていた、USBメモリのような形をしている。


 使い方は簡単で、倒した魔獣や鉱石にロックアップの先端で触れると、自動で中に収納されて、さらにはフリーズドライをしてくれるのだ。

 しかも、ハンター協会にロックアップを郵送するだけで良くて、検品と査定が終わったらまた送り返してくれる仕組みになっている。


 ちなみに査定金額の通知や、報奨金の入金などは、ハンターギルドで行われるのだ。


 控えめに言って最高じゃない?


 このツールが出てくる前は、倒した魔獣をその場で捌いて、特にお金になる部分だけを取って、他は燃やして処分するということをしていたらしい。

 そのため当時のハンターたちは、狩った魔獣を持ち帰ることを視野に入れなくてはならず、ダンジョンに入っても低階層にしか潜ることが出来なかったのだ。


 このロックアップが登場したことで、捌いて持ち帰る手間と労力、そしてスペースが削減されたことで、ハンターがダンジョン攻略に力を入れられるようになったのである。




 ―




「やっぱりハンターのことを考えるとテンション上がってくるなぁ」



 ハンターギルドをインストールした俺は、早速ハンター登録を開始する。


 基本情報を入力して、本人確認証と学生の場合は学生証を提出することで、ハンター登録は完了した。登録までの所要時間は5分程度だった。


 これでハンター協会の審査に通れば、晴れて俺はハンターになることができるのだ。やばい、めちゃくちゃ嬉しい。


 俺はソファーで横になりながら、足をバタバタさせて喜びを全身で表現をする。そんなハッピーな気分だったのに、以前美湖から言われてしまった言葉を不意に思い出してしまった。



『ハンターになるのはやめた方が良いと思うよ。喧嘩とは違って、ハンターには別の才能が必要になってくるんだから。多分詩庵にはその才能は備わっていないと思うのよね』



 美湖に、なんでそんなことが分かるのかと反論したのだが、理由を教えてくれることはなかった。


 ハンターになることは、俺の子供の頃からの夢なんだから、美湖に言われたくらいで折れたりすることはなく、「ハンターになりたい」という思いは日に日に増していくばかりだったのだ。




 ―




 ハンターの登録申請をして一週間が経過した。

 つまり、高校に入学して一週間が経ったということだ。


 その間俺と美湖は一度も会話をしていない。

 それどころか、目すら一度も合っていないという感じだった。


 美湖は相変わらず、真田さんやイケメン2人組と仲良く話している。


 しかも、今はその4人だけではなく、他のイケメンや可愛い女の子も集まって、いわゆるトップカーストと呼ばれるグループを形成していた。


 片や俺はというと、美湖のことが気になりすぎて、クラスメイトと友達になるというイベントを見事に失敗してしまう。その結果、俺はクラスでボッチという現状に甘んじているのであった。


 完全に自業自得ではあるのだが、実は中学のこともあって、人とのコミュニケーションが少し苦手だったりするのだ。

 だから、自分からどう話しかけて良いのか分からないのである。

 まぁ、全て言い訳なのだが……。


 っていうか、初対面同士で何をみんなそんなに盛り上がれてるの?

 何きっかけでそんなに仲良くなれたの?

 まさか、俺一人だけ別の中学で、他のみんなは同じ中学出身だったりするのかな?


 俺は心の中で叫んでいたが、その疑問に対して回答してくれる人はもちろん存在しなかった。


 そんなときに、チップが一通のメッセージを通知してきた。


 そのメッセージを開くと、タイトルに『ハンター登録が完了しました』という文字が見えた。



(よっしゃー!!!!)



 俺は心の中でガッツポーズをする。

 メッセージの内容を見ると、無事にハンター登録が完了して、Jランクになったと記載されていた。


 俺はそのままの勢いで、ハンターギルドのチュートリアルを進めていくと、『アプレイザル』と同期してくださいという項目があった。


 アプレイザルとは、ハンターギルドと同様に、ハンター協会が運営する公式のチップアプリだ。

 このアプリは、その人のレベルを測定することができる機能がある。


 レベルとは、俺たちが纏っているオーラの力とイコールと言ってもいい。どういう仕組みなのかはさっぱり分からないのだが、魔獣を狩りまくると、倒した人のオーラがある時急激にパワーアップするようなのだ。


 この急激なパワーアップを、アプレイザルは感知して、レベルアップと判断するとのことだ。


 ちなみにアプレイザルは、チップに最初からプリインストールされているので、日国の全員が持っているアプリだった。

 人のレベルというのは、かなり重要な個人情報になるため、DBに保存された情報は全て暗号化されていて、誰も解析することができないようになっている。


 そんな俺の今のレベルは1だ。


 魔獣を倒したことがない人は、絶対に1なるので俺は悲観など全然していない。

 むしろ、ちゃんとオーラがあること自体が、俺にとっては感謝すべきことだった。

 というのも、全ての人に等しくオーラがあるとは限らないのだ。

 もしオーラが無い人がアプレイザルを使用すると、『測定不能』という表示になる。


 さらに言うと、オーラは生まれ持った時点で持っている人もいるが、後発的にオーラが発現する人もいる。

 ちなみに俺がレベル1になったのは、小学校5年生のときだった。


 あのときは本当に嬉しくて、部屋中走り回って母さんにしこたま怒られた記憶がまだ残っている。


 ――俺のレベルはどれくらいまで上がるのかなぁ。


 Sランクになっているトップハンターのレベルは、分かっている限りで80を超えている。

 トップハンターを目指している俺は、そのレベルが目標になってくる。


 ただ一点危惧しなくてはいけないことがある。

 それは、誰しもが必ずレベルが上がるとは限らない、ということだ。


 人によっては際限なく上がり続けるのだが、レベル3になった途端に上がらなくなる人もいるらしい。

 つまりは、レベルが上がること自体が才能だったりする。


 こればかりは努力で何とかなるものじゃないので、俺は自分にレベルアップの才能があることをひたすら願うばかりなのだ。


 まぁ、そんなこと今から不安に思ってても仕方ないよな。とりあえず次の土日でハンター協会に行って装備を色々見てみよう。


 ハンターギルド内でも買うことが出来るけど、武器や防具の装備品は自分の目で見て購入するのが常識だ。


 ハンターギルド内で買うのは、ポーションや毒消しなどの消耗品や、ロックアップなどのツールがほとんどになる。


 俺は学校の自分の席に座りながら、ハンター協会に行く妄想をして、ムフムフしていたのだが、それを見た周りのクラスメイトから不審者を見るような目をされていたことに気付いていなかった。

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