実は二度目の七光り

青野

第1話どこ?

『昔々、あるところに

 1人のイケメンな青年がおりました


 青年はひょんなことから異世界にとばされ

 その世界を統べる悪い王様を倒すことになりました


 力をつけ、魔法を学び、悪い王様を倒した青年は伝説の勇者となり

 それはそれは美しいお姫様と結ばれましたとさ』










「…はっ」

 ガクンと肘が机からずり落ち俺はうたた寝から生還した

 …懐かしい夢見たな

 まだ思い出せる夢の内容をぼーっと振り返りながら、口の端からこぼれたヨダレを拭う

 夢に見た昔々…からはじまる超絶王道物語は、俺が物心ついた頃から父さんに刷り込まれた創作おとぎ話だ

 毎晩毎晩テストにでもでるんか?と言いたくなるくらい同じ作り話を何度も何度も何度も聞かせてくるもんだから、小学校にあがる年には父さんが昔々…と話し出そうとした瞬間から布団に潜り込んでなんとかそのお経を耳にいれないように奮闘していた

 まぁさすがに成長して寝室わけてからは聞かなくなってたけど

 それでも夢に見るくらいに脳みそに刻み込まれている


「机にもヨダレ垂れてんぞ」


 同じ机で漫画を読んでいる父さんに指摘された

 父さんの作り話が父さんの声で脳内再生されて夢に見たのは、実は俺が寝てる間に耳元で喋ってたんじゃないか?という疑惑が浮上してくる


「…父さんが作った話夢にでてきた」


 服の袖で机をふきながら言うと、お!と目を輝かせた父さんが読みかけの漫画に栞を挟んで俺のほうにぐっと身を乗り出した

 わざわざ栞はさまなくていいって…

 めちゃくちゃ嬉しそうな父さんに対して、夏休みの宿題を出された小学生のような顔の俺(つまりめんどくさい)


「どんな感じだった?お姫様とかいたか?」

「いや、そういうんじゃなくて父さんがただ語ってるだけな夢だったし…」


 なんかちょっと申し訳なくなりながら(別に期待に応える義理もないんだけど)チラッと父さんを見ると

 そうか…と明らかに落胆している

 このおっさんは本気で異世界とかいうのを信じているんだろうか

 切なそうな表情で再び漫画を読み始めた父さんの手元を見ると

『異世界転生~ただのサラリーマンが最強の勇者になる話~』

 …父さんの人生のバイブルだろうなって感じのタイトルの漫画で、その他にも

『ギャルゲーに異世界転生して王子になったと思いきや悪役皇太子のほうでした』とか

『異世界転生したらいきなりレベルマックスだった』

 とかとにかく異世界転生ものの漫画が何冊も机に平積みされていた


 父さん…母さんに逃げられて現実逃避したいんだろうな…

 勝手に逃げられたことにして哀れみの目を向けているが、父子家庭歴=年齢の桜井 勇気17歳。さすがにもう高校生の俺は勘づいている

 だって幼稚園児の頃父さんに「なんでうちにはお母さんはいないの?」と聞いた俺に

「お母さんはな、遠い国で俺やゆきのことを思って生きてるんだぞ」

 と言っていたが、それで到底理解が及ぶわけがない小さな脳みそは「お母さん死んだの?」「お母さんほんとにいるの?」と質問の槍を父さんに突き刺したが返事は変わらず、その後子供特有の《必殺同じ質問百連発》をお見舞いすると

「お前がお母さんに会うことはないかもしれないけど、お母さんはちゃんと生きてるの!!」

 と苛立ちまじりに返されたのを鮮明に覚えている

あ、ちなみに俺の名前は『ゆうき』だけど、父さんはずっと『ゆき』って呼んでる。作者の文字打ち間違いじゃないから誤解なきよう


 …話を戻すと、まぁ物心ついた頃から今に至るまでお母さんの存在を確認できる出来事はなかったし、キレイだったんだぞー絶世の美女だったんだぞーと言うくせに写真1つ持っていない(スマホのフォルダにもない)

 おまけに指輪すら持ってないんだから、これはもう俺という生命ができちゃって、産んで俺を押し付けて逃げてった

 ってことで辻褄が合いまくるんだよな…


 段ボールにいれられた子犬でも見るかのような視線を父さんにむけていると、視界に入った壁掛け時計が午前9時50分を指していることに気づく


「うわやっべ!!!」


 俺は10時に人と待ち合わせていることを思いだして椅子がぶっ飛びそうな勢いで立ち上がった

 やばい、やばい

 初デートなのに!!!!!

 昨日終業式を終えた俺がつぶやいた「明日から暇だなー」を溢さず救い上げた幼なじみのあやかからの「じゃあ明日一緒に雑貨屋さん行かない?」は今まで父子家庭で少しさみしい思いをした俺へのサンタさんからのプレゼントだと思っている


 ありがとう冬休み、ありがとう誕生日が近いあやかの弟、ありがとうサンタさん!!!


 俺は高速で服と髪の乱れを整える

 待ち合わせた駅前まで家から徒歩約6分

 変な妄想しすぎて夜一睡もしてなかった俺でも全力疾走で3分で間に合う!!!


 急に1から5にギアチェンし既に玄関で靴を履いている俺に

「ゆきはあやかちゃんと結婚するんだろうなぁ」

 と微笑みながら近づいてくる父さん

「ちげーし!」

 何も違ってほしくないけど

 話してもないのにあやかとデートすることを勘づかれているのが恥ずかしくて振り向きもせずに家を出る


「ゆき!」


 1分1秒を争う俺をKY親父が呼び止める

 KYってもう死語か?どうでもいいけどなんだよ早くしろ

 鬼の形相で振り向いた俺に、父さんはほれとギラッと光る何かを手渡した


「お母さんのだ。大事にしろよ」


 え…

 あやかとのデートに続いてお母さんのこと考えてたのも見透かされてたんか?

 ていうかこれ、形見?何?今じゃなきゃだめ??


 どうでもよくない内容なだけに「お、おぉん…」と変な声を出して、でもやっぱり目先の約束が迫っているから渡されたものをよく見もしないで走り出した

 がんばれよーって父さんの声が後ろから聞こえたけど、あの人俺がプロポーズでもしに行くと思ってない?



 陸上選手さながらのスタートダッシュを決め込んだものの家の目の前の信号に足止めをくらい道路に2、3歩はみ出して急ブレーキをかけた

 危うく冥界という異世界に飛ばされるところだった…


「ここの信号長いんだよな…」


 いら立ちながらも変わってしまった信号はどうすることもできないので、ソワソワと焦りながら握ったままの『お母さんの』をじっくり見てみる


 長いチェーンに、小さな剣がついたネックレス

 よく修学旅行とかのお土産で売ってる小さい剣のストラップに似ていた

 けどそれに比べたらずっしり重いし、剣の柄の部分に緑の石みたいなのがはめられてるけどそれも形がガタガタしてて歪というか…


 長い待ち時間を利用して職人さながらに鑑定していると、剣先が赤くチカッと光っていることに気づく


「これ光るの?…ってうわぁあああああ!!!!」


急に剣をド派手にまといだした赤いメラメラ

 火!火だ!!!


 ''光っている''どころの騒ぎじゃない加減の炎は、瞬く間にチェーン含めネックレス全体を包みこんだ

 これライターか何か!?!?

 何がなんだかわからないままその炎はネックレスを握っている俺の手から一気にからだ全体を火だるまにした


「ちょ、やば、だ、誰かぁぁ!!!」


 視界の端から端まで赤に覆われ、俺は混乱と恐怖でぎゅっと目を閉じた


 やべぇ、死ぬ?!|もう死んだ!?!?誰か消防車呼んだ?!音も声もなんも聞こえねぇぇ!!!


 人間強い恐怖におそわれると硬直するようにできてるようで、俺はわーとかあーとかとにかく叫びながら結構長い間目をつむったまま立っていた

今日初デートなのにぃぃぃ!!!!


……


 …あれ?


 さすがに静かすぎて違和感を覚える

 こんな状態になってる人見つけたら普通きゃーとか何かしら聞こえると思うんだけど…

 しかも人の声はおろか車が走ってる音も、諸々の生活音が聞こえない


 ついにほんとに死んだ…?


 俺は恐怖半分覚悟半分で恐る恐る目を開けた


「………は?」


 俺は燃えてなかった

 皮膚も服も何一つ焦げてなかった


 いやそれよりも


「…どこ?」


 俺は暗くて狭い書庫のような場所に立っていた

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