第二十三話 『叫び』の約束

 黄瀬きのせさんの腹部を貫通した光線は、そのままラジオットのほうへと向かい、奴の消えていく。


「そして、こうすればもできる」


 黄瀬さんが、腹を抑えて膝をつく。


「ぐ…、我ながらすげえ威力だ…!」

まったくだねぇ~。良い贈り物を


 そう言い、ラジオットは歩み寄ってくる。


「あっ、そこ動いちゃだめだから」


 スイーツが、左腕を前へ突き出す。その白い腕からは、白い球がたくさんラジオットのほうへと飛んでいく。


「【エンジェルパーティー】」

「…?なんだいこれ?」


 どんどんと周りを取り囲み、ふよふよと漂うそれらに、ラジオットは指で触れる。すると、その触れた球から何かが飛び出す。


「!」


 球からは、一本の針が飛び出していた。それは、ラジオットへと一直線に伸び、奴の右肩を貫く。


「あっはは~、なるほどね~…」

「ボクのは、変幻自在さ。甘さも、舌触りも。それこそ、形だってね」

「…、それはクリームなのか…な…?」

「ボクが、クリームって言ってるんだから、クリームだよ?」

「あぁ…そう……」


 ラジオットは、余裕が無くなってきたようだ。赤根は、この隙に、黄瀬さんをキュアーのもとへ運ぼうとしていた。


「それはさせないかな~…」


 それを見つけたラジオットは、黄色のテープを向け、そこから光線を発射する。


「あぶな…っ!」


 赤根は、それを躱そうとする。しかし、黄瀬さんを担いでいる状態では、上手く体を動かすことが出来ず——


「あ」


 被弾ひだんする。直撃は避けることが出来たが、チョーカーを少しかすってしまう。


「あちゃ~。しまったな」


 赤根の変身する【フーン】の姿は、砂嵐がかかったようにおぼろげになり、消える。もとの姿に戻った赤根の姿だけが残る。腹部のダメージが深刻なのか、黄瀬さんの変身も同様にける。


 ——?


 その時、一つの違和感を感じる。


——赤根の髪って、だっけ?


 そう、普段はの赤根の髪が、白い。そして、見ているうちに白から黒へと変わる。


 気のせいだったのか?まあ、俺のダメージも深刻ではあるからな。きっと、空目そらめだろう。


 ——今はそんなことを考えている場合ではない。


 そう、今はそれよりも大事なことがある。二人が退場してしまった以上、この場で戦えるのはアイツだけだ。となれば——


「俺も行く…!」


 俺は、重い体に力を込め、立ち上がる。


「黒川くん⁉まだダメだよ!」

「そんなことも言っていられない…。さいわい、今はアイツがラジオットの動きを封じてくれている…。今のうちに、俺も参戦さんせんする…!」


 チョーカーを装着した俺は、現場へ向かおうとする。


「…!」


 その時、俺の上着のすそが引っ張られる。


「…ダメ」

真守まもり…」


 引っ張ったのは、真守だった。


「止めるな」

「…!ダメ……‼」


 真守は、離すどころか、ますます指先に力を込める。


「これが俺の…、俺たちの仕事だろう。それは、理解しているだろう」

「ダメ…、ダメ…!」


 真守は、離そうとしない。


「だって…、まこと…、死のうとしてる……」

「…、それが俺の仕事だ。市民の安全を守るのが、俺の使命だ」


 真守は、ついに指先だけでなく、その両手で裾を握りこむ。


「どうして、行かせてくれないんだ」

「だって…、だってだって‼」


 真守は、叫ぶ。


「あなたのことが…、『好き』だから‼」

「!」


 ——ああ、そうか。


「俺も、同じ気持ちだよ」

「…!だったら‼」


 ——でもな、それは無理なんだ。


「俺は…、なんだよ」


 ——だから…。


「一度に『二つのこと』はできない」


 ——だからさ…。


「今は、これ以外のことは考えられないんだ」

「だったら…、ワタシのことだけ見てよ…」


 真守は、抱き着いてくる。引きはがすのは容易だ。しかし、


「言ったろ?俺は『二つ同時』にはできないんだ」


 ——だから。


「だから、これが終わったら——」


 ——これが終わったなら。


「その時は、俺の返事を聞いてくれ」

「………………」


 真守の腕から、力が抜ける。


「…」

「…」


 俺は、体に残る力を全て出し切るつもりで、走る。後ろから、誰かの声が聴こえる。こころなしか、歪んでいる。きっと、涙で濡れているのだろう。


 ——ありがとう。


 誰のモノかはわからないが、その声に感謝する。俺には、帰る場所がある。俺のために、泣いてくれる人が居る。そして、俺は想う。先程の約束を。


 ——絶対に、生きて帰る!

 そして、今はできない『もう一つのこと』をする!


 俺は、首元に手を持っていき、チョーカーのスイッチを入れ、叫ぶ。


獣化じゅうかァァ‼」


 俺の体は、別の姿へと変わっていく。それは、俺の叫びを…、俺の心を具現化した姿。俺の力。生きるための力!


 そして、叫ぶ。いつものセリフ。俺に勇気を与えてくれる言葉。俺を、戦士へと変えてくれる言葉。黒き戦士…【ロアー】のセリフ!


「お前の叫びは…!聞き入れない‼」


 俺は、跳ぶ。ラジオットへと跳ぶ。


「え、ちょ…!なんか飛んできたぁ⁉」

「あら~、もう一人居たのね…」


 奴へと向かう途中、白い球に当たる。何度も何度も。触れるたびに、俺の体は貫かれる。しかし、ひるむわけにはいかない。


「バカなのかな?そんなんで、ボクに届くかねぇ」

「え、何で止まらないのぉ⁉か、【解除】‼」


 白い球が消える。視界が晴れて、奴の姿がはっきりと見える。これで——


 ——これで、全力で


「⁉」

「ぅぅあああああ‼」


 俺は、振りかぶった腕を奴の胸に向かい、突き出す。


「あ……、がぁぁ‼」


 俺の拳は、ラジオットの胸へと命中する。奴は、後方へと勢い良く転がっていく。


「ぐ…!よくも…!このボクちゃんにこんなことをぉ!」


 そう叫ぶ奴の胸には、大きな亀裂が走っている。そして、その亀裂はどんどんと大きくなり、ついには、奴の胸が砕けてしまう。その中からは、たくさんのカセットテープが転がり出てくる。そのどれもが、砕け、バラバラになっている。


「どこに持ってんのかと思ったら、そんなとこに隠し持ってたのか…」

「あ…、が…!」


 ラジオットは、無くなった胸を押さえて苦しんでいる。


「おい!だっけか?」

「え?ボク?スイーツだけど」

「なら、スイーツ。後ろの三人を守ってやってくれないか?」

「え……、わ、わかった…」


 スイーツは、すこし戸惑っていたが、後ろの三人のもとへと駆けていく。これで、『障害』は無くなった!


 ——これで、遠慮なく使える‼


 俺は、腕を頭の上でクロスさせて、息を吸う。大きく、息を吸う。


 ——確か、黄瀬さんが言っていたな…。


 俺の頭の中には、あの時のやり取りが流れていた——


『——お前さ、技名とか考えないのか?』

『技名…、ですか…。必要だとは思いませんが』

『そんなことはないぞ。名前…、それはそれを形作るうえで大切なものだ。名前をとなえたとき、どんなものかが頭の中に浮かぶだろ?』

『はあ…、そうですね』

『だからさ、技を放つときに『技名』を言うんだ。それによって、技のイメージがより鮮明になる。成功率も上がるだろう。それになにより…』

『何より?』

『かっこいいだろ⁇——』


 ——技名か…。


 そうだな。これは、俺の『叫び』の力だ。そして、俺を俺としてくれている…、俺を形作る一つの要素だ。なら…、名前を付けるぜ。


 俺は、上げた腕を振り下ろし、叫ぶ。


「【フレイムロアー】‼」


 俺は、叫び続ける。


「ううぅぅああああああああああああ‼‼‼」


 その叫びは、熱を帯び、炎を起こす。それは、一つの方向へと向かう。奴の——


 ——ラジオットのほうへ!


「ぐぎゃぁぁぁぁ‼」


 ラジオットは、炎に巻かれる。息も出来なくなっているだろう。とても苦しそうにもがいている。


「あああああああぁぁ…!かはっ……!」


 俺の声も続かなくなり、ラジオットを焼いていた炎は消える。その中からは、黒焦げになったラジオットの姿。かろうじて、立っているようだ。


「ぐ…、ぐぅ…!」

「なあ、一つ聞いてもいいか?」

「な…、にかな…?」

「お前は、?」


 俺の問いに、ラジオットは答える。


「はは…、そんなの決まってるじゃあないか…!はぁ…!ぐ…、『人を殺したくてたまらなかったんだよ』…!あいつらの日常を全部過去のものにしてやろう…っってね‼」


 奴は、最後まで言い切ると、腕を俺に向かい突き出す。その手には、


「【再生リプレイ】ィィァァ‼」


 そのテープからは、一つの光線が飛び出す。もちろん、俺は躱す。


「遅い…。そんなものでは、俺は殺せんぞ?」

「は…、どうかな…?」


 俺は、上体を横へ倒す。その直後、胸の前を光線が通り過ぎる。


「なっ⁉」

「何度も同じ手が通用するかよ。俺は、二回も見ているからな」

「く…そ…!」


 ラジオットは、光線の軌道を変え、再度俺へと飛ばす。俺は躱す。光線が曲がる。躱す。曲がる。躱す。


「当たるかよ」


 以前の俺なら、ここまで動けなかっただろう。きっと、初めに軌道が変わった時に躱しきれず倒れていただろう。しかし、俺は、以前の俺と違う。体力や力が成長したわけではないが、。それは——


 ——覚悟かくご


「そろそろこちらから行くぞ」


 俺は、ラジオットへと向かう。途中、何度も光線が向かってくるが躱す。


「…、まずい…!」


 奴のダメージは、凄まじいだろう。もう、逃げることもできない。


「これでも喰らえ!」

「!」


 もう少しで、奴に到着できるというところで、俺の眼前に光が現れる。奴が、光線を自分のもとまで戻し、そこから俺に向かい伸ばしてきたのだ。流石に躱すしかない。俺は、それを上体を後ろへ逸らし、躱す。


「ん…!」


 俺は、バランスを崩して、転んでしまう。その衝撃で、今まで忘れていたダメージと、無理をした分の疲労がどっと、押し寄せてくる。倒れていると、光線が奴の手のひらへと帰っていく。


 ——もう、躱すのは無理だな。あと、一度躱せるかどうか…。


「なあ……!」

「こ…、んどは…、な…」


 ラジオットは、もう息も絶え絶え。すべて言い切る前に、声が消える。


「俺は、もう…。体力が空になりそうだ…。あと、一度躱せるかどうか…。次で終わりにしようぜ」

「そ…、だ…」


 俺は、一つの提案をする。


「そこで…、『好きに操れる』ってのを『俺に命中するまで追い続ける』に変えてみないか?」

「!」


 ——奴を倒すにはこれしかない!


「もしかしたら俺は…、疲れたふりをしているかもしれんぞ…⁇」

「ふ……、いいだろう……!」


 ラジオットは、最後の力を振り絞り、テープを突き出す。


「【再生リプレイ】……!」


 ——今だ!


 俺は、ギリギリで躱し、奴へと走る。


「…⁉何を…⁉」

「これで終わらせる!」


 俺は、奴の背後へと周り、羽交い絞めにする。


「な…⁉まさか…、やめ……!」

「『やめろ』と言われてやめる奴があるか…!」


 ラジオットは、身じろぎする。しかし、もう振り払うだけの力は奴に残っていない。そして、前方からは先程放たれた光線が迫る。


「くたばれォォォォ‼‼」

「やめろぉぉぉぉぉぉ‼‼‼‼」


 光線は、ラジオットの胸を貫く。そして、俺の胸を貫き、消える。


「がぁ…!はっ!」


 俺と奴は、倒れる。倒れながら、俺は奴に言い放つ。


「だから言ったろ…?『叫びは聞き入れない』ってな」


 俺の体は、地面へと激突する。


 ——これで何度目だ…?


 俺の意識は、途絶えた。

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