第十七話 湧く『温泉』

 更衣室のほうから、何かの音が鳴る。


「あれ…、誰かのデバイスが鳴ってますよ?」


 そう言い、赤根あかねは、確認しに行く。


「あ、僕のデバイスでしたー‼」


 赤根は、着信に出たようだ。しばらく、何かを喋っているのが聴こえる。


「はい。あー、わかりました。すぐ向かいます」


 通話を切り、赤根は戻ってくる。


「何か、あったのか?」

「あー、なんか機動きどうさんが、僕と黄瀬きのせさんを呼んでるみたいです」

「さっきも、呼ばれたばかりだろう」

「そうですよね。まあ、とにかく行きましょう。黄瀬さん」

「ああ」


 二人は、トレーニングルームを後にする。当然、俺は一人になる。


 ——覚悟…、か。


 俺は、わからない。『覚悟』がわからない。どうしてだ?俺には、本当にないのか?出来ていないのか?覚悟が出来ていないのか?


 ——なぜ、俺は戦っている?


 ダメだ…。考え始めると、さらにわからなくなる。頭がどうにかなりそうだ。


「なんなんだ…、なぜわからない…!いや…、⁉」


 俺は、膝から崩れ落ちる。


「『覚悟』とは何だ…⁉俺の覚悟ってなんだ…⁉クソクソクソクソ‼」


 ——クソクソクソクソ‼


「あれ~?何か面白いことになってるね~⁇」


 そう言いながら、誰かが入ってくる。


「黒川くん…、『覚悟』って、なんのことだい?」


 キュアーだ。


「なんでもない…、お前には関係のないことだ」

「ん~、そうでもなさそうだけど?」

「うるさい‼」


 キュアーは、お構いなしに話しかけてくる。


「そういうわけにもいかないね。何か、悩んでる風だし。


 俺は、その言葉を聞いて、頭に血が上る。


「うるさい‼お前なんぞにわかってたまるか‼覚悟なんて、これっぽちも出来てなさそうなくせに‼‼」

「……、何だって?」

「聞こえなかったのか?なら、もう一度言ってやる!覚悟なんて、出来ていない…この!」

「……、言葉が汚くなってるよ」


 キュアーは静かになる。その雰囲気はだんだん暗くなる。


「覚悟…、『覚悟』か。だったら、見せてあげるよ」


 そう言い、キュアーは部屋の中央へ向かう。


「来なよ…。


 ——なんだと…?


「ほぉ~?戦闘職でもない…、ただ治すだけしかできないお前がか?」


 俺は、頭に血が上っているせいか、正常な判断が出来ていないようだ。自分でもわかる。しかし、もう止まれない。まして、コイツは亜人だ。クソッタレ亜人だ。加減は要らん。


 ——やってやるよ…!


「おっと、獣化じゅうかしておいでよ。亜人と人間じゃあ、力の差がありすぎる」

「いいだろう…!後悔すんなよ…‼」


 俺は、言われた通り、チョーカーを起動する。チョーカーから、いつものようにスーツが展開されていき、変身が完了する。


「行くぞ‼」


 そう叫び、キュアーへと走っていく。そして、間合いに入ったところで、拳を引き、力任せに奴へと振る。


 キュアーは、迫る拳を瞳で捉えながら、声を出す。


「後悔…、。それこそ…、‼」


 奴も、拳を放つ。


「甘いよ‼」


 俺の拳は、頭を横に倒し、かわされる。そして、奴の拳は——


「ぐぁ…‼」


 クロスカウンターの要領で、俺の顔面へ命中する。


「うぁ……‼」


 そして、そのまま吹っ飛ばされ、壁へと激突する。


「だから、?」


 キュアーは、言い放つ。


「『ボコボコにしてあげる』ってね」


 奴は、続ける。


「ああ、そうそう。今の僕は、。覚悟…?そんなものは、。君は、出来ていないようだけどね」


 ——コイツ…、強い‼


 能力を使わずに、この強さだと?戦闘向きの能力じゃないと、あなどったか…‼


「クソォォォォ‼」


 俺は、立ち上がり、もう一度奴へと向かう。


「第2ラウンドだ」

「あああああああ‼」


 俺は、拳を振る。腕を振る。何度も。何度も何度も。


「これだけかい?」


 しかし、奴は、そのすべてを防ぐ。時には躱し、時には拳や腕で弾く。俺の攻撃は、一つも命中しない。


「なんで…!なんで当たらないんだ‼」


 攻撃を防ぎながら、キュアーは笑う。


「それこそ…、『覚悟』の差なんじゃあないのかな⁇」

「クソがぁぁぁぁぁ‼」


 瞬間。俺の体が宙に浮く。


 ——なんだ…⁇何をされたんだ…⁉


「ボクの能力は、何も『傷を治す』ことだけじゃあないんだ。こうやってお湯を『噴出』させることもできる。


 俺は、やっと理解した。なぜ、体が浮いたのか。俺は、攻撃されたのだ。


「うぐぉ…‼」


 その攻撃の正体は、膝蹴り。それも、超高速の。


 奴は、足先からお湯を噴出して、その勢いで俺に膝蹴りをかましてきたのだ‼まずい…、非常にまずい…!この体勢はまずい!、この体勢はまずい‼


「反撃開始…、だよ」


 そう言い放つと、キュアーは腕を引き、構える。そして、肘の先から


「【秘湯巡りホットスポッター】‼」


 お湯の勢いで、拳を振る。命中する。もう片方の拳も、同じように振る。命中する。それを何度も繰り返す。何度も何度も。繰り返し繰り返し。


 確実に、俺を倒すために。


「終わりだ…‼」


 最後の一撃で、俺は再び吹っ飛ばされる。もちろん、壁に激突する。


「な…、なぜだ…、なぜ、俺の攻撃が当たらない…」

「まだわからないの?『それこそ…、覚悟の差なんじゃあないのかな⁇』」


 ——完敗だ…。


 俺は、手も足も出なかった。いつもと同じ。そう…、いつもと同じ。弱いからだ。


 ダメージが限界なのか、チョーカーは安全装置を作動させ、変身が解除される。


「あ、傷は治しておくよ。さっき、治したのに、またケガしたからね」


 いつものように、キュアーは俺にお湯を噴射する。


「………」


 傷は治った。ダメージも回復した。それこそ、。しかし、この胸に残るモヤは何だ…⁇


 ——俺は…、弱い……。


「最初に言ったよね?治せるのは物理的な傷や病気だけ…。って」

「心…の……?」


 キュアーは、あきれたように言い放つ。


「それが、『後悔』だ。、キミのほうだったようだね」

「後悔…」


 そうか…。俺は後悔しているのか。後先考えずに行動したことを。相手の実力を見誤ったことを。自分の弱さを、突きつけられてしまったことを。


 ——また、やってしまった。

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