第3話/私のお尻を見た罪!


翌朝、なにやら焦げ臭い匂いで目を覚ました。

部屋を見渡しても、どこからも煙は出ていなく、また朝宮がなにかやらかしたと確信して、慌ててリビングへ走った。


「なにやってんだ!」

「おはようございます! パンを焼いてるんです!」


トースターを覗き込むと、中には真っ黒の煙が充満していて、俺はすぐにトースターのコンセントを抜いた。


「なんで意地悪するんですか!」

「焦げてんだよ! 気づけよ!」

「チンが鳴るまで焼けないんじゃないんですか?」

「ガッツリ焼けてるよ! いったい何ワット何分で焼いたんだ」

「とりあえず美味しくなるように、ダイアルをフルで右に回しましたけど」

「はぁ‥‥‥」


朝宮のアホさ加減に小さなため息を漏らし、大人しく歯を磨きに洗面台へ向かった。

朝からイライラしながら歯を磨いていると、火災報知器の警報が鳴り響き、歯ブラシを咥えながらまたリビングへ走る。


『火事です。火事です』

「おい!!」

「トースターを開けただけなんです!」


リビングにはトースターから出た黒い煙が漂い、俺はその中で椅子の上に立って、火災報知器の電源を切った。


「今日の朝ごはんは諦めろ。俺はさっさと着替えて、通報される前にご近所さんに謝りに行ってくる」

「頑張ってください!」

「お前も謝れよ!!」

「頭下げる暇があるなら、早く世界救っちゃいましょう」

「お前マジで何言ってんだ」

「理解できないですか‥‥‥世界の常識が私に追いついていないということですね」

「お前が遅れてんだよ。ちゃんと常識身につけて、早く追いついてこい」

「ハハッ! なに言ってるんですか? 厨二病拗らせちゃいました?」

「お前だよ!!」


馬鹿な朝宮はほっといて制服に着替え、俺一人で外に出ると、ご近所を周る必要もないくらい、心配したご近所さん達が家の前に集まっていた。


「警報鳴ってたけど大丈夫?」

「あ、朝からすみません。トースターでパンを焦がしてしまいまして」

「火は出てないのか?」

「はい! 問題ありません!」


状況を説明すると、ご近所さんは安心したように帰って行き、俺はまたリビングへ戻った。

なんか、朝から恥かいたな。


「下駄箱の上に合鍵置いとくから、出る時鍵閉めろよ」

「はい! お昼ご飯はどうしましょう」

「知るか」


これ以上朝宮の顔を見ていると怒りが爆発しそうで、早めに家を出て、コンビニで自分のお昼ご飯のおにぎりを買い、学校へやってきた。


一輝いつき!」

「よっ」


教室に入ると、陽大ようだいが元気に声をかけてきた。


「今日も今から掃除?」

「もちろん」

「てか、なんか顔に黒いの付いてるよ?」

「色々あってなー」

「へー」


水道で顔を洗ってから、いつも通り教室の掃除を終わらせ、自分の席を綺麗に拭いている時、朝宮が登校して来て、さっそくクラスの女子に声をかけられている。


和夏菜わかなちゃんおはよ!」

「おはようございます」


挨拶をして立ち止まることもなく自分の席に座る。

相変わらずクールな対応だ。


和夏菜わかなちゃん、家で何かした?」

「なぜですか?」

「なんかほっぺ黒いよ?」


その言葉を聞いた瞬間、ジワっと冷や汗が溢れ出した。

二人揃って顔に黒いの付けてたとか怪しくないか?

そもそも、一緒に暮らすのは内緒って言ってなかったな。

今言うわけにもいかないけど、学校での朝宮なら信じても大丈夫か。


「なんでしょうね。洗ってきます」

「いってらっしゃい!」


朝宮を信じることにして、安心して席に着く。





一限目は美術の授業で、朝のホームルームが終わると次々とクラスメイトが美術室へ移動を始めた。


朝宮もすぐにクラスメイトに連れて行かれ、俺はその後ろを少し離れた距離を保って付いていき、なんとなく朝宮の後ろ姿を眺めていた。


和夏菜わかなさんのお尻なんて見てどうしたの?」

「み、見てねーよ」


少し遅れてやって来た陽大ようだいに余計なことを言われたが、朝宮に聞こえてないことを心から祈るばかりだ。

聞かれていたら、絶対家でいじってくるに違いない。


「なにか考え事?」

「ちょっとな」

「僕も悩んでることがあるんだ」

「どうした?」

「一限目が美術とか、早弁できないし、お腹空いちゃうよ」

「一限目から食うこと考えるなよ」

「食べることが僕の幸せなんだ! 明日も食べたいから今日も生きる!」

「羨ましい人生だな」


陽大ようだいと話してるうちに美術室に着いてしまい、気怠い美術の授業が始まってしまった。


「今日は鉛筆だけで、隣の席の生徒を描いてもらいます。はい、隣の人と向き合ってー」


よりによって朝宮の顔とか最悪だ。

なんか気まずいし。


「よろしくお願いします」

「よ、よろしく」


家とのギャップで調子が狂う。

でもこっちの方が、なにも起きないだろうという安心感があるな。


さっそくお互いに似顔絵を描き始め、朝宮はクールな眼差しで俺を見つめながら鉛筆を走らせる。

だが俺は、絵のセンスなんてものはみじんも無く、朝宮の綺麗な顔立ちを絵で表現するのは無理だ。





結果、黒髪ロングのチンパンジーみたいになってしまった。


「うっわ! 一輝いつきくんふざけてるの? 和夏菜わかなちゃんのことバカにしてるでしょ!」


前の席の女子生徒が俺の絵を見て半ギレだ。無理もない。

だってチンパンジーだもんな。


和夏菜わかなちゃんも見てみなよ!」


朝宮は静かに立ち上がり、俺の後ろに回った。


「これ酷くない?」

「でも、最後まで描いています」

「え?」

「努力賞ですね」

「さっすが和夏菜わかなちゃん! 優しい!」


手のひら返しが凄いんだが!


「そんなことありませんよ。私も絵は苦手なので、掃部かもんさんの気持ちが分かりますし」


頼むから、家でもそんな感じでお利口に俺に優しくしてほしいものだ。


和夏菜わかなちゃんの絵も覗いちゃおー」


どうせ朝宮もたいしたの描いてないだろ。

アホで何もできないし。


「完璧なのに、どうして顔は描いてないの? まだ途中?」

「完成です。これは私から見た掃部かもんさんです」


完成品が気になって、俺も朝宮が描いたものを見てみると、制服や輪郭、髪型は完璧で、絵の才能があることを認めるしかなかった。

なのに、顔の部分だけが何の手も加えられておらず、真っ白のままだ。


「俺はのっぺらぼうかよ」

「そういうことじゃありませんよ? 私は本当の掃部かもんさんを知りませんので」

「あはは! 一輝いつき嫌われてるんじゃない?」


おいおいマジかよ。俺嫌われてるのかよ。

一応、部屋一つ貸してる身だぞ。


「ちゃんと描かないと怒られるぞ」

「これが私の表現ですから」

「そ、そうか」


結局、朝宮は美術の先生に感性を褒められ、俺だけが納得のいかない結果となってしまった。

本当の俺ってなんだよ。

バリバリ本性出して、毎朝掃除してるだろうが。





午前の授業が終わって昼休みになると、朝宮はトイレへは行かず、ずっと自分の席に座っていた。


一輝いつき

「ん?」

和夏菜わかなさんがずっと見てるけど」

「き、気にするな」


いったいなんなんだ。昼飯買ってないのか?

俺のおにぎりがそんなに羨ましいのか?

なら、腹を空かせて反省するんだな。


そうは言っても、きっと悪意は無かっただろうしな。きっと‥‥‥。

わざとじゃないよな?大丈夫だよな?

家に帰ってから気まずいのも嫌だし、おにぎり一つやるか。


「ちょっと飲み物買ってくるわ」

「今日も机の見張りしときやす!」

「おう」


俺が立ち上がると朝宮も立ち上がり、一定の距離を保って静かに付いてくる。

俺はそのまま自動販売機で水を買い、水を取るふりをして、取り出し口にコンビニのおにぎりを一つ入れた。

そして朝宮とすれ違う時、誰にも聞こえないように小さな声で伝えた。


「一個で我慢しろ」


そのまま振り返らずに教室へ戻って来たが、朝宮が戻ってこないのを考えるに、今日もトイレでボッチ飯中なのだろう。

想像するだけで食欲が無くなる‥‥‥。


「飲み物は?」

「あっ、く、来る途中に飲み干した」

「ハハッ! 変なの!」

「喉渇きすぎてな」

「それより、和夏菜わかなさんって本当にいいよねー」

「どこがだよ」 

「美人で清楚で、クールな感じがたまんないよ! 好きな人とかいるのかなー」


陽大ようだいも裏の顔を知ったら幻滅するんだろうな。

朝宮は全然良くないぞ。


「さぁ? そういうの興味なさそうだけど」

「だよねー。人気者なのに、どこかみんなと距離があるというか、クールだからそう感じるのかな」

「知らね」

一輝いつきは人が嫌いだから興味ないか」

「その話はしない約束だろ?」

「そうだった。ごめん」

「いや、でもあれだ。陽大ようだいのことは嫌いじゃない」

「うん! それ定期的に伝えてくるけどホモなの?」

「やっぱり嫌いになりそうだわ」 

「ごめんって!」

「ただ感謝してるんだよ。中学の時のこと」

「それ百回は聞いたよ」

「んじゃもう言わね」 

「ごめんって!」


俺は陽大ようだいと話しながらも、朝宮に優しくしてしまったことを後悔していた。

優しくしたら、絶対に調子に乗るタイプだろ、あいつ。





午後の授業も乗り切り、今日も学校での一日が終わった。

だが俺は、疲れが溜まるのはこれからだと確信している。


足早に帰宅し、鍵を閉めてリビングとトースターの掃除を済ませてたから数時間のんびりしていると、トラウマすら感じる、連続のチャイム音が鳴り響いた。


「はい」


モニターを見ると、やっぱり朝宮だった。


「開けてください!」

「合鍵は?」

「学校に忘れました!」

「さよなら」


モニターを切った瞬間、またチャイム音が連続で鳴り響き、イライラしながらモニターのスイッチを押す。


「なんだよ」

「宅配便です!」

「頼んでません」

「んじゃ警察です!」

「何の用でしょうか」

「廊下で私のお尻を見ていた罪で貴方は死刑です!」

「盗み聞きしてんじゃねーよ! 本当に見てないからな! つか、罪重っ!」

「開けないのなら、この家を燃やします!」

「もうお前が死刑だわ。朝に燃えかけたしな」

「それじゃお邪魔します」


朝宮は普通に鍵を開けて家に入って来てしまった。


「合鍵忘れてねぇじゃねーかよ!! 今の何の時間だよ!!」

「面白いかと思いまして!」

「あー、はいはい。面白い面白い」

「それより見てください! 自宅に忍び込んで、着替えとかいろいろ持ってきました!」

「いや、家に行ったなら親に謝って解決だろ」

「愛犬に吠えられたので、バレる前に逃げて来ました!」

「愛犬にも嫌われてるのかよ」

「AIロボットですけどね!」

「お前、そんなもの買うとか、よっぽど寂しかったんだな」

「はい! で、連れて来ました!」

『ワンワンワンワンワン!!』

「持って来んなよ!!」


朝宮はシルバーのメカメカしい犬をリビングに放ち、満足気にロボ犬を眺めている。


『ワンワンワンワンワン!!』

「うるさいから電源切っとけよ」

「殺せって言うんですか!? この子にとって電源は命なんです! ね? 犬」

「そんなに言うなら名前付けろよ!」

『ワンワンワン!! 遊んでよ! 遊んでよ!』

「普通に喋るんかーい!」

「あはは! 掃部かもんさん面白い!」

「なにがだよ。もう、大人しく自分の部屋行っとけ」

「はーい!」


既に疲労が溜まってしまった。

朝宮の奴、今日はもう寝てくれないかな‥‥‥。

そんな願いも虚しく、十九時になってリビングへ行くと、朝宮は今日も料理をしていた。


「朝宮さ、勉強とかなんでもできるんだから、料理も勉強したらどうだ?」

「勉強って、できない人がすることですよね」

「朝宮はできないだろ。なに自分は料理できるみたいな言い方してるんだよ」

『ワンワン! 勉強!』

「ほら、犬も言ってるぞ」

「ちょっとうるさいので電源切っておきますね」


こいつ、自らの手で愛犬の命奪いやがった‥‥‥。


「今日は何作ってるんだ?」

「今日は心配いりませんよ! 今日は一緒に食べましょう!」

「だから、他人が作ったものなんて」

「はいはい、困ったバブちゃちゃんでちゅねー」

「はぁ?」


突然の赤ちゃん扱いに、今にもキレそうになった時、朝宮は皿に盛り合わせたサラダと、コンビニの焼肉弁当を二人分テーブルに置いて椅子に座った。


「たまには野菜も食べてないとダメですよ? ちなみに、サラダはコンビニの物で、野菜には一切触れずにお皿に乗せました! 弁当もコンビニのものです! 今日は奢りです!」

「お、俺のために?」

「はい! おにぎりの仕返しです!」

「お返しだろ。それと、あまり俺に優しくしないでくれ」

「何故ですか?」

「色々あるんだよ」

「そうですか。でもですね、こう言う時はありがとうの一言でいいんですよ!」

「‥‥‥あ、ありがとう」

「ありがとうございますご主人様って言いなさい!」

「何でだよ!」


真面目だったりウザかったりと思えば、優しい一面があったり、ちょっと憎めない奴なのかもな。


掃部かもんさんみたいな方が屈服して、私をご主人様扱いしたら気持ちよさそうじゃないですか!」


うん、やっぱりウザい。


今日は一緒に夜食を済ませ、俺が嫌々食器洗いをしている間、朝宮はお風呂に入り、また床を濡らして部屋に戻って行った‥‥‥。


そういえば明日は土曜日か。

一日中朝宮と同じ家とか、なにも起きないはずがない。

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