time 14
「始めていいっすかー?」1人の男が言った。
「いいよぉ!」
空かさず返した。
皆が一斉に静かになった。
男女が1人ずつ奥の方の真ん中に立った。
しばらく間があった後、中央の女性が胸に手を当てて言った。
「もう、ここには居たくない。父さんは直ぐ殴るし、母さんは見て見ぬ振りで恋人を追っかけて、家事すらしない」
ぐるりと辺りを見渡した。
「せっかく進学した高校も友達もできずに一人ぼっち。誰も私を気にしてくれない。居ないも同じ!もう消えたい」
言い終えて俯き、佇む。
先程雅詣に声をかけた青年が横から近付き、手を伸ばす。
「じゃあ、しばらくココにおいで。休んでくといいよ」
「いいの?」
彼は手を上げたまま、こちらを向いてゆっくり大きく頷いた。
「勿論。君の好きな時に来て、いつでも帰っていいよ。僕はずっとココにいるから」
女性は手を伸ばして躊躇いながら彼の手を掴んだ。
「手にスポットライトのち暗転」
先程とはうって変わって抑揚のない声で雅詣が声をかける。
向こうを向いて座る先程の青年。
「凱里!」
「ライト、凱里と涼子」
「何か書けたのかい?」振り向く。
「うん、ちょっとだけ」
涼子は紙の束をささげ持つ。
「途中の説明は?2人の関係とか」
「詳しいのは後にしてん。あかん?」
「渡す紙束が原稿用紙ってわからんような」ショウと雅詣はヒソヒソ話していた。
久音は芝居より2人の距離が気になる。
「何でも書いたら持ってきて。お話にしてあげるよ」
立ち上がってこちらに体を向ける。
「ただし、全部起こったことを書いてからだよ」
「現実のことなんか思い出したくもない」
「だから、お話にするんだよ。そうすればその事は君の中から消えるから。それならできるだろう?」
「ま、好きにしてくれていいよ。演出とか分からんし。劇にそんなこだわりとかないから」
ショウが、じゃ、また、と手を振って出ていこうとすると、雅詣は素早くその手を取った。
その手にチケットを乗せた。
「来週からやからぁ、来てなぁ。良ければ2人でぇ」
久音はショウを後ろから引っ張った。
ショウはそれに従う感じで雅詣から離れて2人は出ていった。
外に出てからショウは劇の続きの説明をした。
「実は、ずっと凱里は閉鎖された時空の間(はざま)にいるんだ。
心が弱ってやってきた人がたまたま迷い来るのをずっと待っているんやよ。そして、その人の体験全てを書き起こした時、それまで止まっていた心臓が動き出して、その人と入れ替わって出ていける。
でも、これまでの人は途中で自己嫌悪や自己憐憫に陥り、途中で出ていってしまった。
彼の机の周りには今までいた人の過去を書いた原稿用紙がうず高く積もっているし、今までの人の過去で彼の心はいっぱいで」
「彼は自分自身を失ってしまっている。その事を自分でも分かっている。どうしようもなく早く捨てたいんだ」
「じゃあ、入れ替わった人間は、また新たにやってきた人のことを書き写さなならんのか」
「うん、成り代わりたければ、ね。」
「でも、涼子になった方が不幸やないか?
周りから見捨てられてんねやろ」
ショウはふと暗い表情になった。
「誰もいない空間で心が他人の過去で一杯で、今日も明日もわからない日をおくってるんだ。そこにあるよりマシと考えるやろ?」
「最後、2人は入れ替わるの?」
「芝居を見たらわかるよ」にっこりした。
「興味を持ってくれて嬉しいな」
「そら、ショウが書いた話やし」
久音は雅詣が直接絡まなければ全く問題がないので、ショウと次の日曜に行く約束をした。
その後2人は別れたが、久音は雅詣の事を注意するよう念入りに言い聞かせてから行った。スマホのパスコードの変更も併せて。
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