第7話 魔人の心と初戦闘

「光の戦士、エンジェルキッス!酒に変わってぶちのめす!」


 ひげの生えた男が言うにはあまりに似合わない名前とともに高らかに宣言した俺は、とりあえず目標午前の死にタックルする。肩を前に出し、力強く砂を蹴る。

 しかし初戦闘の最初の一撃は無様だった。俺の体は吹っ飛ばされる。ありえない初速で空中に放り出されたかと思えば、そのまま落下して海に墜落する。なんとか藻掻いて水面に顔を出すと、元居た場所はるか遠く。このままでは悪を倒すどころか溺れてしまう恐怖に襲われ、必死に対岸にクロールしていった。笑ってくれよ。男子のあこがれるヒーロー像とは程遠い。


 △


「新たな光の戦士に、まだあんな力が残っていたとは。」

 長年調査と謀略に明け暮れていたせいだろうか。それとも踏み込みだけで大砲のように飛んで行った規格外の力のせいだろうか。久しく見ていなかった戦士の力に、幹部たる我は慄いていた。先刻奴から抜き取ったエネルギーは全く体に馴染んでおらず、今回の戦闘では役に立たない。心許無い今のの魔力量では追い払うのが精一杯であろう。足早に去ろうとした刹那、爆音とともに遠くで大きな水しぶきを見た。

 こちらに向かって弾丸のように飛んできた彼、いまは彼女とでも呼ぶべきだろうか。柔らかい海砂の上を転がってすぐに立ち上がる。

「夢みたいに力が強くなってんだけど?!」

「え、僕ちゃん変身して力が増さないとでも思ってたの?!」

 驚く戦士に我も思わず突っ込んでしまう。だが安心材料が一つ増える。彼も自身の新たな力を御せていないようだ。

「こんなになるとは誰も思わないだろ!」

 売り言葉に買い言葉。我が魔力で削いだはずの精神が物凄いスピードで元に戻ったことが分かる。十年時間をかけ、周到に彼の関係者を引き寄せ、情報を盗み操り、ゆっくりと最大値を減らしていったはずの義憤が。瞳の中に今なお爛々と輝いている。計画では既に精神的に衰弱しきって、赤子の手をひねるより簡単に監禁できたはずだ。失恋からの復活?家族への愛?不幸への拒絶?人生への信頼?。我が疑問は止まらない。友人の裏切りという精神攻撃の切り札でさえ撥ね退けた。海に身投げしようとした瞬間でさえ、未だ彼にそんな材料けだかきこころがあるとは思いもよらなかった。

「くらえ飲酒パンチ!」

「そんな子に育てた覚えはありません。」

「育てられちゃいねえよ!」

 適当に名付けた割には体重の乗った重い一撃。合気道の真似事でインパクトをそのまま後ろに逃がす。勢いを殺せず勇者はゴロゴロ転がっていく。一瞬返そうかとも考えたがやめて正解だった。今の状態でそんなことをすれば間違いなく此方が痛手を負うだろう。

 力による反撃が困難な以上、精神攻撃に徹するしかない。

「僕ちゃんよく似合っているじゃあないか。魔法少女の衣装。」

 ノブオ、その名前だった泥酔したひげ面の男。変身後は見る影もない傾国の少女になっていた。大きな瞳、長いまつげ、月光に照らされ幽玄のようにたたずむ肌。バランスの良い顔に少し高めの頭身と細く伸びる四肢。言葉の通り憎たらしいほど勇者の衣装、もといひらひら服が似合っていた。

「うそ、俺いまどんな格好しているの。」

 顔を青くして彼はつぶやく。

 どうやら女装耐性は無いようだ。

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