第3話 レオハルトと獅子

SIAの本部は広大で、厳格な雰囲気を漂わせていた。

その建物は横に広く。上から見ると六角形状の公共建造物の様子を表していた。しかし、軍事施設としての役割もある事からエリアの警備体制は厳重に管理され、階層ごとに雰囲気が異なる様子がうかがえる。

レオハルトとシンはエレベーターで五階のブリーフィングルームに顔を合わせながら、事件のことを整理していた。

「……相変わらず。むちゃくちゃな戦い方をしているようだ」

「屋上の大使館の天井の件につきましては、申し訳ありませんでした」

「気にするな。あの場ではあれ以外の選択肢はなかっただろう。むしろ、犠牲者を出さず良くやってくれて感謝している。それにしても、天井の自動砲台を無力化し、敵の意表をつくとはね。大胆不敵とはまさにこのことだ」

「……そういっていただけると……救いになります。なにせ、大使館に置いてあった爆薬まで無断で使ってしまったので」

「……『救い』か。思えば、僕や君はその言葉に魅了されている側の人間だ。そのことを見込んで話がある」

「なんです?」

「君が『ユキ・クロカワ』と呼ぶ人物、つまり『アラクネ』の事だが」

「彼女が、ユキがどうしたのです?」

「彼女はデータの事を聞いてきたと言っていた」

「どこでそんな話を?」

「大使館の職員だ。彼がそのことを聞かれたと言っていた」

「誰なんです?その『職員』って」

「…………危険人物だ」

「?」

「学者の皮を冠った危険人物だ。見た目になぞらえて『叡智のライオン』とよばれた物理学者で僕が大学生の時の知り合いだ。苦手だったよ正直」

「珍しいですね。貴方が人に対して『苦手』だなんて」

「……笑顔に感情がない。それが理由だ」

「といいますと?」

「本性を見せてくれなかった。誰にも」

「……」

「軍人になってから、彼の黒い噂にはことを欠くことはなかった。だから、シン。先日言った通り、ツァーリンの軍とも事を構える可能性は高い。彼はツァーリンの軍の技術者としての一面もある。十分注意してくれ」

「……承知しました」

「それと君にとっては悪いニュースがある。アラクネはツァーリンの公安委員会に引き渡された。……彼女はもう助からない」

「え!?」

「彼女はツァーリン連邦の法律で裁かれる。恐らくは、国家反逆の罪で死刑になるだろう。君にとっては残念なことだが、ここは耐えてくれ」

「……彼女のところにいきます」

「……君が彼女と付き合いが長いことは知っている。しかし、あの国は強大だ。戦争になれば銀河大戦が起きかねない。なるべく隠密に作戦を――」

「失礼します」

踵を返したシンは扉を乱暴に開け放つ様にして退室した。

「…………やはりか」

取り残されたレオハルトは端末の通信機能を起動した。






SIAの本部を出たシンは共和国の首都ニューフォートを出てヴィクトリア・シティに、向かった。隣の都市とはいえ距離はある。しかし車に乗れさえすれば、それほど時間をかける心配はない。音楽プレイヤーに記録された数々のロックミュージックを楽しみながら、ドライブすることにした。その時の音楽は徹頭徹尾激しい曲調のものが大半だった。本来は電気自動車で聞くものではないが、シンはさほど気にしてはいなかった。むしろどこか静かで突然爆発しそうな、危険な雰囲気が滲み出ていた。

共和国最大の経済都市ヴィクトリア。この都市の繁栄はアスガルドの繁栄の象徴であった。

およそ300年以上前のこの国は原因不明の災害に見舞われた事を皮切りに数々の災厄に見舞われた。一時はこの宇宙からアスガルドの名前自体が消えかけることもあった。しかし、時代ごとにしぶとく生きた命の灯火が今の繁栄を作り上げている。摩天楼の光が、高さが、建物の群れと群れがそれを物語るように星の如き輝きを確かに放っていた。

今現在は昼間であるが、夜のこの街は本当に美しい。誰も彼もが見惚れていた。シンもそうだった。

昼間のヴィクトリアは喧噪と平穏で彩られ、中央国立記念公園には、緑と道行く人の会話と微笑みで溢れている。街中は背広を着た人の群れ、遊び歩く若者達、ジョギングを行う老夫婦などが見られる。

平和と言う言葉を額縁で囲い色彩で表現された様な空間がそこにはあった。

先日の大使館のまわりですら、喧騒は戻っており、普段通りの日常がベールの様に不穏なものを包み隠していた。

ただし、警察官が大使館のあたりに待機していることは十分注意すれば確認で来た。

シンはもちろんそれを見過ごす事はなかった。

「やはり、昨日のことで……」

大使館周りは、せわしなく警察が動き回っていた。

その人の動きの中で、ニコニコと微笑む人物がいた。

その男はスーツを着ており、頬には包帯と滅菌ガーゼがあった。髪の毛は天然パーマで、獅子のたてがみのような印象を周りに与えた。

「……昨日の男か。レオハルトが言っていた『ライオン丸』だったな」

男の方も気づきこちらにあいさつをして来た。

「おお、君か。先日は助かったよ。……突入方法はいささか大胆だったがね」

「ご無事でなによりです。……シンと申します」

「君のおかげで助かったよ。ライコフだ。よろしく」

ライコフは右手を差し出した。愛想笑いと共に。

シンは一瞬迷った素振りを見せたがすぐに応じることにした。

「おや、握手は慣れないかね?」

「……ええ、親しい人以外にそういう習慣は……」

「ふ、ははは。アズマの人間はそういう人が多いと聞いている。気にすることはないさ」

「お気遣いに感謝いたします」

「ところで、君はどうしてここに何か気になることでも?」

「ええ。アラクネの件で」

「……そういえば君は彼女との付き合いが長かったそうじゃないか。本国の方から彼女のことを聞いているよ。彼女のことは残念だったね。私は出来る限りのことをしてやろうとしたのだが」

「それにしても、なぜ彼女はこの大使館を?」

「さあ?私には分からんよ。訳の分からないことを聞かれて殴られた。災難だったよ全く」

「……」

シンは深く考え込む動作をした。

『叡智のライオン』はニコニコと笑っている。

笑顔が張り付けたまま朝出かけたような染み付いた営業スマイルであった。

「アラクネは今どこで?」

「我が国の警察が取り調べをしている。……もうすぐ護送される頃だろうな」

「……ひとつお願いがあります」

「何かね?」

「彼女と面会をさせてはいただけませんか?」

「……おいそれとはできない」

「……これは私ひとりの問題ではありません。彼女は一人で理由のない行動をする人物ではありません。私を取り調べに同行させていただければ――」

「だめだ」

ライコフはさっきまでと打って変わって厳格な様子を露わにした。

「彼女は電脳犯罪者でテロリストだ。大使館の攻撃をおこなった以上彼女は我が国の法に則って厳罰に処される必要がある。この意味が分かるね?……今日は引き取りたまえ」

シンは袖の下から何かをこっそりと取り出した。考える動作を交え不審に思われない様に。左手に『極小のなにか』を隠し持って。両の手を握りしめた後、シンは返答した。

「………………わかりました。」

シンは右手を差し出した。

「今日はお話しを聞いて下さり、ありがとうございます。ではまた」

「うむ。何か困ったらまた来なさい。きみなら歓迎するよ。なんなら我が国の仕事もいくつか紹介しておこうか」

「ええ、お気持ちだけいただきます。では」

ライコフは笑顔を戻し、握手に応じる。

シンはその手を丁寧に握手した。右手で応じ、左手で彼の袖に触れた。






留置施設の一室は最低限の広さしか感じられない。

朝日が差すのが、ユキにはわかった。例え鈍い痛みを頭に抱えていたとしてもだ。装備もなく、服装も簡素なものに変わっている。ベットの上で彼女はそれに気が付いた。

「…………」

目をもう一度開ける。

頬を触る。

現実であることを彼女は確かに感じ取った。

悪夢よりも残酷な事実。その一端を確かに感じ取った。

彼女は深呼吸をする。

吸って、深く吐く。

吐く。吐く。深く吸う。

それでも、目から溢れるものがあった。

熱量のあるものが、今確かに。

「…………」

コンコン。

扉を叩く声と共に女性刑務官が呼びかけた。

「番号○○○、ユキ・クロカワ。面会人だ」

「え?」

かくしてユキは面会室まで連れられた。

職員の説明は聞こえなかった。

驚きのあまり、強い感情の激しさのあまり。

男が座っていた。

見覚えのある顔。低い背丈としっかりした体格。意志の強さを感じる瞳。

男が座っていた。

アラクネと呼ばれた女はその男の来訪を驚愕した。その男の顔は彼が十代後半の頃から知っていた。

「あなたは……どうして?」

「聞きたいのはこっちの方だ」

アラカワ・シン。ユキの『最後の相棒』である。

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